第一章_01
「じゃあ今日はここまで」
「起立、礼」
『ありがとうございましたー』
新学期が始まって一ヶ月。新入生もそろそろ学園の雰囲気に慣れてき始めた頃。教師が授業終了を告げると、今までしんとしていた教室内が一気に賑やかになる。今週の最終授業を終えた学生たちは、各々これからの放課後のため、部活の準備、または帰宅の準備を始める。
教室のど真ん中に席を置く俺、浜田悠作もその例に漏れず、学生寮へと戻るために帰り支度を進める。
「~♪」
鼻歌を歌いながら机の中の教科書や筆箱をいそいそと鞄に詰めていく。いつになく機嫌がいいのは、昨日買った新作のゲームの続きを早くやりたいから。それは前評判に劣らず面白くて徹夜でプレイし通したが、今日の授業はほぼ寝ていたために今は絶好調。今日も徹夜でゲームするためにコンディションを調整した結果が今だった。
さて、早く帰ってレベル上げでもするかな。
荷物を詰め終わった鞄を肩に掛け、スキップしそうなほどに軽い足取りで俺は教室のドアに向かって歩き出す。そしてドアを開けようとしたが、その前に勝手にスライドして景色が開ける。
「おーい、悠作。いるか……って、そこかよ」
目の前に一人の男子生徒が立っていた。
『きゃーーー』
そしてクラス内の女子から黄色い歓声が上がる。
「……なんか用ですか? 駿平先輩」
俺は思わず顔をしかめる。女子の歓声に手を振って答えているのは、木山駿平。一つ上の学年で、俺が所属している部活の先輩でもある。状況を見てわかると思うが、この先輩はやたらルックスがいいのだ。爽やか、という単語がよく似合う、女子からは好意の目、男子からは憧れの目が注がれるかっこいい先輩。
そんな俊平先輩と同じ部活に所属している俺は誇らしい! ……なんて思ったのは部活に入ってものの数時間だけ。今では遭遇すると、うわぁ、と思ってしまう。
「そうそう、今日部活出るだろ?」
「いや、ちょっと忙しいです」
「ならちょうどいい。運ぶのを手伝ってくれない?」
「あれ、おかしいな。俺の話、聞いてます?」
「聞いてたさ。ちょっと忙しいんだろ? 俺はだいぶ手伝ってほしい」
「訂正します。超忙しいので帰ります」
「ゲームのレベル上げよりリアルのレベル上げしようぜ」
すれ違う女子に挨拶され、手を振って返しながら、爽やかに笑う。その笑顔に女子はまたもや沸く。
「……余計なお世話です」
「そう、つれないこというなよな」
そうやって会話をしているうちに、クラスの女子の視線は駿平先輩から話し相手である俺のほうへと向いてきていた。みんなの憧れである駿平先輩は誰に会いにきたのだろう、という疑問がやっとこさ浮かんできたらしい。しかしその視線は先輩に向けるきらきらしたようなものではなく、突き刺さるほど痛いものであることはいうまでもない。人の視線を嫌って普段目立たないように生活している俺にとっては拷問のような時間。
「わかりましたよ。部活でますから、行きましょう」
俺は逃げるように先輩を押しながら教室から出て行こうとする。その行動に教室からはブーイングの嵐。これだけで心が折れそうだった俺に、追い討ちを掛ける一言。
「先輩と話していた男子、誰?」
クラスメイトの女子の心無い言葉。俺は頬に暖かい液体が伝い落ちるのを感じた。