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マグス・オルタの遍歴  作者: 山田一朗
06. VS最強
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第三〇話 深き森に天魔のにおい (前編)

「カ――」


 口から音が出るかどうかの直後、ナイフのような爪が叩き付けられた。

 その膂力は全身を突き抜け、足を地面に埋めさせてなお余りある。

 湿った土と枝が爆発したかのように舞い上がり、視界を塞いだ。

 爪自体は腕を交差して防いだものの、腕は一瞬も持たずにあたまに押し付けられ膝が折れた。

 ひしゃげるように転がって、あやうく地面と剛腕のサンドウィッチになるのを免れる。


 舞い上がる土煙のなか、なんとか立ち上がって小山ほどもある巨大トカゲ――おそらく緑の竜種だろう――を見上げた。

 岩を削り出したような荒々しい鱗、見るだけで心臓が萎縮する眼光、分厚い短剣にも似た爪、そしてなによりも、それだけのものに包まれながらなお狂気的に力強さを秘めているとわかる肉体。

 成長と増殖が能力などとんでもない。その身だけでまちがいなくこのドラゴンは最強に等しい。


 凶悪に尖る牙が並べた顎が開かれると、一瞬にして空気は圧力の塊に変わった。

 実体を持ったかのような風が吹き荒れて、舞い上がった腐葉土と土を押し流す。

 そして聴力の限界を超えた咆哮が静かに森へ響き渡ると、小山の周囲から芽が生えた。

 芽はあっという間に成長して樹齢十数年ほどの木になり、根と枝を使い地面から這い出して見えるだけで八体もドラゴンの前へ並ぶ。


 なるほど。これが群体、これが戦争。

 まさしく成長と増殖である。

 一騎当千というのならば緑のドラゴンにこそふさわしい。加えて、引き連れる軍勢はいくらでも増やせるに違いない。

 逃げるには遅すぎるだろう。すでに獰猛な瞳は俺を捉えている。

 自分自身を最強と信じて疑わない絶対の存在が、じゃれあいのような一撃だろうと受けられたのは癪に障ったようだ。

 たったあれだけで、俺の全身は軋んで歪んで壊れかけたというのに。


「〔炭化(カーボナイズ)〕」


 赤い魔法陣が広がって全身を炎が包み込み、艶消しの黒だった全身が月光さえも反射させるほどのきらめきを返しはじめた。

 〔炎〕のちからが一時的に全身を硬化させる。

 周りが可燃物しかない森でむやみに〔熱線〕など放てば火事は免れない。硬質化した拳を握りしめ、ぞろぞろとやってくる樹木の前に飛び出た。

 人間の腕ほどもある枝がしなり、フックの軌道で顔面へ。それを前傾になってかいくぐり、小さく絞るような右拳を幹に叩き付ける。


 べきべきと鉛筆をへし折るように幹を打ち砕く。常人からすれば頑丈でも竜種からすれば雑魚にすぎない。

 しかし数というのはそれだけでちからだ。それを思い知らさるように、腕を引き抜くあいだに三体の樹木から枝の一撃を食らった。

 ダメージそのものは小突かれた程度でも、重量差から体がぐらつけばいつ緑の竜種から攻撃を食らってもおかしくない。

 左の蹴りで一体の樹木をへし折り、その反動で後ろへ飛ぶ。視線を向ければ緑の竜はその時間でふたたび新たな種を撒き、動く樹木を作り出していた。

 殴る蹴るをしていたのではとても倒しきれない。いずれは囲まれ最強の一撃をもらうことは目に見えている。

 俺は感覚で組み上げるタイプだ。エーダのその言葉を信じる。


「吹き飛べ〔散弾銃(ショット・ガン)〕!」


 〔空気銃〕をヘックスで並べたような強引な術式で撃ち放つ。

 案の定、破綻で乱れて熱量制御が効かず熱波を放って夜を炙った。

 舞い散る土を乾かせ焦がし、蠢く樹木の枝葉を燃やす。表皮で止まり胸撫で下ろすが威力足らずに舌を打つ。

 寂しくなった幹がしなって勢いつけて打ち付けられる。体重差から体が浮いて、見越したように緑の竜のアギトが開かれ息を飲む。

 ごう、と風が吹いた。

 否、もはや鉄のごとき強度を得て槌となり俺を打ち砕く。ピンポン玉のように跳ねて木々を幾つもへし折り、巨木にひびを入れてようやく止まった。


「げほっ……くそ、勝てる気しねぇ」


 ダメージそのものは軽いが、基礎スペックが違いすぎて勝利のヴィジョンが浮かばない。

 青の竜種を倒したように〔第二段階〕にでもなれば通じるのだろうが、あれは諸刃の剣だ。

 試してみたがそもそも自力じゃ変化できない。なにかしらクリアすべき条件があるんだろう。

 しかし現状を嘆いてもしょうがない。勝負できるのはいつだって手札にあるカードだけだ。


 〔炭化〕を強引に書き換えて破綻寸前の術式を両腕に通した。

 地面の一握りの土を握力で圧縮し、同時に〔炭化〕の応用でちいさな弾丸をいくつも作り出す。

 全力で振りかぶり、迫ってくる樹木たちへ向けて思いっきり投げつけた。

 強靭な身体能力で加速された弾丸がはじけ、樹木たちの全身に小さな穴をあけて貫通していく。


 わざわざ熱量を抑えた衝撃波で倒す必要なんてなかった。複数倒せる飛び道具を使えればそれでいい。

 もう片方の手に残る散弾を投げつけて、いま目に見える樹木たちを全員倒しきる。

 即座に次の樹木たちが湧いた。弾丸装填、ふたたび全滅させる。


 もはや樹木たちならばいくら湧いても敵じゃない。瞬殺できるパターンが作れればこんなものだ。


 それを理解してか、緑の竜種はもう樹木たちを芽生えさせようとはしなかった。

 代わりに作り出されたのは、土と岩と泥を固めた人形だ。周囲三六〇度から人形が立ち上がった。

 両手に散弾を作り出し、一回転しながら投げた。飛散する弾丸に打ち抜かれた土人形たちは、腐葉土を吸い上げて傷を癒やす。


 なるほど、耐久性重視というわけだ。

 その代償か土人形たちの動きは樹木たちと比べてもひどく緩慢で、避けようなどと思わなくとも当たるほうが難しい。

 しかし次からつぎへと作り出され、周囲を取り囲んでいく土人形たちは壁のようだ。実際、壁なのだろう。

 行動制限をするためだけの存在の彼らが一瞬でも俺を取り押さえれば、緑の竜種は最大の一撃で俺を叩き潰すだろう。

 五手詰めの詰将棋をギリギリで凌いでいるような絶望感。もちろん、王手をかけられている側で。


「〔炭化〕!」


 手を伸ばせば届く距離の土人形の一体を〔炎〕で硬化させた。どろどろの表面がガラス状になり、陶器のようなつややかさを帯びる。

 即座に拳を握り打ち付けると、樹木たちよりもはるかに硬い感触が伝わった。一撃ではひびを入れるのが限界だ。

 泥が表面を伝って亀裂を修復しようとするが、しかしすでに素材が違うため修復されなかった。


「よし。効く。熱は最低限に落として……〔焼結(シンタリング)〕!」


 森の木々には届かないように範囲を絞り、湿気を含む土ならばある程度の熱は吸収しきるだろうと賭けた。

 取り囲む泥人形たちへ向けて〔炎〕の波を浴びせた。目論見どおり、効果範囲内に居た人形たちは釉薬を使わず素焼きにしたように、土偶めいた質感に成り果てる。

 五指をそろえて今度は貫くように突きを放った。樹木たちよりは硬いが脆い。たやすく砕ける。


 通じる。

 森が燃えないように効果範囲を最小にしたから面倒だろうが、倒す手段はある。

 しかしこれでは二度手間だ。殲滅速度はあまりにも遅すぎる。

 もっとだ、もっと。回転させろ。加速しろ。脳よ、鋭くまわれ。


「〔楽園の果実・第三版〕」


 コアからあたまへ伸びるラインだけを青く塗り替える。プロペラのように回る魔法陣はいびつで汚い。

 知覚だけが加速して、世界のすべてがゆるやかに停滞していく錯覚を起こした。

 目に見えるすべての土人形、数はおよそ一〇〇と二つ。それらすべてを即座に削り倒すイメージを構築する。鋭く回転しはじめた脳が、数倍の速度で提案と却下、了承を繰り返す。


 ――逆だ。まず倒せる状態にする必要なんてない。その段階で吹き飛ばせばいい。

 いまにも瓦解しそうな魔法をギリギリで成り立たせる。効率は慮外、そんな魔力(モノ)、いくらだって生み出せる!


「〔脱水〕!」


 熱を浴びせるなんて遠回りすぎた。〔炎〕で水分自体を蒸発、乾燥させたほうが圧倒的にはやい。

 右腕から魔法を放出して土人形たちに浴びせかけた。乾燥してひび割れた瞬間に遅れて現れたごく弱い衝撃波が、砂の塊を打ち砕く。

 ぐるりと身体を回して周囲の土人形を砂塵へ帰す。射程が広すぎたせいか、地面の腐葉土自体も乾き、すなのように吹き飛ばされていった。

 土人形はもう現れなかった。緑の竜種は鼻息を吐いた。


 感情は読み取れない。好意的でないことだけはたしかだ。

 瞬間的に戦況が硬直した。向こうからはいくらでも打ち壊せるが、俺にとっては死ぬほどありがたい休憩時間だ。これをつかって、脳力加速を得た状態でさらに脳力強化魔法をブラッシュ・アップしていく。できたらそっちを使い、さらに魔法を研鑽する。

 結局のところ、俺は追い込まれなきゃやろうとしないのだ。だから、いまこうしてひいひい言いながらどうにかしようとしている。

 そういう性分だ。あきらめもつく。

 だが命まであきらめるつもりはない。あがけるだけあがいてやるのだ。


 第四版まで作り上げた〔楽園の果実〕でいま使える魔法を最適化しながら、緑の竜種が動くのを見た。やれやれとでも言いたそうに緩慢に、それでいて力強く一歩踏み出した。

 つぎの瞬間、俺の身体は大木をへし折りながら森を飛んでいた。


 「が――っ!?」


 べきべきと背中に感じる衝撃よりも、腹部を襲う痛みがどうしようもない。穴が開いているのではないかと思うほどだ。痛覚が遮断されなかったのは奇跡に近い。

 宙で態勢を整える間もなく、緑の竜種が追撃しようと加速するのが見えた。わずか一足で八艘跳びのごとく距離を絶無にする。

 テイク・バックした左腕に合わせようと両腕を交差させた。数瞬の間があって、成層圏へ向けて撃ち出されると錯覚するほどの浮遊感。音速を超える前の風の壁があった。

 左腕ではなく、右脚。たった一瞬で切り替えられた。

 全身骨折しているのではないかという痛みはまだ生きているという証だ。むしろこれが途絶えたらヤバい。

 黒と青の溶けた空を脇目に見ながら、このまま逃げ出せないかと思案する。加速した脳力が即座に否定した。当然だ、あの能力ならば俺が全力で逃げようと一分もあれば追いつかれる。

 竜は翼が退化しているおかげで、空までは追いかけてこなかった。

 いま、なにができる。この瞬間をただ過ごして落下すれば、死ぬしかない。

 軍勢の強さがどうだとか、そんなのはまやかしだ。ただ一頭で最強。極限の暴力を相手に勝つにはどうすればいい。

 どれだけ考えても〔第二段階〕しか思い浮かばない。

 樹木や土人形あいてには通用しても、小細工を弄して通用するはずもない。ならばスペックで近づかなければ勝機もなにもない。

 できるかじゃない、やるしかない。

 視界を閉じてすべての神経を胸の中枢、マグス・ハートに集中させた。

 起きろ。さもなくば死ぬぞ。

 願う。祈る。念じる。それで足りなければどうする?


「さっさと目覚めやがれェ――!」


 強引に叩き起こす。

 左側は青く、右側は赤く。派生するラインが増えて全身を染めていく。

 二つのコアの同時励起。相反する〔炎〕と〔水〕が反作用で暴走し始める。

 

 じくじくと毛細血管が破裂するような不快感はいまさらだ。死ぬよりいい。


 あふれるちからを魔法に押し込めた。頭を渦巻く〔楽園の果実〕を七つに増やした。頭蓋ごと魂を突き刺して活性化した魔法が〔第二段階〕へ進み、そのちからをもって即座に最適化、魔法陣が茨の冠のような立体積層型になる。

 遅れて全身を取り巻く〔炭化〕も最適化、より硬く、より強靭に。六方晶ダイヤモンドのように構造を捻じ曲げる。


 じりじりと蝋燭が削られていくのが感じ取れる。もって三分。

 それだけあれば、超高速域で生きる緑の竜種をあいてするには充分だ。


「〔外骨格(オーヴァ・コート)〕」


 森で待ち構える竜種へ向けて、五指をそろえて刃にした右腕を先端にして墜落した。

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