序章
「―――ここは俺が引き受ける。お前達はこの地下空洞が崩れる前に早く脱出しろ」
目の前に立つ、見上げるほどに巨大な邪悪を見据えて前に一歩を踏み込む。
激戦の為か、先程から地面の振動が止まらない。遠い天井からもパラパラと石の破片が落ち始めていた。長引く戦いにパーティは全員もう限界が近く、対する相手は欠片も弱った様子が見られない。
「そんなこと出来るか! あいつは世界中の人々を苦しめ続けた魔物の王なんだぞ!?
俺達の手で倒さなきゃ気が済まねぇし、第一お前の『創造』は一度に剣一本出すのが精一杯だろうが!」
「頑張れば二本は出せるぞ。それに出した剣を思い通りに操れるじゃないか。それでこれまで戦い続けて来たんだ」
「それだけだから言ってるんですよ! 僕の『創造』なら奴の火炎を防ぐことだって―――」
「煉獄の火炎を暴風でギリギリ逸らすくらいなら、回避した方がマシだ」
「私なら傷を癒すことも―――」
「どうせまともに喰らったら即死さ」
仲間達の言葉を切り捨て、一本の剣を傍らに『創造』する。
この世界に少数ながら存在する『創造の一族』。背中に白い翼を持つことが特徴的なこの種族は、他種族には無い特異な能力を持って生まれる。
それが『創造』。無から有を生み出すこの力と美しい一対の翼から、俗に『天使族』とも呼ばれていた。
ある者は火炎を発し、ある者は分身を呼び、またある者は傷を癒す。そんな神秘の種族に生まれた自分は、しかし幼少の頃から疎まれて育った。その背中の翼が、片方しか存在しなかったからだ。
天使族と他種族のハーフだったらしい。伝聞形なのは、物心ついた時には既に孤児院にいたから。話は院長から聞かされたものだった。
避けられ、虐められ、謂れの無い中傷を受けた事も一度や二度ではない。それでも自分は生きてきた。負けるものかと、独りで自分を磨き続けた。運動も、勉強も、弱いながらも持った『創造』の力も。才能が無くとも努力を重ね続けた。徐々に成果が出て、学園では優秀な成績を残した。奇特な奴も存在し、少ないながらも友人も出来た。
そんなささやかな幸福を手に入れた日々は、しかし突如として現れた魔物の群れによって破壊された。
封印されし古の魔王の出現。魔王の生み出す魔物は瞬く間に世界へと広がり、人々を喰らった。慣れ親しんだ場所を離れなくてはならず、再び疎まれる日々が始まった。
住む場所を転々とする、孤独の日々。しかしその状況に嘆くことはしなかった。元々、一生差別に悩まされることは覚悟していた。幸福はあくまで幸運から生まれたものだったのだ、と。
それよりも、怒っていた。憎んでいた。許せなかった。
自分を蔑む人々ではない。自分を取り巻く優しい人々を喰らい尽くした魔物と、その主たる魔王がだ。だから流浪の旅の傍ら、出遭う魔物を片っ端から倒していった。その内に、仲間も出来た。理由は様々なれど、魔王を許せずその討伐を目指す戦士達。皆が皆『創造』の一族の末裔だったのは、能力が戦闘に向いていたからだろう。各地を転々とする間に力を磨き、信頼を深め、魔王の居場所を知り乗り込んだ。
不謹慎かとは思うが、楽しい時間だった。魔物に対する憎しみは消えなかったが、仲間達と戦う日々は悪いものではなかった。
だが、それももう終わらせなければならない。
一歩を踏む。更に一本の剣を『創造』し、傍らに立てる。
「俺は疎まれる混血だ。だがお前らは違う。
純血で、何よりも世界を脅かす魔王を倒した英雄だ」
「一緒だろうが!お前だって―――」
「違うよ」
ぴしゃりと叩き付けるように言った。
こいつらは優しい。優しくて強くて、だから言いたいことは分かる。共に生死を賭けて戦った仲間なのだから。だからこそ、言ってやる。
「お前らは世界を救った英雄になるんだ。救われた世界で大きな力を持つ。
そんな英雄達が全員行方不明、なんてことになったら権力争いが起きることは目に見えてる。
英雄は世界を救い、そして救われた世界をも救うんだ」
もう一歩を踏む。一本の剣が現れ、地面に突き立つ。
「さぁ、もう時間が無い。……さっさと行け」
一歩を踏む。一本の剣が突き立つ。
二歩を踏む。更なる剣が突き立つ。
三歩、四歩を踏み、空中に幾つも剣が現れては地面に突き立っていく。
『創造』とは作り出す力。新たに作り出したからといって、以前の物が消えるわけではない。
「お前―――」
仲間達の驚愕の視線が背中に突き刺さるが、振り向かない。話は終わりだ。追い縋る彼らを遮るように幾本もの剣が現れた。
そして遂に、
「くそっ―――死んだら承知しねぇぞ、馬鹿野郎!」
「戻ったら、三時間は説教しますからね!覚悟しておいて下さい!」
「……貴方に、天の女神の加護があらんことを」
仲間達が背を向けて走り去っていく。
「……無茶言うなよ、お前ら」
小さく呟き、苦笑する。
『冥土へ向かう準備は出来たか?白き翼持つ者達よ』
目の前に君臨する邪悪の権化が言葉を発する。話が終わるのを待っていてくれたらしい。律儀なことだ。
「あぁ。つっても向かうのは俺とお前だけだけどな。暗黒の魔王よ」
『……不遜。我に一人で敵うと思うてか』
「当然」
ニヤリと笑ってみせる。その間にも、次々に剣が出現していく。
自分の『創造』は弱い。応用力も無い。ただ、意のままに操ることが出来る一本の剣を生み出す。それだけだ。威力の調整も、数の調整も不可能。半端者に相応しい。ただ身体能力は高い方だったし、戦闘技術も幼い頃から徹底的に磨いていたから、これまでの敵ならば十分だった。凶暴なドラゴンでも、仲間達と強力すれば勝てた。
この敵は違う。防御は堅固で攻撃は一撃当たれば致命傷を免れず、その規模も数もこれまでの敵とは桁違いだ。隙の無い能力。まさに魔物の頂点に立つに相応しい。
―――だが、無敵ではない。
「さっきからずっと見てたぞ。お前、弱点あるんだろ?」
『―――ほう。単なる弱者ではないと見える。
だが貴様の力では到底届かぬぞ』
「届かせるさ」
剣を更に出現させる。大空洞の地面を埋め尽くすほどの莫大な剣の森。能力を全開フル稼働させながら、額にびっしょりと浮かんだ脂汗を拭う。
「一本しか出せねぇなら、何千回も繰り返せば何千本も出せるだろ?
そして―――」
剣の出現が、止まる。
同時に、大空洞全体が揺らぎ始めた。崩壊とは異なる。内部からの揺らぎだ。
『―――これは―――?』
「―――操れるのは、一度に一本ってわけじゃねぇぇぇぇぇ!」
絶叫に応じるように、突き立った剣が、何千何万と『創造』された武器が、同時に宙へと浮かび上がった。空中で回転し、倒すべき敵へと剣先を揃えて一直線に並ぶ。
それは、標的を刺し貫く為に構えられた大槍。
邪悪な魔王を撃滅する為の―――大軍だ。
「お前の弱点は……その馬鹿でかい身体と違って、ちっぽけで脆い本体だ!」
手に持った剣を指揮棒のように振り上げる。
身体が寒気で震え、心臓は壊れそうなほどに脈打ち、頭を断続的に激痛が襲う。味覚、嗅覚は既に無く、触覚は痛みに支配され、音は不安定に聞こえ、視界は明滅する。限界を遥かに超えた能力の過剰行使の代償だ。
『……貴様……死ぬぞ』
「んなこた先刻承知よぉ!」
急速に自分の生命力が削られていくのが分かる。この攻撃を終えた瞬間、間違いなく自分の人生は終わりを迎えるだろう。
だが、惜しくはない。どうせ独りで生き、独りで死ぬことを覚悟していたこの命。それを魔王を道連れに散らすことが出来るのなら。
「これは人生最高の晴れ舞台だぜ!」
狙いは、見極めた魔王の本体がある部分。最も堅固な、胸部の鎧の内側だ。
「いっ―――けええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
そして、振り上げた剣を―――振り下ろした。
放たれた矢のように、全ての剣が魔王目がけて飛び出していく。狙い違わず魔王の胸部へと激突し、
『無駄だ……その程度の攻撃で我が防護は破れぬ』
その全てが魔王の鎧に小さな傷を残すのみで砕け散っていく。
そして対する魔王も背に浮かぶ六本の大剣を振り上げる。
『貴様の攻撃が終わるのを待つ必要も無い……』
厚みだけでこちらの体躯を超える剣身が、こちら目がけて振り落とされようとして―――。
「読めてんだよ、お前の動きなんて!」
『―――ぬっ!?』
動き出す直前に、数百の剣が大剣に群がり押し留めた。動く前ならその質量は関係無く、単純な力比べだ。とはいえその単純な力ですらこちらは圧倒的に負けているが、どうせ長く拮抗する必要は無い。
「おらおらおらおらおらぁぁぁ!」
攻撃を妨害して出来た隙に、次々に剣が叩き込まれていく。
そして―――魔王の鎧に、小さな皹が生まれた。
『馬鹿な……我が防護がこのような虫けらに刺された程度で破れる筈が……!』
「てめぇは何千回もただ一点を虫に刺されたことがあるのか!?虫けら舐めんな!」
更に容赦なく剣が激突していく。
皹が生まれれば後は早かった。次々に皹が広がっていく。しかし剣の弾丸も残り僅か。それでもひたすらに一点を攻撃し続ける。
勝利を、掴む為に。
『小癪な……!』
魔王の口が大きく開き、内部に火球が生まれた。触れれば魂まで焼き尽くされる、煉獄の火炎だ。
『目障りに飛び回りおって、虫けらがぁぁぁぁぁ!』
巨大な火球が発射され、秒も経たぬ内に着弾する。岩が溶け、高温の池が生まれた。
そこにはとても死体など残っていない。そんなものが残る温度ではない。
「その虫けらが見えてないお前は、単なる老いぼれか!?」
しかし、声が上方から響いた。そこには、並び浮いた剣の上に腰を落とし、一本の剣を握り締めた片翼の姿。
「誰がじっとその場に立ってると言った!」
発射されていく剣の最後部に位置し、魔王をぎらついた眼で睨みつける。
「それに―――お前の自慢の防御力もそろそろ限界だろ?」
その言葉通り、皹は最早鎧全体を覆っていた。
同様に、剣も残り百本を切っている。
「一本残らず、お前にブチ込んでやる!」
乗っている剣が加速する。
残り二十。鎧は揺れ、限界近いのは一目瞭然。
叩き込む。
残り十。隙間が見えるほど近付く。剣が突き刺さるほど脆くなっているが、まだ粘る。
握り締めた剣を構える。
残り五。あとは乗っている剣四本と握り締めた一本のみ。
宙に飛び出す。
四本を一直線に連ねて連続で叩き込むと、遂に―――魔王の防護が砕け散った。
『何故だ……何故、我が……!』
露わになった、魔王の本体。それは、世界を震撼させた邪悪な魔王とは到底思えない、背に黒い翼を持つ小さな小さな少女だった。
だが容赦はしない。武器は残った剣一本。断ち切ってやる、と振り上げる。
『我は―――敗れる訳には、いかぬのだ!』
その時、伸ばした魔王の掌から小さな盾が現れた。鉄板と呼んでも差し支えのないような、薄い薄い、半身を守るのが精一杯の小さな盾。
こちらが振り下ろした剣と、相手の生み出した盾が激突し―――
両方が同時に、砕け散った。
『我の、勝ちだ……半端者!』
「くっ―――!」
負ける。
ここまでやって、相手の目と鼻の先まで近付いて。手を伸ばせば届くのに……負ける?
「―――負けて……たまるか……!」
片手を振り上げる。
拳は握らない。殴ったところで力の入らない腕では致命傷に成り得ない。
生命力を絞り上げる。
あと少し。ほんの少しでいい。
「半端者にだって―――意地があるんだよぉぉぉぉぉ!!!」
裂帛の気合と共に、その手に小さな短剣が『創造』された。
『な……!』
「お前の負けだ……!」
そうして伸ばした短剣が―――
―――少女の左胸を貫いた。
『……そんな……』
「果てろ、魔王。……俺が一緒に、冥土に連れてってやる」
最早視界も定かではない。辛うじて聴覚は正常に働いているが、これも間も無く消えるだろう。
自分は、死ぬ。しかし悲しくは無かった。これで魔王は滅び、頭を失った魔物達は烏合の衆となって間も無く駆逐されるだろう。そして復興が始まる。あの信頼できる仲間達ならば、きっと素晴らしい社会を作れるだろう。
―――世界に、再びの平和が訪れる。
『我は……我は死にたくない……』
確実に心臓を捉えた感触があった。ぼやけた視界には微かにしか見えないが、脈打つような出血がその証拠だ。これで即死じゃないのは流石に魔王といったところだが、間違いなく致命傷だろう。
「直接にしろ間接にしろ、お前が殺した奴らも同じこと考えたろうさ。
……これが因果応報って奴だ。大人しく受け入れろ」
『死にたくない……我はまだ……』
魔王は、短剣を握ったこちらの手首を掴んだ。
『我はまだ……何も手にしてはいない……!』
その手が、こちらの手首へと"潜り込んだ"。
「な……っ!?」
『貴様の肉体を手に入れ……我は今度こそ……っ!』
身体が、同化していく。感じたことの無い気持ち悪さ。
半身が同化し、眼前に少女の必死な形相が大写しになった瞬間―――
―――意識は、闇に落ちた。
初めまして、不器用貧乏と申します。
名前そのままな人間なのでお見苦しいところもあるかと思いますが、
温かい感想をいただけるか、平手で頬を打つような批評をいただければ幸いです。
不定期の更新になるかとは思いますが、宜しくお願いします。