第一話 目覚め
そこは、暗闇だった。
何も見えない。何も聞こえない。自分の身体の感覚すらない。五感の全てが消えたのなら、きっとこんな状態なのだろう。
自分は、死んだのだろうか?何も無い此処は地獄と言うのには少々恐ろしさに欠ける気もする。
最後に放った一撃は、間違いなく魔王の生命を奪った筈だ。魔王も、同じ様な場所にいるのだろうか。
『―――』
……?
何かが聞こえた気がした。何も聞こえる筈は無いのに。
『――ろ』
また、聞こえた。
『起―ろ』
……起きろ?
死んだ者に向かって起きろとは、随分と無茶を言う。そもそも、この声は誰なのだろう。
『起きろ』
耳元から聞こえるような、空間から染み出すような。誰だ、俺を起こそうとするのは。
『―――起きろ、馬鹿者が!』
その瞬間、意識が揺さぶられるように打撃された。
「うあっ!?」
未経験の衝撃に驚き、身体を跳ね起こす。
……起こす?
「……え?」
不意に戻った感覚に、呆然と周りを見回す。―――が、何も見えない。暗闇だ。
しかし座り込んだ下半身はごつごつとした岩肌の感触を返してくるし、空気を吸っては吐く呼吸の感覚もある。
状況が掴めず混乱する中、不意に声が響いた。
『やっと起きたか。馬鹿者』
「……誰だ?」
声の主を探して視線をさ迷わせるが、見えないので何処なのか全く分からない。そもそもこの声、不思議と自分の内側から頭に直接響いてくるようで、方向が掴めない。
『最期に殺し合った相手の声も覚えていないのか、貴様は』
「殺し、合った?」
その言葉をゆっくりと咀嚼し……理解が及んだ瞬間、ぼんやりとしていた頭が急速に目覚めた。
「魔王!? 生きていたのか!?」
自分が生きていて、相手が生きている。つまり決着は未だということか?
『落ち着け。我は死んだ……と言うべきなのかこれは……?
ともかく、貴様と争う手段は既に持たぬ』
「……どういうことだ?」
殺し合いの相手が近くに存在するという割には、落ち着いた……というより戸惑っているような言葉に頭が冷える。
『説明には少々時間が掛かる。それに、何も見えぬこの場では最も大事な部分が説明出来ぬ』
「そういえば、ここは何処なんだ?」
『貴様と殺し合った、地下迷宮に存在する大空洞。その成れの果てだ。
あの直後に崩壊し……幸か不幸か、我らは偶然出来た空間で生き長らえたのだ』
「……おい、つまり死ぬまでこのままか」
地底の奥深くに偶然出来た小さな空間に閉じ込められたということか。光が差していないということは地上へ繋がる隙間が無いということで、つまりは脱出不可能だ。
『とりあえず出るか。……とはいえ我は何も出来ぬ。やるのは貴様だ』
「とりあえず出たいのは同感だが、俺にこんな状況で役に立つ能力は無いぞ」
剣を『創造』する、それだけの能力しかないのだ。寿命を使い切る勢いで剣を『創造』すれば、魔王の鎧を砕いたように地上までの穴を掘れるかもしれないが……。
『案ずるな。そうだな……ちょっと掌を斜め上に当てろ。……そう、前方斜め四十五度。
そして念じろ。延々と上へ昇っていく、石造りの長い長い階段を』
「念じる? そんなことして何になる。天の女神が助けてくれるのか?」
『ハッ、神が何かを助けなどするものか。いいから、黙ってやれ』
むっとするが、自分には何も出来る事が無いのが現状だ。渋々指示通りに手を伸ばす。腕が伸びきるより前に、岩肌に手が触れた。本当に狭い空間らしい。
「階段。階段ね」
上へ伸びる階段、と言えば螺旋階段か。
子供の頃、孤児院だった教会に綺麗な螺旋階段があったな、と思い出す。腕の良い職人が手作りしたという凝った装飾の階段は、自分の密かなお気に入りだった。それを具体的なイメージとする。
『……成功だ』
「え?」
掌の岩肌の感触が消えた。
視界は変わらず真っ暗闇だが……感触が消えた瞬間、ほんの少し何かが動くような風を感じた。何か違和感を覚えて、前方を手で探ってみる。
「……階段?」
カーブを描きながら伸びていく階段が、そこにあった。
『さて、他者に使わせたのは初めてだが……上手くいったか否か。とりあえず昇れ』
「言われなくても昇るさ」
仕組みは分からないが、脱出できそうなら躊躇う理由は無い。真っ暗闇の中を上下左右手探りで進み始めた。
ある程度進んで分かったが、やはり階段は緩いカーブを描きながら上へと伸びていた。立ち上がっても頭がぶつかる様子は無く、腰の高さにはご丁寧に手摺り付きである。とはいえ石造りなせいか少々冷たい。
着々と地上へ向かっているように思えるのは精神的にも状況的にも非常に宜しいのだが……。
「はぁ……はぁ……」
いかんせん、長い。
景観が全く変わらない暗闇なのも疲労に拍車をかけていた。
それに自分は混血だけあって体力には自信があったのだが、この程度で疲れる身体だったろうか?まだ激戦から体力が戻っていないのか?
力を全て搾り取るつもりで『創造』の能力を行使したから、今死んでいない方が不思議ではあるのだが……。
手足も思ったより遠くへ伸びず、余計に疲れる。
途中、休憩としてその場に座り込んだ。
『さて、我も地上へ出るのは久しいが……地上までの距離は何れ程だったかな』
「はぁ……地上の入口から魔王の大空洞まで丸一日かかった筈だ。とはいえ入り組んだ迷宮だったし戦闘もしたから、真っ直ぐ上へ昇れるなら一、二時間ってとこだろう。
というかお前、自分が作った迷宮を覚えてないのか?」
『適当に弄り回しただけだ。我は地下深くに潜ることが出来ればそれで良かったからな。それに、一から造ったわけでもない』
「……何?」
『元からあった洞窟に、多少分岐を追加して陣地としただけ、と言ったのだ。
我が住んでいた大空洞。あれも元は通路にあった小さな空間に過ぎなかったのだぞ?』
「ってことはお前の居た後ろには……」
『洞窟が続いていたぞ。我も奥まで進んでみたことはあったが、何時まで経っても奥に辿り着かんから放置していた。邪魔だから壁を造って封鎖していたがな』
相当に深いダンジョンだと思っていたが、あれでも一部だったというのだろうか?
平和な世であれば探索してみたかったものだ。
「……さて、そろそろ行くか」
休憩を終え、立ち上がる。
周りは変わらず暗闇だが、じっと見つめれば目の前に翳した手の輪郭が見えた。僅かだが、光が差している。地上へと近づいている証拠だ。疲れた、しかし先程より少し軽い足取りで階段を再び昇り始めた。
ひとまず第一話です。
まともに『なろう』に投稿するのは初めてなので適正な分量がよく分かりませんが、当分は短めに区切っていこうかと思います。
小出しにするとも言う。
以上。