プロローグ
ある年度の変わり目、学生にとっては春休みという名の短い休暇が始まったその日の夜。新月だったためいつになく空は暗かった。
「……んー、といれ」
日付も変わろうかという時間に、学園寮の一室で眠たそうな声があがる。その可愛らしい声の主はもぞもぞとベッドから這い出し、用を足すために目的地であるトイレへとふらふらした足取りで向かう。寮の個室には付いていないため、共同のトイレへ行くために部屋を出るも、その足取りは変わらず危なげなものだった。
「むー……、ん?」
その道中ふと窓の外を見て、ほぼ開いていなかった目が一気に開き、窓辺へ寄り付く。外は、暗い。月明かりもほぼないし、学園の敷地内にある寮の周りには外灯も少ない。そんな中、視界に映るのは、ひとつの光。それは、ぼぅ、と妖しく光り、人工の光ではないと本能で感じた。その光はふわふわと上下に揺れながらあっちへこっちへ漂い、しばらくすると近くの森の中へと消えていった。
「…………」
その光景を呼吸することも忘れて見つめていた少女は、あるひとつの可能性に思い至り、口にする。
「……妖精だ」
根も葉もない幻想である、とは思わず、むしろその少女の中でその光は妖精であると確信していた。根拠はない、本当にただの直感。
少女は当初の目的を忘れて自分の部屋に駆け込み、ファンシーな人形が乗った机に新品のノートを取り出して座り、ペンを持つ。そして勢いのまま、表紙に文字を大きく書き込んでいく。
《妖精捕獲大作戦!!》
ノートを持ち上げて手を伸ばし、遠目からそのでかでかと書かれた文字を見て満足そうに頷いてからページを開く。ペンから少し短くなった鉛筆に持ち替え、小さな背中を丸めながらひたすらに文字を書き込み始めた。
そして、その寮の部屋の明かりが消えることは、朝日が昇っても、なかった。