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Shift to the next games   作者: ハルヤ
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第二のはじまり

pixivで投稿している物と同じものです



1「第二のはじまり」





 この世界は汚い。始めてそう思ったのは中学2年の頃だった。あの頃から遥かに成長した俺からすれば、中二病という少し背伸びしたいお年頃にかかる病気の類だったんだと思う。その証拠に彼女が出来た中学3年の頃には、世界が汚いだなんて思いもしなかった。ただカッコつけたくてなんとなくそう思っていただけだったんだ。

 俺が高校に進学した年、俺の彼女がどこの馬の骨とも知れぬ男と仲良さげに男の腕を抱いて堂々と街道を歩いているのを見かけた。するとどうだろう、俺の周りに見えているモノ、ヒト、フウケイ、全てが汚く穢れているように見えた。俺は全てが嫌になり部屋に閉じこもるようになった。ベッドに寝転がる自分の腕を見ていると、俺という人間すらも汚く淀んでいるとも思えてしまう。いっそナイフで首を掻ききってやろうかと思ったがそれは痛そうなのでやめた。

 学校にも行かず、部屋でパソコンを弄くる毎日が続き……俺はとあるオンラインゲームと出会った。"ソード・シフトガーデン"……通称をSSGともソシガとも言われているそのゲームの世界は、俺の部屋にある少し埃被った古いモニター越しにでも美しく見えた、全ての物が生き生きしているような……プログラム群だとわかっているが、不思議とそう感じた。

 新緑の風が吹き抜ける草原を駆け抜け、雲よりも高い山を登り、厳しい自然の大地で戦い、日本人の俺の大和心に触れる場所もあった。俺はいつの間にかSSGの世界に夢中になっていた。日夜剣を振りレベルを上げ、お年玉のあまりで買ったゲームパッドは使い込みすぎてボタンが潰れるほどプレイしたし、アップデートでパソコンのスペックが足りなくなるとパソコンを買うために外に出てバイトだってした。俺はSSGに全てを捧げていた、そう言っても過言ではない。この世界なら俺は輝ける、穢れが無いこの世界へ行きたいとも思った。

 それから2年の時間を費やし、俺の分身……PCプレイヤーキャラの名前がSSGの他プレイヤーに知れ渡った頃……ある転機が訪れた。小学生の頃に転校した女子の幼馴染がこちらへ引っ越してきたのだ、なんでも

ここら辺にある大学に通う為に戻ってきたそうだ。しかも俺の様子を見たいと家に訪ねてきたのだ。

 外出もロクにしてない為、俺の見た目は最悪と言っていい物だった。ボサボサに伸びきった髪と、顔に彩る無精髭は中々にニート感が出ている。確かにニートで間違っていないのだが、どうもこのままではいけないと、俺は外に足を運び最低限の身だしなみを整えた。

 そして幼馴染との再会、性格は昔と何にも変わっておらず明るくて笑顔の絶えない子なのだが……幼馴染の女は俺の想像していた倍に可憐で、そして可愛くなっていた。俺とは真逆の楽しい人生を送っている、そう思うと嫌になって仕方が無い。母さんが空気を読んで(?)お茶を出した後に買い物に出かけて、俺と幼馴染の女の少し気まずい時間が過ぎて行くだけだった。女は俺の過去を知りたがったが話す義理も無いし、話したくなかったので黙秘権を発動させていた。

 母さんが帰ってきた時、幼馴染の女は俺に一枚の紙切れを渡して大学の寮へと帰っていった。紙切れには電話番号とメールアドレスが記載されており、俺はその晩試しに電話をかけてみた。


『もしもし?ああ、さっきぶり!もう、みーくんったら昔と全然変わってないね!会えて嬉しいよ!』

 

 みーくんとは、昔から呼ばれている名前である。俺の名前は自由と書いてミユと読む。自分の名前を英語にして《フリード》と言うわけだ。

 俺は幼馴染と話している内に、自分の意思とは真逆に涙が溢れ出ていた。話す声が震えていた為すぐにバレてしまったが、それも何故か清清しい気持ちになれる。


『……ああ、俺も……茜に会えて嬉しい』








 その後の俺は、高校を辞めた後親父の伝で小さな輸送会社に就職し、事務員として働く事になった。人と接するのは好きだしパソコンだって得意だ。

 仕事をするのは思ってた以上に大変だけれど、休み時間に同僚とくだらない会話をして盛り上がる事が多々あり、割と会社に行く事も苦ではない。

 それから大学に通う幼馴染と会い、遊んだり食事をしたりお互いに楽しんだ。そして……俺は幼馴染の茜の事が好きになっていった。

 とにかく楽しくなかった時が無い、一緒に遊園地に行った時も心の底から楽しめた。

 遊園地に遊びに行ったその日の夕方、観覧車に乗った時いいムードだったので思い切って告白してみると―


『……はい』


 と、いつも活発で元気すぎる茜がいきなり潮らしくなって、頬を染め頷いたのである。もう一度言おう、好きだ付き合ってくれの呼びかけに頷いたのである。

 まさに俺の気分は有頂天、解散して自宅に戻った俺は一人人生で最高のガッツポーズをキメた。それと同時に、俺の頭の中からSSGの事は完全に忘れ去られた。ゲームは今でもやるけど、SSGにログインすると言う事は無くなった。通話ソフトで茜やネットの友達と通話したり、サイトを眺めたりするだけである。


 ……と、ここ数年間起きた出来事は粗方語り終えた。ゲーム廃人からの奇跡の脱却や恋人が出来たなど、理不尽だらけの世の中で起きた奇跡とも言えるそれは、明らかに俺の人生を大きく変えた。

 仕事にも打ち込めるし愛する人も出来た、これから俺の人生はどうなっていくんだろうと少し楽しみでもある。仕事は疲れるけど遣り甲斐があるし茜と一緒に居るだけでも楽しい。

 あの頃には想像も出来ない人生、輝かしい人生が……これからも俺を待っているんだろう。

 

 あの頃は……そう思っていた。
















「ふざけんなよ……元の世界に戻せよ!!」

「いや……こんなの、嫌よ……!!」

 石畳の大きな広場に響くプレイヤー達の絶望の声。俺は自分の手をじっと見つめると、身体が震えている事に気が付いた。

 数分前、SSG内《アマニスタ地方》のはじまりのブリュンヒルデで行なわれた村長NPCの演説を聞いて、俺達プレイヤーの中に歓喜の声を上げる者は誰一人として居なかった。


 数時間前、俺の目覚めに広がる景色はいつものように自室で寝転がると見える古ぼけた天井ではなく、どこまでも続く青い空だった。涼風に乗ってやってきた新緑の香りと、素朴な雰囲気のあるその場所は見覚えはあれど初めて来る場所であった。俺はここがMMORPG"ソード・シフトガーデン"の《アマニスタ平原》だと即座に理解できたのはSSGプレイヤーの性と言う物だろう。

 ただの平原ならば似たり寄ったりの別の平原かもしれないし、外国の何処かの平原だという可能性もあるが、SSGのフィールドだという証拠の決定打はここ《アマニスタ平原》や《アマニスタ地方はじまりの街ブリュンヒルデ》でも確認でき、存在感を持つそれは北東に位置した場所に存在する場所で、《アマニスタ大山脈》から連なる《ギンヌンガガップ神火山》と言われる遥かに高い山が証拠だ、あそこにはSSGのラスボスが居るダンジョンが存在し、ザコと呼んでいいのかわからないような化け物クラスのMobモンスターが多数存在し、上級プレイヤーでもそこに足を踏み入れる事を躊躇い恐れるとまで言われた最難関マップだ。今でこそ雲に隠れて見えないが、あるモンスターが現れると雲が晴れて全貌を望めるという噂が流れていたがそのような現象に立ち会った事は一度もない、背景として描かれた山の頂が、厚い雲で覆われたように描かれているだけだ。そこに動く仕掛けがあると思わなかったし、やはり噂程度の物かと思っていた。

 今俺の前に広がるこの景色は全て夢である。丁寧に装備まで初心者プレイヤーが装備する革の服を着ており、そうか、夢に見るほどの未練があるのか、と小言を苦笑しつつ漏らした。

 野原に生えている薬草や、モンスターの姿を確認した。人間プレイヤーが通る道を見つけると、俺はそれに沿って歩き始める。少し歩くと大きな人間の集落が見えてきて……俺はそこに立ち寄った。そして大勢、俺のようにSSGプレイヤーと思われる人間も多数、もしかしたら知り合いも居るかもしれないと辺りを見渡すが、俺を含めて装備品は全て初期の物でP・Cの大きな特徴でもある装備品での判別は不可能だ。それに顔も……手で触ると、触り覚えのある頬に散発したての短い髪。道具屋のショーウィンドウに写る男は……まさしく現実世界の俺そのものだった。その俺が今、SSGの初期装備を纏いこの世界に居る。

 意味がわからなくなってきた。大人数で同じ夢を見る現象はなくなないが、まずSSGの世界にこれほど具体的に干渉出来ていると言う事がまずありえない。走ると疲れるし喉も渇く、きっと痛覚もあるのだろうし腹も減るだろう。


「おい、何か始まるみたいだぞ!!」


 一人の男がそう叫ぶと、考えるのを止めて木造の物見やぐらを見上げる。その上には村長型NPCソレアンスの姿があった、ソレアンスがやぐらに登るイベントなんて無かったはずでは……と考える内に、ソレンスが重く一言目を紡ぎ始める。


「冒険者の諸君、突然の出来事で混乱しているようだが……落ち着いて欲しい、ここはそなたらが愛したSSGの世界である」


 その言葉に対するプレイヤーのリアクションは"ざわめき"。まだソレアンスの言っている事を理解出来ていない証拠でもある。話す相手が居ないの口には表さなかったが、俺もまだ言葉を理解し切れていない。ここがSSGの世界だと言う事は既に分かっているし、早く目覚めたい気持ちでもある。今日は茜とのデートの日だししっかり身だしなみを整えたいんだ。


「これから始まるのだ、第二の人生!前の世界のしがらみ、理不尽から解き放たれ、この世界で生きていくのだ!……前の世界へ帰る方法は無い、諸君らの幸運を祈る」

 そう強く語る村長NPCだが、その表情は何処か悲しげであった。《ブリュンヒルデ》の広場のやぐらの上に人《NPC》が居なくなると、木造のやぐらが光を発して消散した。



「……夢じゃあなかったのか……!?」

 これは紛れも無い現実……試しに自分の頬を抓ってみると……痛みだ、指を離すとジンジンと痛みが残る。現実、これが……現実。

 そんな、俺は……俺は帰らなくちゃならないのに、こんな場所にいつまでも居られないんだ。

 俺は衝動的に駆け出した、広場から平原の出入り口まで駆け抜ける間にも不安と恐怖、それらが交じり合ってぐちゃぐちゃになったような妙な感情に支配され、またそれが足を動かす原動力にもなっていた。

 《アマニスタ平原》への入り口にたどり着いた時には、俺の息は絶え絶えで疲労感を感じた。汗を腕で拭い前を見ると、頂上が雲に隠れた《アマニスタ大山脈》が風景を多く彩っている。

「なん……なんだよ」

 ドシャ、と何かが落ちる音がした。俺の膝だ、俺の膝は思わず崩れ落ちてしまったのだ。

 絶望と同時に、ひしひしと痛感する黒い何か。どうして俺はいつもこうなんだ、どうしてどうしてどうして……!!

「くそッ!!くそッくそッくそッ!!!」

 拳を握り、矛先の無い怒りを打ち付けるかのように地面を殴りつける。土は固く、しばらく殴り続けていると手が痛くなってきた。俺は振り上げた手を止め、歯を食いしばり顔を上げた。

 帰る場所は無くなった、ここはSSGの世界。俺はSSGの住人として生きていかなければならない。村長NPCが言っていた第二の人生とはそういう事だろう。

「……そうだ、探せばいい。無いなら作ればいい!」

 帰る方法が明記されていないなら探せばいい、帰る方法が無ければ探せばいい。

 ……諦めてたまるか、俺は元の世界へ必ず帰る。こんな場所で死ぬのは御免だ。俺は初期装備の《ビギナーソード》を背中から抜き放ち、平原を駆けた。





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