談笑
「せえっのぉ!」
ジャリィッ、と鋭く踏み込まれた剛脚が地を踏み鳴らす。体を捻り、大きく振りかぶられた大斧。燦々と照りつける陽の光を反射し、刃が怜悧な光を映す。大きく振りかぶった状態は隙だらけ。だが、目の前のガンツさんからはそれは伝わって来ず、攻撃を食らってもなんとしてでも一撃を振り抜き通すという気迫が伝わってくる。
対立してみて初めてわかった。この人は、正真正銘のトッププレイヤーなのだと。
────だから、俺は、俺の矜持を持ってこの大斧をよけない。躱さない。
「「おおおおおおおっ!!」」
俺とガンツさんの雄叫びが重なり合い、大斧が振るわれる。
────ARTS 《シールドバッシュ》────
俺は、横薙ぎに迫る大斧に合わせて蒼白い光を放つ大盾をぶち込んだ。
通常攻撃と<アーツ>を使った攻撃。どちらが勝りどちらが吹き飛ばされるか。それは火を見るよりも明らかなはずだ。
大斧と大盾がぶつかり合い、火の粉を散らす。甲高い音を響かせながら、辺りに衝撃波を撒き散らした。
「うぉっ!?」
「なっ!?」
<アーツ>は通常攻撃よりも勝る。
大前提であるはずのそれを裏切り、両者共吹き飛ばされる。俺は地面を転がり、ガンツさんは近くの岩に叩きつけられた。
「ってぇ。まさか俺が吹き飛ばされるとはな」
体についた砂を払いながら、ガンツさんはそう吐き捨てた。
それはこっちのセリフだって。まさか<アーツ>使ったのに、俺も吹き飛ぶとは予想してなかったよ。
心の中で嘆きながら大盾を杖がわりに、土を払い立ち上がった。
────翌日。ログインした俺は突然ガンツさんに呼び出され、なぜか戦うことになっていた。
なぜ戦うことになったのか、それはガンツさんにうまく誘導されたとしかいうことはできない。そのことに思うところはあるが、今はこの場を切り抜けることが先決だ。
「本当はお前を死に戻りさせてやろうと思ってたんだがな……やめた」
どう切り抜けようかと頭を巡らせていると、ガンツさんは少しつまらなそうな顔をした。
「まさか俺の力と張り合うとはな。最初の一撃で叩き潰せると思ってたんだが、甘かったか」
ガンツさんが大斧を下ろしたのを見て、俺も構えを解く。どうにか切り抜けられたようでホッと一息ついた。それにしても、なんでガンツさんはいきなり戦うようなことしてきたんだろうか。正直、皆目見当もつかないんだが。
「突然切りかかって済まなかったな」
「いえまあ、死に戻りしなかったんで大丈夫ですよ」
本当、[筋力上昇】を上げといてよかった。じゃなきゃあの一撃でお陀仏だっただろうから。
「お前が<決闘>したって友人から聞いたからな。しかも地雷スキルを使って勝ったって聞いたもんで、ちと気になったんだよ」
地雷スキル。恐らく【透視】のことだろう。見ただけでスキルを言い当てるとは、鋭い洞察力を持っているようだ。
「あいつは【透視】だって言ってた。だがなぁ、一つ解せない。【透視】は名ばかりのなにも透視できないクズスキルだったはずだ」
ガンツさんは喉に何か突っかかったような顔を浮かべる。俺は静かに視線を少し横に逸らした。
「だが、あいつの言うことを鵜呑みにするのならば、お前は大盾という分厚いものを透視したことになる。ということは、だ。お前は、対人戦を見越して賭けに出た豪胆者か、間違えて振りすぎた間抜けか、そのどっちかってことになるんだよ」
ガンツさんの疑わしげな視線がぐさぐさと突き刺さる。頬を一筋冷や汗が伝った。
「さて、お前はどっちだ?」
「ハハハッ、ハハハハハッ」
「…………」
あれから、ガンツさんに視線に耐えきれなくなった俺は事の顛末を話していた。スキルを獲得しようとメニューを開いたこと。ハーティアの声に驚いてやらかしたこと。そして、やらかした結果一週回って良い方向に転がったことを。
「笑い過ぎじゃないですかね」
目の前で腹を抱えて笑うガンツさんを見て苦笑いを浮かべる。
「すまんな。面白すぎてつい笑っちまった」
ガンツさんはひぃひぃ言いながら謝ってくる。俺はそれ見て、静かに頭を抱えるのだった。
◆
「まだ来てないか」
ガンツさんとの戦いを終えて街に戻ってきた。ふとパーティ欄を確認してみると、ハーティアはまだログインしていない。
時刻は15時ちょうど。学生はまだ学校が終わる時間ではないのだろう。
仕方がない、と思いつつも疲れている体に鞭を入れ、狩りに出かけることにした。
「ふっ!」
いつもの要領で〈ラビットラット〉の突進を大盾で受け止め、剣を振り下ろすことでトドメを刺す。
狩り始めてから何分たっただろう。
既にレベルは4になっていた。もう一度パーティ欄を確認してみると、ハーティアの名前がログインを示す白色に。確認すると同時にピコンとメッセージを示す音が頭の中で鳴る。差出人はハーティアだった。
メッセージの内容は『カフェで待ってます』という簡素なものだけ。飾っけがないなぁと思いながらも、俺は街へと足を向けた。
◆
「待ったか?」
「いえ、私も今来たところですから」
カフェの中に入り、店内を見回してみるとハーティアは既に来ていた。
そばまで歩き、そう声をかける。ハーティアからはお約束のような言葉が返ってきた。
一応待たせたことへの謝罪を入れると、ハーティアの対面へ腰掛ける。
すると、前回訪れた時と同じようにホログラムウインドウが目の前へ現れる。
コーヒーでいいか。
前回と同じくコーヒーを選び、NPCを呼んで注文する。ふとハーティアを見ると、前回と同じく紅茶を飲んでこちらを見て微笑んでいた。
「本当に好きなんですね、コーヒー」
「いや、眠気覚し程度に飲む程度だよ」
何かとこちらが問いかける前に、ハーティアから言葉をかけてきた。前に俺が言ったのを覚えていたことに驚きながら、当たり障りのない言葉を返す。
「お待たせいたしました。コーヒーでございます」
「ああ、どうも」
いつもの癖で礼を言ってしまうと、ハーティアにクスッと笑われる。
……少し恥ずかしい。
気恥ずかしさを隠しながらコーヒーを一口口に含み、嚥下する。
「突然呼びつけてすみません」
「いや、気にしなくていい。なにか用事があっての事だろうし」
ハーティアの謝罪を受け入れ本心を返す。そして、本題を切り出せるような流れを作った。
「ありがとうございます。そして、遅れてしまいすみませんでした」
気にしなくていいところまで気にする子だな。
「いいさ。学校だったんだろう? なら仕方が無い。別に怒りはしない。安心してくれていい」
苦笑いを浮かべながらコーヒーを飲みそう返すと、ハーティアは礼を言い頭を下げる。
「それで、何かあったのか?」
本題を切り出すのを戸惑っているようにも感じられたため、こちらから踏み込むことにした。
「い、いえっ、なにもないです!」
それではなぜ? と首を傾げるこちらを少し焦ったように見つめながら、ハーティアは口を開いた。
「その……司さんと少し、お話したいなぁと、そう思って……」
話、か。こんな三十路のおっさんと話しても楽しくもなんともないだろうに。
「そっか。じゃあ世間話でもしようか」
「はい!」
そんな本心をひた隠しながら、ハーティアの頬が紅色に染まっていることを見て見ぬ振りをし、しばし談笑するのであった。