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マグス・オルタの遍歴  作者: 山田一朗
06. VS最強
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第三二話 深き森に天魔のにおい (後編)

 全身を針に貫かれるような痛みで目が覚めた。

 ぞぶぞぶと指先からウジ虫に齧り取られるみたいに、背筋の凍るようなおぞましさ。

 眼の暗幕を除けるとまた暗闇が広がっていた。時刻は夜、満天の星が未知の星座を象っている。

 ふわりふわりと落ちる白い羽の先を見た。右半身しか見えないが、背中から白い羽毛の翼を生やし、ダビデ像のように均整の取れた身体をして、人形に見えるほど整ったコーカソイド系の男が立っていた。頭上には輝く輪のようなものが浮遊している。


「天使……?」


 身体が動くことに気が付いて首を起こし自分自身を見た。ぐしゃぐしゃになっていたはずの両手両足がある。

 ちからを込めると、むず痒いような痛みとともに神経が反応して拳が作られた。


「天使、ではないな」


 自分を天使ではないと言う美丈夫は四分の一だけまわってこっちを向いた。その左半身は、正反対の黒色をしていた。顔立ち、身体つきはおなじだが、生やす翼は竜のように飛膜のもので、あたまには輪の代わりに捻じ曲がった角が付く。

 右半身が天使だとすれば、左半身は悪魔のようだ。


「天使と悪魔……」

「そうだ。私は天魔三号だ」


 そう言いながら、天使は黒い指を俺が吹き飛んできた方へ向けた。その先には、右腕を失い尻尾を半ばから断たれながらも健在の緑竜が見える。目聡くこちらが起き上がったのを見つけると、歓喜と憤怒の咆哮を放った。

 天魔が伸ばした指の前方に黒い魔法陣が浮かび上がると、指先から肘の下までがさらさらと崩れはじめた。夜に溶ける黒い砂が魔法陣を通り抜けた途端に黒い光となって集束し、稲妻のようにバチバチと弾け出す。


「FOX1,〔スパロー〕」


 言葉を受けて魔法陣は暗く呼応した。黒い稲妻が弾けるようにして緑竜へ飛んだ。

 天魔は腕一本という犠牲を払うことで、アナスタシアが溜めを必要とする〔アンチ・マテリアル・ライフル〕と同等の威力を即座に放った。緑竜はそれにたいして左腕一本を前に突き出す。

 直後、腕が霞んだ。稲妻の残滓は竜の爪から弾ける黒い火花にしかない。

 魔法使いの奥義のひとつに匹敵する威力も、緑竜にとっては避けるまでもない凡百の駄技すぎないというわけだ。


「FOX1でこれでは、FOX3でも倒せそうにないな」


 隻腕の天魔は冷静につぶやく。

 今度は輝く右腕を前に出すと白い魔法陣が現れ、そこから雪のような白い粒が落ちた。白い粒は崩れた左腕に触れた瞬間に黒く染まり、無くしたはずの腕を作った。

 悪魔の左腕で攻撃し、天使の右腕で癒やす。犠牲を犠牲でなくす自己完結の循環。


 アナスタシアが作り出した閉じた螺旋は残酷な合理だ。自分自身の破壊を肯定する前提ではじめて成り立つ。ちからと汎用性を両立させようと思えば誰もが考え躊躇する理論を、他者に押し付けることで実験した。

 煮え立つような怒りが充填された。腹の底から湧き上がる憎しみを薪にして、ようやく立ち上がるまで回復する。

 足を引きずるようにして天魔三号の近くまで歩くと、引き攣ったような声帯を無理矢理に動かした。


「治してくれて、げほ……ありがとう。助かった」

「助かるかどうかは、君にかかっている」

「どういうことだ?」

「私の火力ではあの竜の鱗を貫けそうにない。致死に足りるのダメージを与えられるのは君だけだ」


 たしかに俺の〔徹甲弾〕なら鎧のような竜鱗を突破できる。しかしそれはすでに学習されているし、そもそも〔第二段階〕状態でなくとも使えるかどうかすらわからない。


「〔外骨格〕」


 ためしにぐらつく関節を補強してみた。瞬間とはいかないが、テーピングをしたようにがっちりと固定される。

 切れたと思っていた魔力は使用できた。一時的に底をついただけなのか、あるいは天魔三号に充填されたのかは不明だが、〔外骨格〕自体は使用可能らしい。撃つだけなら、あとは〔炎〕がどれだけ溜められるかだ。


「できると思う。でも時間がかかる。溜めが必要だ」

「それは私が稼ぐ。どれぐらいかかる?」

「一分……いや、三〇秒」

「きわどいな。しかし手段はそれぐらいしかない。頼んだ」


 そういって天魔はもう一度、左腕を崩しながら竜を足止めしようとした。今度は肩口まで消失する。

 たゆたう黒砂が通るべき魔法陣が四つも現れた。


「FOX2,〔サイドワインダー〕」


 スパローよりも一回りちいさな稲妻球が四つ飛んだ。小ぶりなせいか弾速は先ほどよりも速い。その軌道は複雑ながらも、終着は竜の一点を狙っている。

 緑竜は避けるまでもないと踏み、足場をたしかめるように地面を踏みつけて足跡を残すと、そのまま突進した。稲妻よりもすばやい竜に、四つの黒弾がバラバラの箇所に当たる。狙いのずれた雷はバチンと弾けるも、鱗の表面が焦げる程度の被害でしかない。

 当然のように理解していた天魔三号は、白い魔法陣で腕を生やしながら二対四枚の翼で飛翔した。しかし上空へ飛ぶよりも竜が跳ぶほうが圧倒的に速い。すれ違いざまに尻尾が叩き込まれ反転、白黒の身体が地面へ突き刺さり、ミサイルが着弾したような衝撃と土煙が噴き上がった。


 ここまでFOX2発動してから約二秒だ。時間の流れが絶望的に遅い。

 〔徹甲弾〕の生成はまだ四分の一程度しか済んでいない。安物の半田ごてを使っている気分になる。

 すこしばかり焦りが生まれるが、しかし俺にできることは白黒の天魔を信じることだけだ。

 あいつが耐え切れなかったら俺も死ぬ。一蓮托生、ただ全神経を〔徹甲弾〕へ注ぐしかない。


 土煙が消え、白黒の姿が確認できる。

 地面と天魔のあいだには白い魔法陣が一枚挟まっていた。防御魔法でダメージを軽減したようだ。それでも尻尾で叩かれた肩からは肩甲骨のあたりまで千切れなにもない。白い魔法陣が癒やすよりも早く、隕石のように竜が落ちる。

 重力を借りた落下攻撃を防ぐためか、天魔三号は白い魔法陣を多重展開した。そのすべてを一撃のもとに粉砕し、鋭すぎる一撃が勢いあまって地面ごと緑竜は爪剣で天魔を両断する。直後、黒い半身が塵と化す。


「FOX3,〔アムラーム〕」


 スパローよりも大型の、サイドワインダーよりも多くの魔法陣が展開された。竜を取り囲むように八つの魔法陣が唸りをあげる。

 放たれた黒い稲妻は逃げ得る余地のない自爆攻撃のように、天魔ごと緑竜を穿った。衝撃と高熱がばら撒かれ、離れているはずの葉が燃えた。中心点は黒い光が爆発しつづけていて、すべてを逃がさず内向的に集束している。

 爆発に紛れて緑竜の咆哮が辺りに響いた。これだけの攻撃を受け続けては、さすがに鱗だけで被害はとどまらない。身を焼かれて痛みに激昂しながら地面を踏み鳴らすと、あらゆる爆発を押しとどめていた黒い魔法陣ごとすべてが弾けた。それに煽られて焼けた半身がごろごろと地面を転がった。

 多重展開されていた白い魔法陣が輝きだし、時間を巻きもどすように天魔三号を回復させるが、さすがに治りが遅い。治癒するよりも早く、焼けただれた緑竜が突進して再生している最中の身体を砕こうと剛腕を薙いだ。円錐状に展開した白い魔法陣が防ごうとするが、無残に砕かれてようやく黒い部分ができてきた身体を吹き飛ばす。


 ようやく〔徹甲弾〕の外殻ができあがった。あとは内部に〔炎〕のちからを充填するだけだが、そんな時間はもう残されていないように思えた。

 天魔三号が身体を起こそうとした瞬間、跳躍した緑竜がその腕を踏みつぶした。一撃で踏み殺すつもりが傷ついているせいで感覚が狂っているのだろう。しかしもう一度足を上げて下げる。それだけの手間が増えただけだ。一秒と掛かるまい。


 緑竜の脚が持ち上がった。まもなく足が降ろされ、地面を抉るようにクレーターを作った。砂塵が舞い上がり、すべてがヴェールに覆われる。

 突如、竜の咆哮によってヴェールが切り裂かれた。勝利の咆哮とは思えないほどの怒りに満ちた声が辺りを震わせる。その足元に潰れているべき白の半身は存在しない。


「間に合ったか」


 背後から安堵の色混じりでエーダの声がした。首を回してみれば、芋虫のように転がっている天魔三号もいっしょだ。彼はほかのエルフから〔自然〕魔法で生命力を強化され、〔光〕の治癒力をさらに促進させて急速に回復しつつある。


「どうしてここに」

「あれだけの大騒ぎをしておいて気づかないバカがいるか」

「そりゃそうか。森の住人だもんな」


 怒れる竜は煤けて黒ずんだ身体を縮め砲弾のように跳んだ。その勢いのまま焦げた爪でわらわらと沸いたエルフたちを、一撃のもとに切り裂こうと薙ぎ払う。闇を裂くように光が弾けた。掻き消えた爪が空中で静止している。対するは密集して光のかたまりと化した魔法陣の群れだ。

 エルフひとりひとりが天魔三号がのつくった防御魔法を、竜とおなじ〔増殖〕と〔成長〕による数のちからで緑竜を防ぐまでに鍛え上げたのだ。

 エルフたちの額から滝のように汗が流れ落ちていた。限界以上にちからを振り絞っているにちがいない。人間より優れた魔法の使い手だとしても、竜と比べればアリに翅が付いているかどうかの違いにすぎないのだから。


「そのまま気を抜かないで!」


 エーダの声に圧し切れないと判断したのか竜が爪を引いた。その直後、腹を貫くような衝突音が響く。

 緑竜からすれば屈辱的に、エルフからすれば絶望的に、何度も爪が叩きつけられた。一度ごとにいくつもの魔法陣が散っていき、七度目の衝突ですべての魔法陣が砕けた。八度目の爪が振るわれる寸前、無彩色の男が片腕を夜に溶かす。


「FOX1,〔スパロー〕」


 至近距離で黒い稲妻が弾けた。爪剣の先を正確に狙い爪の軌道をずらし遅らせた。その一瞬でエルフたちの防御魔法が復元された。外れた先にあった魔法陣がいくつかガラスのように割れる。

 竜ははっきり弱っているように見えた。もしも全快だったら〔スパロー〕での攻撃は無意味だったろうし、エルフたちはひとり残らず死んでいただろう。二発の〔徹甲弾〕と〔アムラーム〕は予想以上に緑竜を弱らせているのだ。


 三発目の〔徹甲弾〕は、ようやく半分ほど〔炎〕を充填できた。あと半分、およそ十五秒を稼ぐだけの目が見えてきた。

 そう思ったのはあまりにも早合点であると半瞬後にわかった。


 緑竜の手首がホンのわずかに曲がって引かれた。爪の先端は数十センチも軌道を変え、エルフのひとりを引き裂いた。そのまま竜はミキサーのように手首をぐるりと回した。端が破れた防御魔法の内側は爪と風がでかき混ぜられてびしゃりと赤く染まる。


 なにを勘違いしたのか。多少弱ったところで巨象と羽アリの関係性は変わらないというのに。

 〔徹甲弾〕ですら二発目は対応されたのだ。ただの防御が一度でも通用したことが奇跡だった。

 駆けつけてきたエルフたちが全員倒れた。何人かは死んだだろう。しかし何人かはまだ生きているにちがいない。

 俺の両腕にのしかかる生命は、いよいよ抱えきれないほど重さを増した。


 白と黒の魔法陣が同時に宙に浮かんだ。ざらざらと崩れる砂は黒だけではなく、白も混ざっていた。両手両足――黒は片手の分足りず、胴体も崩れている――が魔法陣を通過して、二対四枚の翼を神々しく、禍々しく、白々と、黒々と変形させた。


「FOX4!」


 そんなコールは存在しない。いや、冗談としては存在する。

 天魔三号は即ちそれをやろうとしているのだ。

 緑竜は成長している。あらゆる攻撃に対応する。なら通じるのは初回の一撃のみだ。天魔三号はすでにFOXシリーズを使用している。おそらく他の魔法では鱗すら傷つかないだろう。なら可能性のあるFOX4を使うのは当然の思考だ。しかしそれは……


「運がよかったらまた会おう」


 白と黒の砲弾が最強最大の攻撃として放たれた。

 四枚のエンジンが破滅的な加速を生み出し、マッハ五を超えるハイパーソニックで緑竜にぶつかった。そのまま一〇メートルの巨体を連れ去るように一瞬で視界から消えていく。

 これが最後の手段、


 FOX4,体当たりだ。


 森には天魔が残した空気の焦げたにおいが漂っていた。

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