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マグス・オルタの遍歴  作者: 山田一朗
01. VS魔法使い
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第〇三話 もう人間じゃない (前編)

 両手足の枷を壊して立ち上がれば、両手、両足、上半身、すべてが異形のすがたとなっていた。

 鏡がないからわからないが、この調子なら顔も例外ではないだろう。


「にゅふふぅ。マグス・ハートの効果ですよぅ」

「俺に埋めこんだものが原因だと?」

「そうですよぅ。この世界の人間は、誰しもマグス・ハートを持っているのですよぅ」

「……そいつを持たない人間に移植したら、こうなったというのか?」

「はんぶん、当たり。でも、わたしの理論は違いますぅ」

「どういうことだよ」

「人間のマグス・ハートは矮小なもの。けど移植したバケモノのコアは、その数百、数千倍のちからを持っているのですぅ」


 ようやく、飲みこめてきた。

 つまりこいつは、こう言いたいのだろう。


「バケモノのちからを得るためには、バケモノになることが自然だってことか」

「さすがですねぇ。わたしにとっても、星幽的施術が肉体的に影響を与えるというのは、予想外でしたけどぉ」

「じゃあなんだよ。お前は人をバケモノにする研究でもしてるんじゃあないのか?」

「違いますぅ。人間がインスタント的に強大なパワーを得るための研究をしていたのですよぅ」


 それがつまり、バケモノのコア――マグス・ハートを、たましい的に人間に移植するという方法で、人間をバケモノに変えるというおぞましい結果を生み出したのだ。

 俺がもし日本に帰れたとしても、このすがたでは自衛隊にでも退治されるのが関の山だろう。

 だったらせめて。


「状況はわかった。感謝するよ――お前を倒すだけのちからをくれたことになァ!」


 ちからをこめて右拳を握ると、胸の奥からそこへ〔なにか〕が流れこんでいく。

 全身を走る赤いラインが、胸から右腕にかけて光を帯びた。


「おや。おやおや。どうしたというのですかぁ。まさか反逆を!?」

「そのまさかだよ。クソピンクっ!」


 地を蹴り、走って近づこうとすると、その一歩目で躰はフル・スピードへ加速する。

 コンマ数秒で、アナスタシアと俺の距離はゼロになった。


「くっ、脳手術をしておくべきでした!」

「うるせぇ。だまって砕け散れ!」


 テイク・バックから、全力の右ストレートを放つ。

 残念なことにアナスタシアは、直前で逃げ出し、当たることはなかった。

 空ぶった右拳は、ひび割れた壁面へ直撃する。


「おぉ!」


 破壊の嵐が吹き荒れた。ひび割れるなどという生やさしいものではない。

 壁といわず、地下室すべてが崩れ落ちる。

 轟音と崩れゆく岩が、視覚と聴覚とを満たす。


「すばらしい。なんというパワーでしょう!」


 振り返れば岩の雨のなか、平然とした表情でピンク色の髪をなびかせて宙に浮く存在がひとり。

 憎たらしいほどの笑みを浮かべて、その躰だけを岩が避けて降っているようだ。


「バケモノのコアを取りだせるほどだもんな。お前もバケモノ級のはずだよ」

「そうです。この世界は一握りの突然変異たちが、平和を保ってきたのですよぅ」

「それが苦しくなったからの暴挙というわけか」

「いいえ。別にそれ自体はいいのです。ただ、それを当然のように甘受しているのが気に入らないだけですぅ」

「だからといって、異世界の人間なら巻きこんでいいって理由にはならないよなァ!?」


 雨が()んだ。

 ちからのつかい方は理解した。

 右拳へこめたように右脚にちからを入れると、熱量が赤いラインを通して伝わっていく。

 その熱を放ち、爆発させるようにして前へ。

 転瞬、俺は宙へ浮かぶアナスタシアの目の前にいた。


「っだらぁ!」

「くぅ……!」


 拳と魔法陣がせめぎ合う。

 宙に、俺のパンチを留める魔法陣の色は、髪とおなじうるわしのピンク。

 あまりにも憎々しくて、熱がこもる。


「いいですよぅ。そのちから。もっと見せてください。さあ、唯一の成功例!」

「どれほどの人間を犠牲にしたァ!」

「にゅふふ。片手じゃ足りませんねぇ」

「おおおぉぉ……!!」


 推進力が切れて、俺は地面へと落下していく。

 魔法陣の厚さなどせいぜい一ミリもないだろうに。

 その一ミリが、絶望的なほどに遠い。

 それを打ち破るちからがほしい。せめて殴りを入れて、謝らせてやる。

 その願いが通じたかのように、右腕を通る赤いラインが灼熱色に輝いた。


「燃え尽きろぉぁ!」

「なにゃあっ!?」


 閃光が右腕から伸びて、魔法陣へと突き刺さる。

 あたりすべての酸素を奪いつくすように、ごうごうと炎が燃えていた。

 地下室の残量などたいしたことはない。魔法使いが人間以上ならばともかく。

 案の定、閃光は魔法陣に防がれていた。

 しかしサウナのように激しく上昇する気温と、低下していく酸素濃度に、汗を流しているようだ。


「にゅふふ……さすが、わたしの最高傑作。初戦でこれほどの潜在能力を発揮する……とは……」


 ふっ。と、目から光が消える。

 閃光の放射と宙に浮かぶ魔法陣も同時に消えた。

 アナスタシアが気絶するほどの状況だというのに、いまの俺はまったく息苦しくもない。

 ほんとうに、人間ではないものになっていた。


「……どうすりゃいいんだよ」


 殴れる状況にはなったものの、とはいえ気絶しているあいてを殴るのも気が引ける。

 それ以前に、TVがどうのなどと言っている事態ではなくなってしまった。

 人間ではなくなってしまった以上、どうやって生きていけばいいのか、まったくわからかった。



        *



 被害の拡大を防ぐためなら、アナスタシア・サーキスは殺すべきだ。

 しかし、日本にも帰れない。人間にももどれない。

 この現状を打破してくれる存在もまた、あのピンク髪のアクマ以外にはいないだろうと思える。

 あいつは、じぶんのことを〔魔法使い〕と言った。

 もしもこいつ以上の〔魔法使い〕が存在しなかったら、こいつを殺すことは俺がすべてを捨てる決断をしたということになる。

 一部の天才だけで世界を回しているというはなしがホントだったら、性格は腐りはてていても、能力を保存しておくべきだ。

 すこやかに気絶するピンク・ザ・シット・ガールの首をひねりちぎることができないのは、かなり悔しいことだった。

 このまま酸素欠乏症で脳がイカれても困るので、とりあえず地下室からはでることにした。

 崩落した地下室からでるための階段は、さいわいにも残っていた。しかし入り口がなにかで封印されいたので、殴って壊す。

 石のシャワーを浴びるが、まるで痛くない。俺の躰はどうなってしまったのか。

 アナスタシアを引きずって地下室をでると、そこは洋館の一室に見えた。

 およそ十二畳ほどの広さで、クローゼットやベッド、キャビネットとそれに入った壜入りの酒などが並べられている。

 象牙色の壁と床には清潔感があり、ぴんと張ったベッドには毎日、きちんと掃除をやっていることがうかがえる。

 おそらくは、金持ち屋敷のゲスト・ルームかなにかだろう。

 ちっ、と舌打ちがこぼれた。

 ピンクの持ち家だろうか。魔法使いとやらは、やたらと稼げるようだ。


「おらっ」


 ベッドにアナスタシアを放ってから、落ちないように地下室へ通じる出入り口を、キャビネットで封鎖した。

 実験用道具などは完全に破壊したいところなのだが、アレがなければ元にもどれないなどということがあっては困る。

 妙にイライラしているというか、興奮していた。それほど怒りっぽい人間ではなかったはずなのだが。

 マグス・ハートとやらの影響だろうか。

 あり得るはなしだ。

 バケモノのコア――心臓をたましいレヴェルで移植したというのなら、影響がないほうがおかしい。

 人間同士の臓器移植でさえ、好みなどが変わるのだ。


「……くそっ!」


 胸のあたりがかっかとして、どうにも落ち着いてられない。

 炎が出せるというのなら、もしかしたらそういうタイプのバケモノのコアを使ったのかもしれない。

 そういう気性にでもなってしまうのだろうか?

 アナスタシアが起きるまでじっとしていられそうもなく、カーテンを切り裂いて猿ぐつわと手足の枷をつくり、躰を縛りつけた。

 見た目だけならかわいいから、ソフトなSMのようにも見えるが、そういった欲はまったく起き上がってこない。

 見回ってみるのはどうだろう。

 それはずいぶんといいアイディアに思えた。というよりもなにかしら、うごいていられればそれでよかった。

 解錠してドアを開けると、広くて長い廊下が四方八方へ伸びていた。

 ドアを開けて見ると、右手側にもうひとつドアがあった。おなじ造りのゲスト・ルームなのだろう。さらに進むとつきあたりになっていた。

 左手側はエントランスになっていて、正面には大階段があり、グラウンド・フロアから一階へと昇れるようだ。

 廊下は全体的に赤いふかふかのじゅうたんが敷き詰められていて、歩くたびに足下が沈みこむ不思議な感覚が味わえる。

 壁は部屋とおなじ象牙色でまとめられていて、廊下の途中には奇想天外な趣味の壷や絵画などが飾られていた。


「成金丸だしだな」


 つきあたりへ行ってもしょうがないので、左手側へ歩いていく。大階段の向こうには、おなじ造りのゲスト・ルームがふた部屋あった。

 左右に二部屋ずつ、たっぷりと広さをとった部屋はゆったりとすごせるにちがいない。

 階段を登らずにエントランスを正面に進むと、食堂、従業員部屋、キッチン、応接間などがあった。どこも清潔にはしてあるのだが、人気(ひとけ)がない。


 みんなでピクニックにでもいってるのだろうか?

 なにをばかなことを。自分自身の考えに苦笑してしまう。

 大階段を昇って、のこりの部屋を覗いてみた。

 右手側には主人の部屋があり、これは全体をピンク色にまとめあげた、気の狂ったメルヘン童話みたいな部屋だった。ここを使っているのは誰かということが一目でわかる。

 そのすぐとなりは配偶者の部屋らしく、ここはほとんど物置同然に使われていた。

 どうやら結婚あいてや愛人なんかはいないらしい。

 他には従業員が寝泊まりするための大部屋なんかもあった。しかしながら、いっさい人の気配はない。

 どういうことだろう。

 魔法があれば侍女なんていらない、ということは考えられた。しかしそれは正しいのか?

 自問するが自答はできない。わからない。推理モノは得意じゃなかった。

 俺は思考をあきらめ、もと居たゲスト・ルームへ帰ることにした。

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