あたしはお父さんと結婚したい -天空のエンゲージリング-
大団円ハピエン企画に参加させていただきます。
企画もの初参加とかドキドキです
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
作中になんちゃって家族の恋愛が出てきます、倫理的にちょっと思う方もいると思われますが、娯楽作品ですので大目にお願いいたします。
作中で文体が変化する事があります。
読みづらいと思われますが、ご了承ください。
最近、お父さんとゆっくり話をしていない。
お父さんを見続けていると何故か心臓が高鳴ってしまう…
もしかして…恋してる…
まさかね…でも…ドキドキは止まらない。
自分の胸に手を手を当てて自分の心に聞いてみる。
うん!やっぱり恋してる!これは確定事項だ!
でも、二十歳になった娘が、お父さんと結婚するとか言ったら、お前は何歳だ?幼稚園児か?、頭でも打ったか?変なものでも喰ったか?とか言われそうだ…
ある意味、狂気の沙汰だ…。
考えてみれば、あたしは小さい頃からお父さんを異性として見続けていたような気がする…。
あたしの二十歳の誕生日にちょっとした理由からバイトを早退した。
休んだついでに役所にいった。
免許を取って、中古車でも買おうかな?などと考えていたので、まずは、少し気が早いが印鑑登録をと…数日前に届いたあたしの名前だけが彫っての印鑑を取り出した。
あれっ?役所のお兄さんの対応がなんかおかしい?
住基ネット?身分証明書?…良くわかりません?あれ?お父さんの名前が載ってない?
えっ?お父さんと家族じゃないんですか?
じゃ、あたし誰の子?
でも、それってお父さんと結婚しても良いんですよね?
都合の良いことだけを頭にインプットしたあたしは、お父さんに愛の告白を試みた。
そんなあたしにとって一番大切な一日のお話である。
ゴクゴクゴクゴク…プファ
我が家では毎朝ミックスジュースを飲む習慣がある。
しかし…娘と来たら…最近飲まないで出かけるようになって…
最近、父である俺を避けているようにも感じる。
「お父さん…バイト行ってくるね!」
あたしは忙しなく玄関で靴ひもと格闘していた。「朝食は?」
台所から父のいつもの問いかけ…
「今急いでるか要らない」
素っ気なくあたしは答えた。
『また飲まないつもりか?ミックスジュースをを馬鹿にするつもりか?…よし、ここは一つ…』
ピト
「ぴゃ!ななな何をする!」
いきなり冷たいグラスを頬に押し付けられ、裏返った声で抗議をすると、そこには…茶髪、福耳に安物のシルバーピアスをつけ、ホワイトグレーの作業服を着た父が、悪戯っ子の様な笑みを浮かべ立っていた。
「ほれ!」
そう言って、ズイィィィッと出される…
あたしは冷たいグラスを鷲掴みに受け取って、喉の奥に流し込み胃に納めた。
「つめてぇえぇぇぇぇぇ」
「ほれ!弁当!」
あたしは赤いハンカチに包まれた小さな弁当箱を受け取った。
「ありがと…いってきます!」
「いってらっしゃい」
「お父さんも仕事行ってよ!」
「おう」
「パチンコ出張は止めてよ」
「おぅ」
あたしは毎朝お決まりのやり取りをして、所々に錆のある自転車にまたがりバイト先に向かった。
娘を送り出した俺は年期の入った軽トラに愛用のパステルピンクに塗装した剣スコと角スコを載せ職場へと向かった。
パステルピンクに道具を染めているのは意味がある。
現場で目立つから無くしにくい、見つけやすい、更に、盗まれにくい…自分もそうだが、周りのやつらだって金がない、道具を買うのも大変だし、借りるのも大変だ!
俺のはパステルピンクなんて乙女チックな色だから誰も借りたがらない!道具は色じゃないんだが…全くどこを見ているんだか…
スコップの先はいつも研いである。
いつだって、サクッと土を掘れる。
親方曰く、土は掘るもんじゃない!土は切るんだ!多少草の根が深くても、そのままスコップだけで掘ることだって出来る!だそうだ。
俺は土木の日雇い労働者だ。
雨が降れば仕事が無くなる事が多い…
少ないお金で少しでも贅沢がしたくて…一時期パチンコにいったが、余計家計は火の車になり、最近は行かないようにしている…
その家計も徐々にではあるが娘がするようになっていた。
最近、めっきり女らしくなってきた娘を見ていると、嬉しさと…微かな寂しさを感じるようになっていた。
『果夏も結婚出来る歳になったんだな…車の免許がどうとか言っていたな…』
そんなことを考えながら、キスの経験もないのに父子家庭の父とか、ふざけた自分の人生を苦笑いしながら軽トラを走らせた。
あたしはお父さんと名字が違う、離婚した時に親権者が母になり…でも、しばらくしてからあたしを父に預け、別の男と結婚したらしい…
『まぁ…今となってはどうでもいいことなんだけどね…』
あたしには…他人には言えない特別な感情がある…
その感情を自分ではっきりと自覚しるようになったのは地元の県立高校に入学した頃だった。
お父さんが、いつもと違うスーツ姿に胸キュンしてしまったのだ…
確かに周りの父兄からすれば、あたしのお父さんはかなり若い、なにせ三十半ばなのである…しかも茶髪に小麦色焼けた肌、筋肉質でハリのある体つき…経済力にやや難ありのところはあるが、かなりの優良物件に思えた。
それとも、普段の作業服やジャージ姿との、単なるギャップ萌えだろうか?
まぁ、スーツ姿は格好良さ二割増しは確定事項!
豚汁は正義!これも確定事項!
もう一つ確定事項を言うなら今日あたしは二十歳になる。
そして今夜は珍しく外食に行く事になっていた。
二十歳にもなって親父と食事とか、無理!
と、バイト先の人は言っていたけど、あたしは楽しみでしかたがない!
例えるなら、彼氏とのデートで夜景の綺麗な高台の個人経営の隠れ家的な完全予約制レストランに行く、様なものだろうか?
デート…、うん!デートだ!
今日はお父さんと…大好きなあの人とデートなのだ!
少し、お洒落をしていこう…髪も駅前の千円カットで揃えてもらおう…いや、アソコは綺麗目カットは…良しショッピングセンターの中にある二千円カットなら、綺麗目カットOKのはず…
そして、思いきって、あたしの思いを打ち明けてしまおうか?
ヤバイ…なんか少し、緊張してきた。
なんかまともに食事が喉を通らないかも…
絶対正義の豚汁ならどんな状況でも食べられる気がするんだけど…
よし、決めた!!ファミレスのメニューに豚汁があったら、お父さんに好きです!と告白しよう。
そのあとも、服やメイクやら色々と考えすぎてしまって…仕事が手につかなかった。
あ〜あ、あたし何やっているんだろう…
あたしはバイトを早退して、所用を済ませた。
そして、時間があったので役所にも行ったのだが…。
「親方すいません…今日俺…」
ユンボからから降りてきた親方に、俺は声をかけた。
「娘の誕生日だろう?いいよ…あっ!これ持ってけ!」
そう言って、親方は胸ポケットから綺麗に折れたティッシュを出した。
「はい…ありがと…」
「し!黙って受けとれ、他に見られると面倒だし…カミサンが成人のお祝い兼ねて…少ないけどってよ…まあ、あれだ、俺からしたら、お前が良く子どもを育てたもんだなぁって…感心しちまってヨ…いけね監督がコッチを見てら…上手いこと言っとくからサッサといけ!」
「はい!お先に失礼します」
「叔父さんの容態がわかったら連絡くれよ!」
親方は大きな声でそんなことを言いながら、ユンボに戻っていった。
ティッシュのなかには雉(一万円)が一枚、小さく几帳面に折られて入っていた。
久しぶりのファミレス…
多少浮き気味だろうか。
あたしはエンジ色のニットのワンピースに黒のパンプス姿で父さんは入学式に着たスーツをノーネクタイという出で立ちだった。
遠巻きに見たらエンコーか?と思われそうな雰囲気だが、外野は自主的報道規制という感じで、この際、無視という件だろう。
喫煙席の隅っこの席に腰を下ろした二人はテーブルの端に立て掛けてあるメニューに手を伸ばした。
「どれも旨そうだな…」
和洋中何でもありのラインナップ…
定番のハンバーグやスパゲッティやら塩サバ定食…そしてサイドメニューのページであたしの目はくぎ付けになった。
ご丁寧にお椀からうっすらと湯気がたっている。
豚汁が載っていた。
『ある…豚汁が…』
これは一世一代の大勝負を大人デビュー当日に、いきなり実行しろと言うことで…
まぁ、とりあえずあたしはハンバーグステーキの上にチーズの乗っている奴とライスを注文、お父さんは大盛りフライドポテトと大盛りナポリタンを注文した。
何だか、お父さん子供みたいだ…そういえばチョコレートサンデー肴に生ビールを飲んだ時もあったなぁ。
そんなことを思い出し気持ちがほっこりしてきた。
テーブルに料理が並びささやかな二人きりのバースディパーティーが始まった。
スーツ姿でいつもよりカッコよさ二割増しのお父さんは子供のように嬉しそうにナポリタンを頬張っている。
お父さんの口はケチャップのルージで艶々のグロスみたいになっている。
自分よりずっと年上の筈なのに、時々見せる子供じみた仕草に可愛らしさを感じる。
こうやって二人きりで楽しい食事がいつまでずっと続いたらいいのにな……。
あたしはフライドポテトに夢中な目の前の男の人を、保母さんになったような気分でじっと見ていた。
やっぱりこの人が好きなんだ。
不器用だったり、子供っぽいところがあったり、そんなところさえ愛おしく思えてくる。
あたしのこの気持ちは本物だ!
そしてあたしは自分の気持ちをお父さん伝える事を決心した。
決心した、決心したはずなのだがなかなか言葉に出せなかった。
でも頭の中はどんどんお父さんの事でいっぱいになっていってしまった。
楽しいはずのハッピーバースディinファミリーレストランのはずが…
自分で建てたフラグのせいで、ぎこちないものになっていった。
「どおした?どこか調子が悪いのか?」
「ううん…何でもないよ」
「?…そこは何ともないだろ?」
「そ、そうね…」
「食欲ないなら、無理しないほうがいいぞ…そうだ!此処な豚汁が在るんだ!好きだろ?豚汁」
お父さんは得意気に笑った。
そう言えば此処を指定したのが、お父さんであったことを思い出した。
そういうところは何故か気付くのに、あたしの髪形の変化に気付かない辺りが…いい意味、お父さんだったりする。
今日の娘は何か変だ…
此方を見ないように一心不乱にハンバーグをパクついてみたり、天井の方を見たかと思うと、此方をじっと見て、また視線を逸らしたり、なんだか視線が定まっていない。
俺に言いにくい事でもあるのだろうか?
何かを話そうとしている伏がある。
『もしや…彼氏でも出来たのだろうか?』
そんな事を考えると心の奥に何かが刺さる様な違和感を感じた。
『まぁ、年頃だし…それもいいか…少し楽になると思えばいいし…少し楽にか…でも、また一人というのも寂しいな…婚活でもしてみるか…もしかして…俺に気を使っているのか?…だったら、余計なお世話だ!お父さんだって恋愛ぐらい出来る!…良し!ここは先手を打っておくか…』
「「あの…」」
二人は同時に声をかけた。
「なんだ?話してみろ」
「お父さんこそ先にどうぞ」
「…そっか…ちょっと、お父さん婚活をしようかと思ってな…果夏に一言言っておこうと思ってな…」
「えっ…そうなの…」
「まぁ、今日でお前も成人になったわけだし、そろそろお父さんも新しい出会いってやつを探してみるのも悪くないかなぁって思ってな…で、話ってなんだ?」
「あっ…えっと…」
お父さんがいきなりそんな話を切り出してきたものだから…あたしは、さらに話しづらくなってしまった。
『好きな人が出来ました…というか…ずっと前から、ずっと好きなんですお父さん!なんて…言えないよ…タイミング悪いよ…でも、今日告白しようと決めたんだ…ずっと、ずっと言えないでいたんだもの…よし!少し切り口を変えて話してみよう…』
「どうした?果夏…、彼氏でもできたのか?…だったら早めに言ってくれよ…父さんだって心の準備というものがあるんだから…」
「実は…今日役所に行って印鑑登録してきたんだ。」
その一言で、お父さんの顔色が変わった。
「果夏…お前…」
「あたしびっくりしちゃって…一瞬頭の中が真っ白になって…」
「果夏…す…す」
お父さんは何かを言い出そうとした。
「でも、実はもっと大切な話があるの」
「えっ?…お前?…もっと大切って…」
混乱するお父さんに構わず、あたしは話を続けた。
自分がお父さんの子どもじゃないと知ったとき、あたしの中に、驚き以上に嬉しさの方が何倍もあったのだ。
これが事実なら、あたしはお父さんと結婚出来る…しても何の問題もないんだ。
ただ、実の親子じゃないという問題は、あまりに突飛で、話がその事だけに集中しそうで…
だから、あたしは急いだあたしが、本当に言いたいことは一つだけ…お父さんと結婚したい!
今なら、それが言える…今まで、ずっと叶わぬ夢だと思ってた。
お父さんを愛してるなんて、自分で自分を理解できず、苦しい思いもした。
でも、いまならわかる…彼はあたしを大切に育ててくれた。
愛情を注いでくれた。
実の親以上に、あたしを一生懸命育て上げてくれた。
あたしの為に…お父さんはいつも、真剣で真っ直ぐで、厳しくて…そして優しくて…だから、あたしお父さんが大好きで…お父さんが、あたしにいっぱいくれた愛情というプレゼントが、いつもあたしの心を満たしてくれていて…幸せな気持ちになれて…
きっと、お父さん以上にあたしの事を愛してくれる人は現れない…
そして、あたしはお父さんが好き!…愛したい…お父さん、我儘な女で御免ね…でもお願い!あたし一生貴方を愛させてください…貴方が私を愛したように…
「私、お父さんの事好きです!結婚してください」
あたしは勇気を振り絞って言い切った。
お父さんは黙ったままフライドポテトを一つ摘まんで、それをゆっくりと皿に戻した。
「だめだ…お前は俺の娘だ結婚は出来ない」
突飛な娘の言葉に何故か俺は取り乱すことなく、静かに答えた。
何となく、気づいていた…娘が高校生になった頃…必要以上に避ける態度と何処か物欲しそうな視線が…流石の俺でも気付いてしまった…。
そして俺は今日、果夏の一言で、自分の本当の気持ちにも気付いてしまった。
『あっ俺も果夏のこと、好きなんだ…』
でも、両想いだったとしても果夏の思いに応えることは出来なかった。
理性だったのか、道徳的倫理観だったのか、それとも、ただ怖かったのか?
その直後、果夏は店を飛び出していった。
あたしは一人駅前の商店街を歩いていた。
思い切って、告白してみたものの撃墜されてしまった。
やはり、あたしはあの人の娘でしかないのだろうか。
こうなるかもしれないとは、思っていたけど、明日からどんな顔をすればいいのだろうか。
告白しないで娘のまま、いつまでも一緒にいた方が良かったのだろうか。
一番身近な理想の彼は、親子と言う大きな壁で遮られていて、手が届かなかった。
あたし、何やっているんだろう。
心の中は悲しみと孤独感にいっぱいになっていった。
商店街の外れまで来た時、小さな喫茶店から明かりが漏れていた。
あたしは吸い寄せられるように店の中に入っていった。
俺はファミリーレストランを出て、果夏を探していた。
でも、彼女は見つからなかった。
そして、後悔した。
俺も果夏が好きだ。
ずっと一緒に居たい。
自分の気持ちに嘘をついてはいけない。
彼女が俺を求めてくれるなら、それでいいじゃないか…
童貞…キス経験なしでもいいじゃないか…
18年前、初めて出来た彼女は…同棲1週間で果夏を置いて蒸発した…
そして、俺は…果夏を育てた。
施設に預ける気にならなかった…人見知りなく…パパと駆け寄ってくる果夏が、可愛かった。
思いっきり笑って…思いっきり泣いて…思いっきり食べて…思いっきり寝る…そんな全力で生きる彼女に振り回されながら…生きている実感と本当の笑顔を彼女から貰った。
俺をお父さんと慕ってくれた。
正直、嬉しかった。
果夏のことを愛している…ただ…長い時間のなかで…その意味が曖昧になってしまっていた。
好意?
愛情?
恋愛?
独占欲?
それとも…
見つかったら、俺が彼女に告白しよう。
そんなことを考えながら必死で彼女を探した。
でも探しても探しても彼女の姿はなかった。
どこへ行ったんだ果夏…
突然、俺の携帯が鳴る。
珍しく親父からだった。
やんちゃな少年だった俺は、高校生の頃家を飛び出した。
今でも親父とは携帯で一年に一度話をする程度だった。
「親父何の用だ」
すると、果夏が親父の店にいるから迎えに来いと言ってきた。
俺は彼女のもとに…親父の店に急いだ。
久しぶりに会う親父は嬉しそうに俺を迎え入れてくれた。
俺は果夏に謝ってから、改めて結婚を申し入れた。
果夏は俺に抱き着いて大声で泣いた。
そして、親父はたまには顔を出せと言ってくれた。
それから、親父の店で果夏のバースディをもう一度祝いなおした。
親父はめでたいからと言って、営業時間を過ぎても付き合ってくれた。
久しぶりに食べる親父のナポリタンがやけに暖かで美味しかった。
店を出るころには、満月が西の空に沈んで行くところだった。
太陽はまだ東の空から現れる気配はなく、月も太陽もないわずかな時間…空の色は暗い青色から深い群青色に変わり、無数の星が輝きだす…
「きれい」
果夏が嬉しそうに空を見上げる。
そこには金剛に輝く星があった。
「すごいな」
俺もその美しさに目を奪われた。
「ほんとにきれいだ」
二人で星を見上げていると、果夏が夜空に手をかざしてくすっと笑った。
「ほら見て見て、こうすると指輪みたい」
彼女は薬指を天にかざす。
斜め下から覗き込むと確かに彼女の指には天空のエンゲージリングが輝いていた。
それから、二年の月日が流れ…
あたしたちは結婚をして、一女を授かった。
あたしのお父さんは本物のお父さんになって今も娘の理沙と遊んでいる。
その後ろには色々と目の輝かせている男たちが三人ほど…
一人目は、喫茶店が定休日?な祖父…
二人目は、あたしたちの面倒をよく見てくれる親方…
三人目が、今、お父さんの勤めている土木建設会社の上司(現場監督さん)
日曜日になるとこの三人が必ず訪れてくる。
我が家にプライバシーや一家団欒の時間はないらしい…
平日でさえ親方と祖父が娘目当てにうちにしょっちゅうやって来る。
それこそ、お店(喫茶店)のケーキが残ったからとか、貰い物のリンゴが食べきれないから持ってきたとか(ほんとは自分で買ったらしい…)、色々な理由をつけて…
なんで素直に理沙に会いに来たとか言えないんだか…
みんな子供好きなのだろうけど…それにしても視線が痛い…
もしかして、うちの理沙って男たらし…なのかしら…
そしてそんな中、主任さんだけはいつものように視線は窓の方に向けている。
チャンポン
壊れかけの呼び鈴が小さな我が家に響き渡る。
理沙は玄関に向かってハイハイを始める。
「はーい」
あたしは群がる男どもから理沙を奪取して玄関に向かった
隣の佐藤さんが、いつものようにジャージにサンダル姿で玄関の前に立っている。
肩には一人息子の丈一郎君が米俵宜しく担がれている。
そして、いつものように主任さんの熱い視線が佐藤さんに…
シングルマザーの彼女もうっすら頬を染めているように見えなくもなく…
そして、理沙は丈一郎君とじゃれあいをはじめる。
「果夏ちゃん!理沙ちゃんの面倒私見とくから、旦那と散歩でも行って来たら?」
佐藤さんがそんなことを言いだす。
程よくあたしたちを締め出そうとしているのか?それとも気を使っているのやら…
結局あたしたちは二人きりで近くの河川敷に散歩に出かけた。
「さっむ…おっ、果夏…もう春なんだな…」
下の方を覗きこみながら旦那が言った。
「えっ?」
あたしは旦那に言われて足元をじっと見た。
そこには小さなふきのとうが顔を覗かせていた。
了
最後までご覧いただきありがとうございました。