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第二話 救われた世界

 昇っていく。


 最初は違いの分からぬ程に、そして後には明確に、視界が明るくなっていく。


 昇っていく。


 気温も変わった。冷たく停滞した空気から、僅かに風の流れが感じられるように。


 昇っていく。


 世はどのように変わったろうか? どれほど眠っていたか分からないが、混乱はあれど平和になったろう。


 昇っていく。


 自分は死んだ者だから表に出る事は出来ないが、世がどのように変わったか世界を周るのも一興だろう。


 光が差す。


 共に戦った三人の仲間達が今何をしているのか、見るのも面白い。会えれば会うのも良いだろうか。俺は死んでないから安心しろ、と。


 地上へ出る。


 そしたら人の居ない土地へ行って隠遁しよう。この平和な世界を見ながら―――


 久方振りの眩い日の下で周りを見渡す。


「…………え?」


『―――っくく』


 入った時には荒野だったその土地は、背の低い草の生える草原になっていた。風が吹き抜け、緑を揺らす。


「何なんだよ、これ…………」


『くははははははははっ!!』


 そこに居たのは草を食む動物達と、それを狙う獣と―――



 ―――折り重なって横たわる、無数の死体。



 身に纏った防具は二種類。青と、赤を中心に据えた二種類の彩色。共通点は皆が武装していること。どこからどう見ても、それは戦場の成れの果てだった。


『くははっ! 愉快愉快!』


「どういうことだよ……何で、こんな……」


 目の前に広がる光景が信じられない。


「世界は……平和になる筈で……」


 呆然と呟いた言葉に、魔王の笑い声が一層高くなる。それは、人を嘲る笑い。


『貴様は、魔王を倒せば世界が平和になると思ったのだろう?』


「そうに決まってるだろう!皆、魔物の襲撃に怯えて暮らしてたんだ!魔物を生み出し、率いる魔王を倒せば怯える必要は無くなる!後は烏合の衆となった魔物を倒し、世界は平和になるんだ!」


『ふはははっ! だから愚かだと言うのだお前は!』


 嘲り、蔑み、見下し……どこか悲しみを帯びた口調で魔王は語る。


『魔王が消えれば世界が平和に?魔王が現れる前は世界は平和だったのか?』


「それは―――しかし、やり直せる筈だ!」


『何をやり直すのだ?人の生活か?離れ離れになった家族か?技術の発展か?

 ―――土地の取り合いか?』


 気付いた。言われて初めて気付いた。

 魔物に襲われ人の消えた町。立ち入れなくなった鉱山。魔物の脅威に怯える人々は、軍隊と城壁に守られる大きな都市で身を寄せ合い、生活していた。


『外の危険が消え、抑え込まれた欲望が解放された時……何が起こるのであろうなぁ?』


「それは……でも、仲間達が……」


 認めたくない。その気持ちが、悔し紛れに口をつく。だが魔王はそれを切り捨てた。


『救国の英雄など、御輿にしかならぬわ』


 項垂れた。もう、反論出来る言葉が見当たらない。認めるしかなかった。世界は―――戦乱に飲み込まれてしまったのだと。

 呆然とする自分に、呟く魔王の言葉が届いた。


『それに、我を打倒したところで魔物など消えはせぬ』


「……え?」


『貴様は……いや、人間全てか?我が魔物を生み出したと思っているようだな。だから魔物の王などと呼んでおったのだろうが。

 まぁその呼び名は間違ってはいない。我が指示し、襲わせたのだからな。だが我は使役こそすれ、一匹たりとも魔物を生み出してはおらぬ』


「何……だと……?」


『そもそも、我ではこれほど莫大な数の魔物を生み出せぬ。我の力とは生み出す力ではないのだからな。

 ……丁度良い。長い付き合いになりそうだ。我の能力を教えておこう。今は貴様が行使するものだしな』


 俄かには信じ難い。使役して、しかし生み出していないと?

 魔物は地下より現れ、地上で暴れた。その場所を探った結果、あの洞窟へと辿り着いた。ならば奴らは何処より現れたのだ?

 そんな心中の疑問には応えず、魔王は語る。


『我が能力は、貴様らの創り出すものとは異なる。

 我が力は『冒涜するもの』。既に在る物の形質に『干渉』し、思うがままに造り変える力だ。

 例えば、そうだな……貴様と戦った時、鎧を使っていたろう? あれは周りの岩盤に『干渉』して作り出したものだ。元は小さな空間だったのが、圧縮して防護の力とした為にあのような大空洞となった。武器もそうだ。火炎は空気中の熱を用いたものだし、剣は鎧と同じ岩を圧縮したものだった』

 そこで溜息のように、一息を吐く。


『だが、当然無制限ではない。貴様らの創り出す力ほど便利なものではないのでな。

 まず一つ目。増幅や消滅は出来ない。一からは一しか生み出せぬ、ということだな。大きな物を圧縮して小さくしたり、小さな物を低密度にして大きく見せることは出来るが……その質量は変わらん。大きくすれば脆くなるだけだ。

 二つ目。異なる物には変えられない。例えば、樹木に『干渉』しても金属に変えることは出来ぬ。その形や大きさ、密度が変われど、それは同じ木材でしかない、ということだ。せいぜいが幹を葉にする程度だな。

 大きな制限はこの二つ。……ここまで言えば、我が魔物を生み出したわけではない事が分かるだろう?』


「魔物を生み出すには……魔物が必要ということか?」


『正確には、相応の数の生物が必要ということだな。魂を宿す肉であれば、そこらの獣で構わぬ。

 肉体に関しては圧縮はともかく逆は出来ぬ。大きな魔物を生み出そうとすれば、大量の獣が必要であろうな』


 一匹の魔物を生み出すのに多数の生物が必要ということ。魔王は、自分が地を埋めるほどの魔物を生んだのなら世界中の獣が消えているぞ、と言っているのだ。しかしそんな事態にはなっていない。むしろ人が狩り難くなった分、増えているくらいだ。


「つまり……お前が生み出したわけじゃない、と?」


『最初からそう言っておる。

 ……まぁ使役する分には強靭故に利用させて貰ったがな。支配するだけならば、意識に少し『干渉』すればいいだけだ。雑作も無い』


「なら、誰が―――」


『知りたいか?』


 その言葉に、背筋がぞくりとした。笑いを含む、底冷えのするような口調だった。


『知りたいか、白き片翼を持つ者よ。地底の奥深くに潜む、人を喰らう魔物を無尽蔵に生み出す者の名を知りたいか?』


「……どういうことだ?」


『そのままの意味だ。何故ならこれは、恐らくこの世界で我のみが知る真実。地下に潜み、湧き出す魔物を見続け、地上の人々から魔物を生み出すと思われ続けていた我のみが知る世界の裏側』


 魔王は言外に示しているのだ。―――知らない方が幸福だぞ、と。

 魔物はこの世界にいる誰もが憎んでいる。それを生み出した相手を当然最も憎む。それは、憎悪を向けられ続けた魔王自身が一番解っていることだろう。それでもなお、知ってもいいのか、と問い掛ける。警告として。

 だが―――。


「教えろ、魔王。魔物を生み出さず、しかし魔物を支配した魔物の王」


 答えた。


「俺は魔物が大嫌いだ。世界を滅茶苦茶にした魔物達と、それを生み出した者を許せない。だから、命を賭してまで魔王を倒したんだ」


 それがどんな強大な相手だとしても。


「教えろ。魔物を生み出した魔神の正体を」


 絶対に、打倒してみせる。


『……良かろう』


 先程とは違う種類の笑いを含め、魔王が語り出す。


『―――貴様は、創世神話を知っているか?』


 だが、最初に来たのは予想もしない質問だった。


「……? それが何か関係あるのか?」


『あるから問うている。教えろと言ったのは貴様だぞ』


 意図は分からないが、答えることにする。


「当然知っている。というか知らない奴なんていないんじゃないか?この世界を創った女神の話だろう?

 天より舞い降りた女神はこの世界に光を満たした後、動物や植物を創り出し、最後にはじまりの人を創り給うた。その者に生めよ増やせよと命ずると天へと帰り、今も天から我らを見守っている、と」


 天の女神を信仰するのがこの世界の教会だ。とはいえ御伽噺に過ぎず、本気にしているのは熱心な信徒くらいなものだが。


『大雑把に言えばそんなところだな。『はじまりの人』が数種いたとか、そういう説もあったか。

 ―――その神話は、概ね事実だ。我の調べたところではな』


「……はぁ?」


『一応言っておくが、我は信徒ではないぞ。むしろ逆だな。これはあくまで調査と推論の結果だ。伊達に長く生きてはいないのでな。

 ……さて、事実なのはあくまで概ね。少々事実とは違う部分がある』


 疑わしく思えてきたが、黙って聞くことにする。


『まず疑問なのは『天』とは何処なのか、ということだ。

 この世を創り出したのが女神ならば、女神は何処から来たのだ? 世界の外側か? ならば女神は世界の外側から今も見守っていると?

 ……違うのだ。そもそも女神はこの世界に在った。そして今もこの世界に存在し、我らを見ている』


 魔王の訥々とした語りに、引き込まれる。


『だが女神が人を、生物を生み出したのは事実だった。ならば女神は……この世界そのものの化身とも考えられないか?

 世界が人を生み、見守る。それはある意味で当然の行為だ。世界の中核は地。世界の化身が現れるとしたら……それは地の底より出で、地の底へと帰っていく。女神は、今も地底深くに潜み地上を監視しているのだ』


 少々強引な帰結にも聞こえるが、それは思考や調査の過程を知らないが故だろうか?

 聞いたことの無い論だが、筋は通っているようにも思える。


『話を戻そう。女神はこの世を整えた。それは事実。つまり様々な物を創り出した張本人で、未だ地の底に存在する』


「……あれ?」


 頭の中をとある想像が過ぎった。


『気付いたか?』


 いや、まさか。有り得ない、と思いつつも、嫌な想像が頭を離れない。


『女神は創造の神。この世に生物を創り出した絶大な力を持つ。そして今もその力は健在なのだ』


 鼓動が早くなる。口の中が乾く。思考が推論を導き出し、感情がそれを有り得ないと否定する。


『……やれやれ。言わんと解らぬか?いや、信じたくないのか』


 呆れたような口調。

 そして魔王はその言葉を紡いだ。



『魔物を生み出したのは―――世界の母、女神を置いて他に無い』


お待たせ致しました、第二話です。

拙作をお気に入り登録してくれた方も意外といるようで、嬉しいやら恐縮するやら。

エターナらないようにだけ気を付けてまったり頑張ります。


以上。

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