<Arts Magic Online>への招待
「おい、鈴木。お前〈Arts Magic Online〉って知ってるか?」
爽やかな風が窓から入り込み、少し傾いた日の光が辺りを照らす昼下がり。仕事を片付けていると、我らが総務課課長、佐藤課長にそう声をかけられた。
「え、あ、はい。やったことはありませんが、流石に名前だけなら」
佐藤課長に鈴木と呼ばれた俺は、鈴木司という、どこにでもいるサラリーマンだ。
〈Arts Magic Online〉
デスゲーム騒ぎを起こし世間を轟かせた世界初のVRMMO。
それを作ったプロト社のシステムを、倒産した後そのまま受け継ぎアーガスト社が作り上げた超大作。
それが〈Arts Magic Online〉だ。
確か発売してから数週間が経っているはずだ。流石に34歳にもなってゲームではしゃぐのもどうかと思い、ハードだけ買ってソフトは買っていない。
ちなみに佐藤課長はデスゲームを生き抜いた途轍もない猛者である。
そんな猛者が、ゲーム初心者の俺にVRMMOの話を振るなんてどういうことだろうと首を傾げていると、
「そうかそうか。ハードは持っているよな? いやな、うちの娘が商店街のくじ引きで〈Arts Magic Online〉を当てちまったんだよ」
そう満足気に頷きながら佐藤課長は切り出した。
「はあ、確か娘さんはもう既に〈Arts Magic Online〉持っているのでは?」
佐藤課長の娘、佐藤雪は〈Arts Magic Online〉のβテストに応募して当選し、誰にも到達できなかった地点まで踏破した、生粋の廃ゲーマーだ。
「よく覚えてるな。そうなんだよ。うちの娘はソフトは二つもいらないし、妻はゲームをやらない。俺も二つもいらないから、持て余しててな」
困った困った、と頬を指先で掻きながら肩を竦めた。それがどうしたら俺に話が来ることに繋がるのだろうか?
「誰かにやるってのも考えたんだが、タダでもらったとはいえ一個二〜三万するソフトだ。そう簡単に他人にホイホイやれるもんじゃなくてな」
「それは確かにそうですね」
そう返事をしながら、ひたすらキーボードを打ち続ける。
「そこでだ。いつも俺の右腕として働いてくれているお前に、プレゼントしてやろうと思ってな。どうだ?」
佐藤課長はそんな俺を呆れたように見つめながら、そう爆弾発言をした。
キーボードを打つ手を途中で止め、佐藤課長を怪訝そうな目で見る。
「正気ですか?」
「正気も正気だ」
顎に手を当て、考え込む。
この仕事が終わったら次の仕事は無く、家に帰るだけ。さらに、佐藤課長からは口煩く溜まりに溜まった有給を消化しろと言われている。消化してしまう機会としてはこれ以上ないだろう。最近暇な時間も多く、その時間を潰すことができる。断る理由もないな。
「本当にいいんですね?」
「ああ」
一応確認を取り、佐藤課長からソフトを受け取る。そして、今日の仕事を終わらせるために手を動かすのだった。
すっかり日が傾き辺りが黄昏色に染め上げられた頃、俺は家に帰宅した。
家と言っても、立派な一軒家ではない。1LDKのアパートだ。
「あー、疲れた」
解錠してドアを開け、家の中に入る。思わず零れてしまった独り言が暗いリビングに木霊した。それが、俺には少し寂しく思えた。
俺こと鈴木司には妻どころか彼女すらいない。所謂年齢=彼女いない歴というものだ。
ルックスは客観的に見て、学生時代に彼女の一人くらいいてもおかしくないくらいだと思うのだが、それでも彼女すらできないのはやはり性格だろう。
特殊な性癖を持っている、というわけでもなく、大雑把過ぎる性格をしている、というわけでもない。
むしろ逆なのだ。
『お前は大真面目過ぎる。肩の力を抜け。適当にやれ』
佐藤課長の言葉が脳裏をよぎる。
俺は、何かと自分で計画を立ててしまう節がある。例えば、この日に出勤してこの仕事をやり、次の日にはこの仕事をやる、という風に。そして、少しでもそれがズレると、徹夜してでも計画通りに進めようとする、そんな癖が俺にはあった。
良く言えば真面目。悪く言えば面倒くさい、といったところだ。
その癖のせいだろう。ちょっといい感じになれた女性でも、俺の性格に気付いたら即離れていってしまっていた。
そのことに少し落ち込みながら、食事や風呂をそこそこに、自室にてPCで〈Arts Magic Online〉の情報を集める。
俺はどんなゲームでも始めにやるのが真っ先にやるのが情報収集だ。
このゲームはどんなシステムで、どんな世界観なのか等、事細かに調べてから始める。それをモットーとしていた。
「なるほど。〈Arts Magic Online〉で選べる種族は〈ヒューマン〉固定で、職業制ではない。そして完全スキル制である、か。」
公式サイトなどを覗いたら、それらが直ぐに出てきた。
他にも様々な他のゲームとは違った点が目立っていた。
「お、おおっ!」
公式サイトにPVが載せられていたので、見てみたら、思わず感嘆の声が漏れた。
結論から言えば、俺はこのゲームに惹きこまれた。
景色や風の音。風に吹かれて揺れる草花など、どれを取っても現実のものと遜色なく、それでいてどこか現実とは別世界のように感じられる。そんなファンタジックな雰囲気に、年甲斐もなくワクワクしていた。
やがてPVが終わると、俺は即刻情報収集を切り上げ、ソフトを入れてハードを被り、ベッドに横になった。
そして、ハードを起動したことによって徐々に〈Arts Magic Online〉の中に引き込まれていった。