第三話 新たな肉体、新たな力
「……ははっ。創造神が、魔物を生み出しただって?」
笑い飛ばす。……いや、笑い飛ばそうとする。それは有り得ないだろうと、否定する為に笑うが、乾いた笑いしか出てこなかった。
「何の為だよ。どうして世界を人で満たした女神が、人を襲う魔物を生み出す?」
『理由は分からん。だが意図は読める。―――人を滅ぼす。あるいはそこまで行かなくとも、減らす為であろうな』
「……そうだ、人を襲うよう命令したのはお前なんだろう? 使役はしてたんだもんな」
『確かに我は魔物を支配し、街を襲わせた。……だが、それは集団を作らせた上での話だ。支配下に無い魔物の方が、むしろ攻撃性は高いぞ。劣勢ならば退くよう、我は命令したのだから』
「俺は信じないぞ」
『それも致し方無い。我とて確信を持つまでには長い調査と推論が必要だった』
「ああ、お前の言葉だけでは信じない」
いつの間にか地面にへたり込んでいた身を、立ち上がらせる。
「だから示せ、魔王。―――お前がその結論に至った筋道を。お前が生み出したのではないという証拠を。それが確かな事だと信じられたのなら……」
しっかりと大地を踏みしめる。
「……俺は、女神だって倒して見せる」
そう、宣言した。
『―――くはははっ! それでこそ魔王を倒した孤高の英雄よ!』
楽しそうな、どことなく嬉しさを含んだ魔王の高笑いが響く。一しきり笑った後、魔王は問いかけた。
『……では、まずどうする?』
「そうだな。まずは現状把握だ。今はあの戦いから何日後で、地上はどんな状態になってるのか。……お前の言う事を証明するのは、その後だ」
『良かろう。どうせすぐには人は滅びぬ。魔物の攻撃性が高いとはいえ、我が使役していた奴らとは違い烏合の衆。軍が駐留する規模の街ならば、当分は心配あるまい。
だが、その前に把握すべきことがあろう?』
「……何だ?」
『貴様自身の現状把握、だ。……まさか、何も気付いていないわけではあるまいな?』
ショックの連続で頭から飛んでいたが、そういえば身体に少々違和感がある。加えて言えば、自分の声が妙に高く聞こえて耳もおかしいし、手足が若干短い感覚もするし、風が肌を撫でる感触が妙に直接的で……。
目覚めて初めて、自分の身体に視線を落とす。
「…………」
ちょっと有り得ないものが見えた気がして視線を正面に戻した。シャツが肩からずり落ちて、何か胸の部分に膨らみと、その頂点にピンク色の何かが見えたような……うん、胸板だよな胸板。鍛えてたしな。
両手を持ち上げてまじまじと見つめる。毛の無いすべすべの白い肌。触ってみるとぷにぷにと柔らかい。……うん、暗闇にいたから肌が白くなったんだな。寝てたから筋肉落ちたのかな。
混乱して頭を掻く。さらさらとした長い髪の感触。……ああ、そんなに長く眠っていたのかな。髪がこんなに伸びるなんて。
『……まさか本当に気付いてないのか。我はこんな馬鹿者に負けたというのか……?』
「うるさい、馬鹿に負けた方が馬鹿だろうが」
……やっぱりなんか声が高い? 魔王の声は普通に……いや聞こえ方は変だけど高さは普通に聞こえるし……。
そういえば魔王は何処にいるのだろう。
『……埒が明かないから我が説明するぞ』
疲れきった口調で魔王が話し出す。
『我が貴様の身体に乗っ取りを仕掛けたのは覚えているか?』
「ああ、お前を倒したと思ったら正体が小さな女の子で、しかも腕が潜り込んでくるんだから驚いた」
『これでも生まれて四桁近い年数だがな。
……身体については乗っ取りが成功した。貴様の肉体はほぼ死に掛けだったからな。対して我の肉体は致命傷を負ったのみ。勝敗は見えていた。
だが肉体の支配……魂の乗っ取りが失敗した。どうやら貴様の魂は相当強い部類らしいな。激しく抵抗され、取り込むどころか、逆に半分取り込まれてしまう結果となった』
「ってことはお前は……」
『ああ。今は貴様と離れられぬ、最早魂だけの存在だ。貴様の魂に直接語り掛ける形で、会話をしている』
世界を震撼させた魔王が魂だけとなり、しかも人の身体に何も出来ない状態で閉じ込められている。それは、何というか。
「ざまぁみろって感じだな」
『煩い馬鹿者。……ともかく、貴様の肉体は我が大半を占めており、魂は貴様が支配しておる』
「成る程」
……あれ? 魔王が大半ってことは今の身体は……。
『漸く気付いたか?』
身体をぺたぺたと弄る。長くさらさらの髪。小さな顔。細い肩。膨らんだ胸。くびれた腰。丸い尻。しなやかな脚。
それは感覚がおかしいのではない。勘違いなどでは勿論無い。どう考えても今の身体は―――
『まぁ、貴様の身体も多少は使えたので身体年齢は我と貴様の間といったところだな』
「お、女じゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
魔王の身体をそのまま成長させたような、少女の姿だった。
『性別などどうでも良いだろう?』
「どうでもいいわけあるかっ!」
誇れる生まれでなかろうと、せめて男らしくあろうと研鑽を積んで来たというのに……。鍛えた肉体も、戦技も、これでは役に立たない。以前の自分との共通点と言えば、背中で揺れる片翼のみ。
そんな事を涙ながらに語ると、呆れたような言葉が返ってきた。
『なんだ、そんなことか』
「そんなこととはなんだ!」
『その程度の事、だ。……貴様は自身の状態を何一つ把握していない。……全く、気付くのを待っていたら日が暮れる。我が説明する他無いか』
「現状と言っても、こんな脆弱な女の身体になって―――」
『黙って聞け。まず誤解から解いていくぞ。まず肉体の性能についてだが、今のお前は女性であっても脆弱ではない』
「……は?」
『貴様の身体で、使えなかったのは脳や臓器といったダメージを受け易い部分が中心。死に掛けと形容したのは、とても身体を維持出来る状態でなかったからだ。維持機能以外はそれなりにダメージを受けたのみに留まっていた。
だから筋組織や脂肪は転用してある。密度で言えば生前より高いぞ。女性として不可解でない程度のサイズ、重量に収めてはあるがな』
「つまり……」
『戦闘を行うに不都合は無い、ということだ。
では二つ目。貴様の生来の能力があるだろう? 使ってみろ』
「あ、ああ」
手の内に剣を『創造』する。物心ついた頃から行使してきた能力だ。意識するだけで呼吸のように扱える。
―――が。
「……あ?」
現れなかったのではない。現れすぎた。五本の剣が宙に『創造』され、握れなかった数本が地面に突き刺さる。
「おいおいおい俺の『創造』は剣一本じゃ……」
しかも以前と同じく、意のままに宙を動く。
『ふむ。我の魂と同化した影響であろうな。そちらは我では分からぬ。後に貴様が調べろ』
「言われなくても調べる」
不機嫌を装い言い返すが、正直嬉しい。一度に一本、良くて二本。それで今までやってはこれたが、やはり手に持っての近接戦がメインになってしまっていた。
複数本出せるとなれば戦術の幅も広がる。
『そして三つ目。これが最も重要ではあるな』
少し顔がにやけているのが分かったのか、呆れ気味に話を続けられた。
『我と貴様は魂が同化している、と言ったな?』
「ああ。俺が主体になって、お前が取り込まれたような形なんだよな?」
『完全にではないがな。だからこそ我がこうして意識を保てている。……さて、そうして取り込まれた結果、貴様に我の能力が移っている』
「お前の能力? ―――ってまさか」
『そう。……我が生来持つ冒涜の能力。万物に『干渉』する力。それが貴様に根付いているようだ』
「……だから、地上まで階段が作れたんだな」
『そうだ。不幸中の幸い、とも言えるな。我の方に能力が残っていたなら、その身体では『干渉』出来ぬまま地下深くに閉じ込められて死んでいただろう』
命と引き換えに倒した魔王と同化し、しかしその力によって生き長らえたとは、なんという皮肉か。
『丁度良い、使ってみろ。慣れもあることだろうしな』
「……そうだな」
御誂え向きに、手の内には一本の剣がある。
『能力の発動は、接触が基本だ。薄いものなら間接的な接触でも可能ではあるがな』
今は直に手で握っているから気にしなくていいということか。
剣を片手で水平に構え、目を閉じる。魔王が語った『干渉』に関わる説明を思い出す。
一つ、別種の物へは変えられない。金属製の剣からは、同じく金属の何かにしか変えることは出来ない。
二つ、一は一にしかならない。この剣をそのまま巨大化させたりは出来ない。
それだけを頭に叩き込み、イメージした。両手持ちの細い槍。そして願う。『成れ』と。
『……ほう』
願った瞬間、何とも言えない感触が返ってくる。手の中で震えるような、『変わる』感覚。
それが収まった後に目を開けると、そこにはイメージ通り、身の丈ほどの細い槍があった。
「よし、成功」
そのままクルクルと両手で回す。自分の本領は剣だが、武具の扱いは一通り修練している。弱い『創造』の力に頼るだけの戦闘は嫌だったから。
身体に這わせるように回転させ、最後に小脇に挟んだ。
こうして身体を動かしてみて分かったが、言われた通り筋力はさほど落ちていない。これならばすぐに戦闘があったとしても困るまい。……とはいえ、今の身体ではやはり違和感があるから、再確認を終えるまでは避けたいが。
「……あ、そうだ」
元となったのが自分が『創造』した剣だったから、思う通りに動かないかなと念じてみる。
……が。
「うーん……」
動いたは、動いた。しかも思う通りに。しかし、なんというか……。
『異常な程に不可思議だな』
「変に遠回しな言い方をするんじゃない」
ぶっちゃけ奇天烈だった。多分、自分が槍の操作に慣れてないからだろう。重心を捉え切れず、ふらふらくるくる動いていた。
『要鍛錬、だな』
「分かってるから言わなくていい」
これもまた、戦法が大きく広がる。というか幾らでも広げられそうだ。そこでふと思い付く。
「……なぁ、『干渉』で俺の今の身体を変えることは出来ないのか?」
『理屈の上では出来るが、止めておけ。
今の我らの魂と肉体は絶妙な均衡によって成り立っている。この力を知り尽くした我が直接操作出来るのならばともかく、不慣れな貴様が行えばまず間違いなく失敗するぞ』
「失敗したら……」
『最悪死ぬ。良くても奇形だな』
「うえ、やめとく」
腕が変な所に生えた自分を想像しかけて、慌てて打ち消した。それならば女の身体の方が余程マシだ。
「あ、そうだ。服はどうなんだ?」
『触れている物体ならば問題無い、と言ったろう。……貴様に女用の服に関する知識があるのか疑問ではあるがな。力の行使には、具体的な想像が必須だ』
「……無いな」
まぁ、サイズを合わせるくらいは出来るだろう。身に付けたシャツとズボンを身に合わせたサイズに『干渉』し、ついでに破れたマントを綺麗にする。汚れは一箇所にまとめて抽出し、ボロ布として捨てた。元のサイズが大きいせいかまだダブついているが、落ちるようなことは無いから一先ずこれで良いだろう。
そうして身形を整え、当ても無く歩き出し―――数歩で止めた。
『……? どうした?』
「……胸が擦れて落ち着かん」
胸は大きな方ではないとは思う。仲間に一人女は居たが、あれよりは小さいし。それでも歩く度僅かに揺れて落ち着かない。ついでに股の下着も男用のままなので奇妙な感じがする。
「……『干渉』して作るか。女性用の下着ってどんな形なんだ?」
『下はともかく上は知らぬ』
おい、元女性。
『我の体型を見たろうが。胸があるように見えたか?』
「一瞬しか見てないが、まぁ要らないように見えたな」
『だから分からぬ。下は密着するような形だった筈だ。上は……押さえる布であれば良いのではないか?』
「ふむ……」
密着するということは、伸縮性の素材の方が良いということか?
上がどうにも想像が出来ないが、巻きついて軽く締め付けるような布であれば問題は無いか。そもそもこうして自在に形を変更出来る以上、着替えの手間は不要なのだ。
「えぇと、こう、かな?」
イメージし、『干渉』する。下は着ていた男用、上は服のダブついた部分を使えば良い。想像通り、身体にフィットした布が現れ、多少身体も落ち着いた。
「これで良し、と―――」
バサリ。
「……ん?」
一息吐いた瞬間、背中に何かが現れた。肩越しに振り返る。
その視界に、黒が映った。
「な―――」
翼だった。
元々自分に生えていた片翼とは逆側から生えた翼。他の『創造』の一族と同じように翼が生えていたら、とかつて夢想したのと同じ位置。
だがそれは、生来の翼とは異なる―――闇のような漆黒の翼だった。
「なんだよ、これ……」
『……ほう。我の肉体としての反応か、はたまた能力の象徴としての発露か……?』
言われて、気付いた。これは魔王の背中に生えていた翼と同じものだ。
「……ちょっと、マズイな」
片翼は、珍しくはあっても存在しない訳ではない。『創造』の一族と他種族との混血児は僅かながら存在し、その多くは片翼として生まれてくるのだから。その子供はどうなるのか、という報告はデータがほぼ存在しなくて明らかになっていない。
しかし、黒翼なんて見たことがない。こんな姿で街に出る訳にはいかない。
「……どうするかなぁ、コレ……」
頭を掻きながら、溜め息を吐いた。
『どうにもならぬな。貫頭衣か何かで隠すしかなかろう。我ならば能力の行使で隠せるが、貴様にはまだ無理だ』
マントがあるから隠す事は出来る。しかしシルエットは分かるし、風が吹けば見えてしまう可能性もあった。
『創造』の一族にとって翼は誇りであるから隠している者はまずいない。隠しているという事実だけで怪しまれてしまう。しかし露にしたら一層マズイことになるわけで……。
「……まぁ、考えても仕方の無いことか」
とりあえずマントで覆っておく。
元々あった片翼と同じように操作を受け付けたのは幸いだった。畳めるだけで随分と違うものだ。
第三話、ようやくTSシーンです。
とはいえ実際に変身したシーンではないので、TS発覚シーンとでも言うのでしょうか。
数日置きに刻んで公開していますが、その間に勿論先の話も書いています。
でも段々と追い付かれてきており、自分の事ながらちょっと焦っております。
それではまた次の更新にて。
以上。