第一章_08
勢いのままに風呂に入り、念入りに顔面を洗顔し、軽く昼食を食べて再度藍先輩の家、通称ホーム(命名、藍先輩)に集合する。ちなみにやりたくて仕方ない自分のゲームのことは忘れていないし、むしろ部屋に戻ったときにそのままやりこもうかと思ったが、どうせこもったところでろくな目に合わないのがわかりきっている。顔面油性よりも恐ろしいことになりかねない。
「おー、おはよう」
昼過ぎにもかかわらず目も眩みそうなほどの爽やかスマイル。だが、俺は負けない。
「朝はよくもやってくれましたね!」
「俺とのゲームの途中で寝るのが悪い」
「ゆーさく。たしかにそれはよくないよ」
「あんたもさっき俺とのゲームの最中に寝てましたからね!」
なにか、じゃあ寝落ちしたら悪戯いいんだな。それがマジックだとは限らないけどな、ぐへへ。
「うわー、なんかいやらしい顔してるのです」
「えっち」
「むっつり」
「……へこむから悪口言わないで」
確かにちょっとエロいこと考えたけど、なんか反応ひどくない?
「でも悠作さん。紅葉になら何してくれても、いいですよ?」
「あ、大丈夫です」
「ずーん、なのです」
あれ、何でだろう。いくら小学生体型の紅葉の提案とはいえ魅力的なはずなのに、思わず遠慮してしまった。
「あーあ。それにしても紅葉ちゃん、そんなむっつりのどこがいいの?」
俺以上にへこんでいる紅葉に、キッチンに向かいながら駿平先輩が問いかける。
「さっきも思ったんですけど、悠作さんの悪口を言わないでくださいなのです」
「ほんとに紅葉ちゃんはゆーさくのこと好きだねー」
「ちょ、ちょっと。悠作さんの前でそんなこと言わないで欲しいのですー」
頬を膨らましたり赤くしたりとめまぐるしく表情が変わる。見てて面白い。
「んー、よくわからん」
肩をすくめながら駿平先輩はコーヒーを入れる。俺もそのことに関してはまったくもって同感。俺のことを好意的に思ってくれる人なんて、世の中に何人いるのだろう。ましてやそれが異性に対する好意なんていったら皆無だと思っていた。確率的には学園にある大きな湖にネッシーがいる、くらいのものだろう。つまり、ありえない。
人ではなくて、捨てられた子犬になら好かれるけどな。まぁ同属憐憫、的な意味合いでだろうけど。
「紅葉ちゃん、悠作なんかじゃなくて俺にしない?」
「なんか、なんて言葉使わないで欲しいのです! それに駿さんはなんか不潔なのです!」
「ふけ……っ」
珍しく駿平先輩がダメージを受けている。
「むー。それにしてもなんかイライラしてきたのです! 覚悟、なのです!」
そういって紅葉は立ち上がり、キッチンにいる駿平先輩に向かって腕を振り回しながら突進していく。しかし、頭を押さえられて腕が届かない。身長差があるとはいえ、こんなコミカルな画が見れるとは。
「はははー、じゃれてきてんのかな?」
「むきゃー、なのです! もう本気出すのです!」
今度は部屋の隅に向かって走っていく。部屋の中を走っても違和感がないな。そして赤いリュックのようなものを持ち、背負う。それは光沢があって、なんか懐かしいという気持ちにさせるようなもの。ていうか、ランドセルだった。
「わー、かわいい!」
「似合ってるな」
「うるさいのです! 紅葉はもう中学三年生なのです!」
「違和感ねー」
「ゆ、悠作さんまで!?」
ショックを受けつつも、紅葉はかろうじて戦意を取り戻す。そしてランドセルの横についている上履き入れみたいな袋から(ひらがなで名前が書いてある)ゲームのコントローラーのようなものを取り出した。
「ぽち、なのです!」
わざわざボタンを押す擬音語を口にしながら、コントローラーの中心部についている、ひときわ大き目の赤いボタンを押す。すると、ヴン、というテレビをつけたときのような機械音がランドセルの中から聞こえた。
「スタンバイ、完了シマシタ」
「おー!」
ランドセルから聞こえる機械的な音声に、藍先輩は感嘆の声を上げる。
「なにそれ」
「しゃべるランドセル、って言うわけじゃないよな、さすがに」
対する男二人のリアクションは心なしか引き気味。というか、俺は不安しかない。今までの経験上、こういう手合いの発明品はあまりいい例がなかったような気がする。
「コマンド、攻め時! なのです」
「コマンド、確認。声紋、確認。アタックモード、起動シマス」
ぱか、うぃーん、がちゃがちゃ。
いかにも機械的、な音を出しながらランドセルから腕が生える。人間でいう肘にあたる部分に関節があるUFOキャッチャーのアームのようなものが四本飛び出した。手、指にあたる部分はキャッチャーのアームのように二本で摘めるような形になっている。
「ふふふ、これは紅葉が発明した新たなハントツール、『ウデガフエター』なのです! これを装備することによって腕が全部で六本、さながら阿修羅の如くハイパーなパワーを発揮するのです!」
コントローラーを持って不敵に笑う紅葉。
……コントローラー持ってたら使えるの四本じゃね?
俺はそう思ったがあえて言わないでおいた。これが優しさというやつだ。
「コントローラー持ってたら使えるの四本になっちゃうよ、紅葉ちゃん!」
「……あ」
優しくない女子高校生が約一名。自分でそのことに気づかず、ずーんと肩を落としている女子中学生も約一名。相対して笑いを堪えようとしている男子高校生も約一名。そして俺は無言で紅葉の頭を撫でてやった。
「ハ、ハイパーなパワーがスーパーに格下げになったとしても、すごいことには変わりないのです! 駿さん、覚悟、なのです」
俺に撫でられたことによって気を持ち直したか、コントローラーをかちゃかちゃ操作してロボアームをうぃんうぃん動かす。
「はぁ、それにしてもまた藍が好きそうなもん作ってきやがっ、って、おわ!」
呆れた声を出していた駿平先輩に、ウデガフエターを装備した紅葉が、というよりアームが次々と襲い掛かる。しかし、先輩は軽々と避け、場をキッチンからリビングに移る。そしていくらか攻防が続いた挙句、紅葉が大振りの攻撃を仕掛ける。
「ほい」
しかしそれすらも軽く避ける。
「え?」
ただ、いつの間にか俺の前に駿平先輩が立っていて、視界からいなくなったと思ったらロボアームが眼前に迫ってきていた。
「ゆーさく!」
「ゆ、悠作さん、危ないです!」
紅葉はそう叫びながらコントローラーの中心の赤いボタンを連打し、強引にロボを止めた。
「緊急停止シマシタ。緊急停止シマシタ。緊急停止……」
俺の目の前数センチのところでアームがぴたりと止まる。時間が止まったように誰も動かなかったが、機械の音声だけがだんだんフェードアウトしていき、やがて聞こえなくなる。
「だ、大丈夫ですか?」
「……あぁ、一応」
あわあわと慌てる紅葉に一応返事をするも、俺は半ば放心状態。そして特に意識もせずにアームを触っていた。
「それにしてもすごいな、これ」
「やん、悠作さんに褒められたのです」
さっきまでの殊勝な態度はどこへやら、頬を押さえて身体をくねくねと動かして恥ずかしさをアピールしていた。
「その勢いで抱いてくださいなのです」
「あ、遠慮しておきます」
「ずーん、なのです」
表情をころころと忙しいやつ。これだからなんとなくいうことが信用できないというか素直に受け取れないというか……。
「紅葉ちゃん、これがあたしが依頼したやつ?」
「はい、そうなのです。役に立ちそうなもの、ということでしたので、以前一緒にゲームをやっていたときにもっと手がたくさんあればいいのに、と思ったのでこれを造ったのです」
「さっすが紅葉ちゃん!」
えへへー、と嬉しそうに頭を撫でられている紅葉。いやいや、そもそも発想がゲームしてるときってどうよ、とか思ったりしたけどそれは言わない。これが優しさというやつだ。
「でもこの先っぽだとゲームしずらいねー」
「ずーん、なのです」
相変わらず優しくない女子高校生。
「いや、でも役に立ちそうだな。……何かに」
「悠作さん……」
俺はもうちょっと何かしらのフォローをしてあげたかったが何も浮かばず中途半端になってしまった。まぁ、目を潤ませて見つめてくる紅葉的にはそんなもんでよさそうな感じだけど。