自殺のススメ
この作品に自殺を助長する意図はありません。
「間もなく、T駅行きの最終電車が参ります。本日最後の電車となります。これ以降はございませんので、ご注意ください。」
何度も繰り返す駅員を改札越しに眺めていた。
十数人の乗客が駆け足で改札を通っていくのが、視界の隅にぼんやり見えた。
電車が来るまで残り二分。
これを逃すと、もう家には帰れない。
「間もなく、1番ホームに、T駅行きの電車が参ります。危ないですから、黄色い線の内側まで、お下がりください。」
駅員とは違う、時間帯関係なく流れる女性の定型文が聞こえた。
私は踵を返し、駅を背に歩き出す。
──もう、家には帰れない。
靴音が響く階段を上って鍵がかかっている扉を乗り越えると、暗闇が広がる。
地上からは見えない星が、はっきりと見える。
満月が煌々と輝いている。
転落防止の柵の上に座ると、心臓の動きが速くなる。
身体は生きたがっているのかもしれないと妄想する。
未練がましい自分が可笑しかった。
もう何も考えなくていいと言い聞かせ、目を瞑って思いっきり前に跳んだ。
四十キロの身体が宙に舞う。
空を飛んだと思ったのは一瞬で、背中に激痛が走った。
息ができない。
痛くて、苦しくて、情けなくて涙が出た。
私を避けるように人々が行き交う。
その足を視界の隅に捉えて、無関心なことを有り難く思った。
もしも人に囲まれていたらと想像するだけで、顔が火照るのを感じた。
手足が冷えきっていることに気づいたのは、呼吸が落ち着いた頃だった。
相変わらず、足に力が入らない。
まるで、身体が動くことを拒否しているようだった。
面倒くさくなって目を閉じた。
人々の視線も随分気にならなくなった。
考えてみると、道端で酔っぱらって倒れている人は、この辺りでは珍しくない。
それにしても、と思考を巡らせる。
人は意外と死なないらしい。
勇気を振り絞って飛び降りたんだけどなあ。
首を吊ったら死ねるのだろうか。
明日、ロープを買って試してみよう。
そんなことしなくても、今ここで寝たら凍死するかもしれない。
しかし、ホームレスの人は地面で寝ていても生きている。
布団代わりの新聞紙は、どのくらい温かいのだろう。
あれがなければ死ぬのかなあ。
ぼんやりと考える時間は長くは続かなかった。
地面の冷たさを感じなくなった頃、私は意識を手放した。
──明日も生きていたら、その時に考えよう。




