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再出発

想いが定まり、混乱状態だった思考が冷静さを取り戻した。少年は今自分が置かれている状況を正確に判断する情報が欠落していることに気付いた。


確かにここはかつて自分が生きていた世界だと、断言できる自信はある。だが今、何年なのかがわからない。あちらで過ごした五年間はこちらでは何年分であるか、同じ五年か、それとも数分なのか、何百年も誤差があるのか。はたまた過去へ飛ばされた可能性もある。世界を渡るという奇跡を前に、常識が通用などしない。


ここでこうしてベッドの上でじっとしていても始まらない。だが行動を起こそうとしたとき、ドアの向こうからヒトが近づいてくる気配を感じた。じっとドアの方へ視線を送る。ゆっくりと開かれ、ナース服の女性が入ってきた。こちらに気付き、目を大きく見張り、驚愕に顔を歪ませた。


「あっ……うそでしょ!? もう何十年も眠っていたのに目を覚ましてる?」


取り乱した女性は大慌てで部屋を飛び出した。どうやら日本語を使っている。つまりここは日本だろう。さらに彼女が口走った何十年も寝ていたという言葉から、自身の置かれている現状を少し理解した。化け物じみた少年の聴力が俄かに病院内が騒がしくなる様子を聞き取った。


ふと左目に違和感を感じた。


「眼帯がなくなっている?」


いつも愛用していた眼帯がない。特に必要がないときは閉じられている為、気付くのが遅くなってしまった。病室を見回す。すると思いの外すぐに見つかった。ベッドの傍にある机の上に、最終戦闘時の服が綺麗に折りたたまれ、その上に眼帯が置かれていた。


手を伸ばし、眼帯を取る。慣れた手つきで眼帯を装着する。欠けていたものが埋まった満足感に安堵した。


「フムン。これからどうしたらいいのだろうか?」


このままここにいていいのだろうか。だが立ち去れば騒ぎが大きくなることは間違いない。何十年も眠っていた患者が忽然と消える。いかにもマスコミが食いつきそうな内容だ。ならここに残るべきだろうか。現状を把握するには悪くない選択だろう。


どちらにしろ騒ぎが消えるという結果にはならないことは確実だ。ならどちらが有益か。幸いにもロランとしてのチカラを失った気配はない。最悪の結果、戦闘状態に移行しても問題はない。近代兵器が相手だろうとも蹴散らせる自信も確信もある。


思考できる時間はもうあとわずかだ。どんどんとこの部屋を目指して近づいてくる気配が複数ある。どういう訳かあの世界の住人と似た、この世界ではまず滅多に感覚できない生命力あふれる力強い気配の人間がいる。だが向こうの人間よりも遥かに劣ってはいるが。



もし病院に人並みの感情があれば、慌ただしく駆け巡る人間たちに辟易しているのだろう。忙しなく駆け巡る看護婦たちはさながら働き蟻で病院は巣穴。患者たちは餌だろう。コツコツとピンヒールを神経質そうに鳴らしながら、黒のスーツに身を包んだ女性は足早に歩く。看護婦たちを蹴散らすように、威圧的なその様は侵略者だ。きつく結ばれた口元から厳格な性格を、眉間に刻まれた縦皺から並ならぬ苦労を乗り越えてきたことが容易に想像できた。


「ちょっと、待ってください先輩。どうしてそんな慌てて……」


少し遅れて歩く後輩にあたる女性を見据える様に振り向き、硬く閉ざされた口元を開き、低く重い口調で答えた。


「十六夜、ここに配属されてもう五年になるあなたはこの案件をまだ理解していないというのか?」

「いえ、理解はしていますが……焦る理由がわかりません」

「最重要参考人に逃げる時間を与えるわけにはいかない」

「でも本部並の結界を張ってあるんですよ」


先輩と呼ばれた女性は飽きれた様に溜息を吐いた。まるで何も理解できていない後輩には辟易していた。だがそれも仕方がないことなのだろう。己と彼女との埋まることのない力量差が認識の差に直結している。もし彼女に自信と同等の知覚能力があればと思うが、無いものねだりは無意味だ。今、なすべきことをする。それが最重要だ。自信よりも年上の後輩との会話を打ち切り、女性は颯爽と再び歩んだ。




結局のところ、現状を把握できない今、不用心に行動を起こすことは不利益につながると判断した。少年はただ待つ。近づいてくる気配が答えを与えてくれると信じて。


扉が開かれた。入ってきた二人組の女性。どちらも二十代前半だろう。一体何者だろうか。そう問いかけるよりも速く、彼女たちが名乗った。


「特務機関スサノオ所属、月我魅勇那(つきがみゆうな)です」

「同じく十六夜桜(いざよいさくら)です」


鋭く怜悧な刀のような印象を与える月我魅勇那。どこか抜けているおっとりとした印象の十六夜桜。だがそんなことはどうでも良い。今、彼女らが言った聞きなれない言葉の方が重要だった。


「特務機関? スサノオ? 聞いたことがない」

「それは当然です。あなたが眠っている二十年もの間に生まれた組織ですから。発足からまだ十八年しかたっていませんが」


十六夜桜が懐から取り出した警察手帳のようなモノ。剣と八つの頭がある蛇が刻まれた紋章。それがこの組織が掲げるものらしい。


「で、それに何の効力が? 僕を逮捕するとでも?」

「いえ、私たちには警察のような逮捕権限はありません」

「回りくどい話は嫌いだ。要件を言え」

「そうですね。簡潔に言えばあなたをスカウトに来ました」

「省きすぎだ。今現在がどれだけ変化したのかを教えてやれ。把握できん」

「そうでした、つい。私たちにとってはもう日常の一部ですもんね」


十六夜桜が語った内容はとても受け入れられるものではなかった。いや……どこかでこうなることを望んでいた自分がいた。かつての自分はだが。


世界はもう僕の知る世界ではなかった。ものの見事に壊され、再構築されていた。全ての発端はこの世界に帰還した際に起きた、二十年前に起きた世界に開いた大穴が原因らしい。突如としてこの世界にはあまり馴染みのない魔力が年月をかけ蔓延した。その結果、地球上のすべての生物は魔力の影響を受けた。環境の変化に絶滅する種や適応して強靭に進化した種。人間も例外ではなかった。変化に耐えきれなかった人間たちの半数は死滅し、残り半数は適応した。そして地球も変化せざるを得なかった。大陸を揺るがす地殻変動。目まぐるしい寒冷化や温暖化。生物は淘汰されていく。その過程で人間はその数をまた減らした。そして世界は落ち着きを取り戻した。


「一番酷かったのは十年前。2025年でしたね」

「そうだな。大陸は真っ二つになるは、巨獣が現れるはで混迷を極めたな」


2025年という言葉がぐるぐると頭を回った。2025年、つまり僕が召喚されてから十五年。けど眠っていたのは二十年。どういうことだ。僕が戻されたのは過去だったのか。いやまて、其れよりも魔力が大穴から漏れ出し始めたのが2005ということになる。あの時から世界は壊れ始めていたのか。確かに異常気象が連発していたのは確かだが……


「そう気を落とすな。確かにショックなことかもしれない」

「そうですよ。あなたの家族もきっと無事です、と言いたいところなのですがあなたの身元がわからなくて捜索もできないんです。お名前、お教えできませんか?」


暫しの沈黙。この問いを予想していなかったわけではない。想定はしていた。だが、想定よりも事態が複雑だった。行方不明者リストになっているであろう己の名を今ここで明かすことはできない。消えた人間が過去に出現していたなんて矛盾を明かせるはずがない。


「ジョンドゥ」

「ふむ、名無しの権兵衛か」


過去の僕とはもう別種の生き物だ。黒かった髪も真っ白に染まり、惨たらしい傷跡を残した化け物がもうあの人たちのもとに戻っていいはずがない。戻れるはずがない。人間だった己を殺し、化け物になったロランがまっとうな暮らしを壊してはいけない。


「いや、ロランと呼んでくれ」

「了解だロラン。私らとしては君の過去にはそう興味はない。今現在、君が協力してくれればそれでいい」


十六夜桜はどこか不満足そうな顔で黙っている。先輩である月我魅勇那の決定に逆らう気は毛頭ないらしい。そして僕もそうだ。彼女が手を差し出す。僕も黙って手を取る。


「ではよろしく。我が同志よ」



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