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マグス・オルタの遍歴  作者: 山田一朗
02. VS水竜
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第〇七話 第二段階マグス・ハート (前編)

「がはっ!」


 拳と爪が衝突し、一方的に競り負けて俺はうしろへ吹っ飛ばされた。

 そのまま大地に激突してから、バウンドはしないものの三メートルほど砂と土にすり下ろされる。

 痛みというのは慣れるものではない。

 しかし、もう何十回も飛ばされると、またか。ぐらいの感覚になってしまう。

 もはやほとんどゾンビだった。死ぬたびに生き返らせられる手軽なモンスターだ。


「キラキラー。快三さん、もう一歩ですよぉ」

「うる……っせぇ……お前は、死ね」

「あらあらぁ。言葉のエッジがなまくらですよぅ。お疲れちゃーんですかぁ」

「……黙って見ていやがれ、うぜぇ」

「はいはい。ほんとうに余裕がないみたいですねぇ。しかしまあ、いつになったら勝ってくれるんですかぁ。お姉さん、お暇ですよぅ」

(いつか殺す。ぜったい殺す)


 ピンク色の光が降りそそぎ、躰の傷は癒えた。だが体力まではもどらなかった。

 もうそれが当たり前になってしまったこともあり、ふしぎだと思う気持ちは湧いてこない。

 ムカつきは怒髪天を超えて衛星軌道上までたどり着いているのだが、あいつの回復魔法がなければとっくに死んでいただろう。

 いまのところ、ほとんど対策というものは見えてこない。

 やけくそになって数回だけ熱を放出して、発動から無効化あるいは支配下に置かれるまで、一瞬のタイムラグがあることに気づいた。

 つまり、放出は一瞬だけならば可能だった。

 しかし、それはほんとうに一瞬のことで、コンマ数秒という単位である。

 それに加えて体内に溜めるだけならば、コントロールされることもない。

 勝機があるとすれば、それは体内でちからの運用、そして放出は一瞬に限るというもの。

 すなわち、高めに高めた熱を一瞬で放つ。しかもコントロールされないよう、最接近状態でなければいけない。

 かなりの無理難題だった。そもそも俺は、このすがたになってから日もあさければ、魔法なんて接したこともなかった。

 けれど、やらなければ先がない。


「……ふぅ……すぅ……はぁ」


 深呼吸をした。イメージは大気をとりこみ、炎を燃やすためのふいごだ。

 灼熱の釜へ酸素という名のちからを注ぎこんで、熱を最大限まで高めていく。

 それを待ってくれというのは虫がよすぎるだろう。水竜はこちらの事情もしらず、今度はかみ砕かんと近寄ってきた。

 巨大な爪と牙が大地を切り裂き、えぐりとった。そこに俺の躰はない。

 攻撃と同時に瞬間的な〔加速〕を使い、なお深い懐へ潜りこんだのだ。

 まだ灼熱の釜は極限状態ではない。しかし、いまが最大のチャンスだった。


 ――行け!


 思考時間ゼロ。反射的に俺の躰はうごきだす。

 ありったけの熱量を右腕に集め、テイク・バックさえもどかしく。その一撃は音速へ迫った。


「オラァ!」


 まるでハンマーでぶったたいたような衝撃音が響く。

 水竜の鱗と拳が衝突した。

 瞬間すらもどかしいほどの拮抗のち、その一枚をへし折り突き刺さった。

 二度とないチャンスだ。

 俺は燃え尽きろとばかりに、ドラゴンの体内へ躰のすみずみからかき集めた焦熱を解き放つ。


「だりゃああぁああぁ――!!」


 じゅうじゅうと、血と肉の焦げる音がした。

 ドラゴンの悲鳴が島中へ響きわたり、血液が蒸発して周囲を赤い霧が包む。

 倒れろ。倒れてくれ。

 そう願うのだが、


「……うわ、ショボ」

「うるっせぇ、これがいまの精一杯じゃコラァ!」

「なんですかー、もう。快三さんのマグス・ハートだって、ドラゴンからとったものなんですから、これぐらいパパパーっとやっちゃってくださいよぅ」

「知るかボケ、俺は人間だ!」

「またまたぁ。そんな恰好の人間いませんよぅ」

「テメェがやっといてなに言いやがる、くびんぞクルァ!」

「はいはい。その調子でドラゴンをやっちゃってくださいねぇ」

「終わったらぜってぇやったるからなァ!」


 俺のマグス・ハートがドラゴン産だったという驚天動地の事実はさておき、持って行けたのはたかだか腕一本。しかしそれでも僥倖(ぎょうこう)だ。

 片腕になれば、それだけ攻撃は鈍化する。

 ――と、思っていたのです。この時までは。


「あ、気をつけてくださいねぇ。水のちからはさっきも言ったとおり、知性と支配ですからぁ」

「あん、どういうことだよ」

「そういうことです。……ほら、きましたよぅ」


 そういうと、ドラゴンの頭上に巨大な青色の魔法陣が広がった。魔法陣は髪色とおなじように、自分自身のカラーとなって現れるようだ。

 その魔法陣がなにを意味するのかわからないが、そこからいくつもの流星が降り、俺を貫かんと迫ってくる。

 ステップを駆使してなんとか逃げまわるが、そのせいでドラゴンの懐からは脱してしまう。


「ちょっ、なんだこりゃ!」

「んー、魔法陣からすると〔マインド・バースト〕ですかねぇ。当たると、無条件で痛いですよぅ」

「ハァ!? なんだそりゃ――って、あぐあぉあぅぁ!!」


 流星のひとつが俺を射貫いた。その直後、尋常じゃないほどの痛みがあたまへ殺到する。

 頭蓋骨のなかで鐘を鳴らすような衝撃と痛みが内側から染みだしていた。脳が破裂しそうな苦痛。

 アナスタシアに喰らった浸透打が防御無効ならば、これは固定値ダメージみたいなもの。

 あらゆる事柄から解き放たれて、ひとつの数字に縛られた攻撃だ。。

 それゆえに、素の防御力だけで踏ん張っていた俺のこころがぽっきりとへし折られた。

 たとえ低酸素状態が苦もなく灼熱の炎に耐え切れる鎧を纏っていても、脳自体を痛めつけられたらどうすればいい?

 苦しんでいたのは、一〇秒か、二〇秒か。

 しかしその時間は、俺には三〇分にも一時間にも感じられた。

 こんなもの、もう一発だってもらえない。


「っぐ……はぁ……っはぁ……っ」


 ふらふらとよろめきながら、しかし両足はまだ地面を踏んでいた。

 マシュマロみたいな感触に思えるのは、あたまが壊れているからだ。

 空と大地が混ざり合って、パレットのなかで虹色にかわっていく。ぐるぐるに溶けて海が消えた。

 青。黄色。緑。緑はない。白。青。青。赤。黄色。黄色もない。赤。いや、赤だ。それは赤だ。

 三二番目の若人を右へ倒し、金星からやってきたツキノワグマに引導を渡す。トナカイへ進化するペンギンが水銀を泳いだ。

 いや、第三うすむらさき色だ。あんな藤色アクチュエート時空なんてないもの。だいたいはメタリックだよ。

 むこうで魚が飛んでいたよ。息をするんだ。目玉ばっかりで、口がないじゃないか。それじゃなにも嗅げない。


 ――しっかりしろ、俺!


 がつん、と頭蓋を揺らすほどの一撃を当てて、ようやく脳が再起動する。

 ぎちぎちと拳を握りしめ、シュルレアリズムの世界へ旅立とうとする脳を引き寄せた。

 逆だ。逆に考えるべきなんだ。

 もう一発だって食らえないんじゃない。一発だって使わせないほどの威力で倒す。

 そのためには、今度こそ灼熱の釜を満たすだけの熱量を溜める必要がある。


「……悔しくねぇのかよ。おなじドラゴンなんだろ。たかが水。それぐらい蒸発させるほどのちからを見せてみろよ。炎のマグス・ハートォ!」


 こころの内側へ向けて呼び覚ます。思いだせ、あの赤い真円を。

 あの鼓動が速くなれば。大きくなれば。それはきっと竜の炎となる。


 ――それは人間から乖離する二歩目ではないか?


 そのささやきを踏みつぶすために俺は一歩、足を前へ進める。

 乖離しても水のちからさえ手に入れられればいい。

 そうすればきっと。いや、そうしなければきっと。

 気がつけば水竜の背後から、大海嘯とでも言うべきものが迫っていた。

 マインド・バーストはそのための時間稼ぎに過ぎなかったわけだ。

 ちからのつかいかたを見せてやるとばかりに、ドラゴンはわざわざ大技をえらんだのだ。

 ただの時間稼ぎに、俺は死にそうなほど苦しんだというのに。

 所詮、井の中の蛙だとでも。大海を知らずだとでも。

 条件がたまたまそろっただけで魔法使いに勝と、調子に乗っていたとでも。

 ああ、そのとおりだ。言い返しようがない。


 ――でも、あきらめねぇ。


 目を閉じて願う。祈る。いや、念じる。想う。命ずる。

 お前だって俺と心中したくはないだろう。だったら目覚めろ、いい加減に――!

 目の前へ迫る大海嘯をいまから回避するだけの猶予もない。

 島をすべて覆うだけの水の圧力に、俺は飲みこまれた。

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