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エッセイ

氷柱と私の関係性

作者: 木村

透明で曇りのないその切っ先が、月の明かりに照らされている。その姿は、私を突き刺さんとする鋭さを持っていた。

冬になると、私の部屋の窓はたくさんの氷柱で覆われる。屋根から伸びた大きな氷の塊が、二階の窓を通過して一階の屋根まで到達する。直径二十センチにもなろうかという氷柱は手折ることも容易ではない。部屋の中からそれを見ると、まるで自分が氷の牢獄に閉じ込められたような気分になったものだ。あらゆるものから熱を奪う物質に囲まれて、指先からゆるりと、体の真ん中にかけて蝕まれていく。せめてもの情けか、体のほとんどの感覚がなくなって、間延びした欠伸をする頃、心の臓の、それもど真ん中に、氷柱の最も鋭利な個所が押し当てられる。そして私は、それをぼんやりと眺めるのだ。きれいだね、と独りごちながら。

窓の外の氷柱を、ただ眺めるのが好きだった。朝は飴のようだった小さな氷が、日が暮れる頃には刀のように美しい切っ先を持っている。氷の表面を伝う水滴が、その刃を研いでいく。月の光がちょうど部屋に注ぎ込む頃合いを見計らってベッドの上に腰掛ける。そうすると、氷格子の向こうから、一際澄み渡った空気が迫ってくるのだった。

ただ眺めていると、ふとその芸術的な造形をした物体に触れたくなる瞬間があることを言っておかねばならない。根本からその先まで、官能的に。すぅと指を這わせた後、折る。折られた氷柱は時間を置かず、手の中でじわりと溶けていく。まるで、私に触れられるのを厭うように。だから私は氷柱を見るにとどめておくようにしているのだ。手の中で自殺を選ぶ氷柱を見るよりは、春先に次第に老衰し、細くなっていく姿を見るほうがいい。

私がこんなにも氷柱に惹かれるのは、その純粋さゆえなのかもしれない。


 私を穏やかだとか、優しそうだとか、ふわふわしているね、なんて言う人がいる。そういう言葉で自分を形容されるたびに、やった!と思うと同時に反吐を吐きそうになる。そして、あまりにおかしくて笑い転げたくなる。騙されてやんの、と指を指して笑ってやりたい。

 こんなにも欲深くて、傲慢で、卑屈。臆病なくせにずる賢い人間なんてそうそういない。

いつだって誰から「も」愛されていたいと思っている。

だからいつでも笑っているように口角をあげて、目を細めておく。なんでも興味のあるふりをする。ゆっくり話す。のんびりとした空気を醸し出す。人好きする演技をする。

自分のことを一人でも嫌う人がいるなんて信じられない。太陽が東から昇るという事実を疑う日が来ることはあっても、世界中の人が私を好きだという嘘っぱちを疑う日は来ないだろう。そして、こんな文章を書きながら、私はまた自分の愚かしさに苦笑している。傷つきたくないのだ。世界中の人が私を好きだという「嘘っぱち」。こう予防線を張ることで、私は自分の柔らかい部分を守っている。何をするにつけても、私は予防線を張る癖をやめられない。どこかに諦めの目処をつけておいたり、あえて不完全なところを残しておいたりする。そうすれば、失敗を犯したときに他人から責められても、自分を擁護することは容易だ。大切に守ってきた柔らかい部分である。他人から動かされた感情で、ひっかき傷をつけることすらごめんなのだ。

  私の本質は欲深くて、傲慢で、卑屈。臆病なくせにずる賢い。そんな仄暗い感情が渦巻いている中心は小さな傷一つで再生不能に陥るほど柔らかくて弱い。

人から傷つけられるのは嫌だ

 自分で自分を傷つけるのも嫌だ

私の中心に入り込むのだとしたら、それは氷柱がいい。氷柱に胸を突き抜かれ、抉られ、身体の中で溶けていく。澄み切った透明な氷と、濁り淀んでいる私。二つが反発して、少しずつ混じり合う。中和されて無になっていく。

氷柱に貫かれるのならば、少しはきれいな人間として終わりを迎えることができるような気がするのだ。



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