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マグス・オルタの遍歴  作者: 山田一朗
05. VS黄金
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第二七話 あなたをしつけます (後編)

「もっと光を!」


 俺は手を伸ばしながら闇から浮上した。

 もう、何年も息をしていないぐらい苦しかった。すこし、ほこりの匂いがする空気をたっぷりと吸い込んで、ようやく落ち着いた。

 周囲を見回せば、知った景色の知った場所――うさぎたちが住む家の一室だ。

 最初、暗黒へ突き落とされたときのように、手足を固定する大理石のベッドへ寝かされているわけでもない。いつもの木製ベッドとすこし堅めの密な敷き布団だ。

 レースのカーテンを通して部屋に射し込む光の色は白で、まだ日中であることを示していた。

 ベッドから降りてカーテンと窓を開けた。新鮮な外気が入りこんできた。鳥が鳴いている。まだ朝のようだ。

 ほこりっぽい空気を入れ換えると、あたまがはっきりしてきた。いつから――どれぐらい寝ていたのだろう。

 カレンダーはなかった。あったとしても、今日の日付がわからなければ仕方がない。

 腹は減っていなかった。寝ているあいだに狩人から石でも詰め込まれた気分だ。全身が重かった。

 ぎぃ、と床板が軋んだ。リフォームする頃合いだろうか。


(ダメだ。あたまがとっちらかってる)


 まだ、完全でないあたまがお荷物だった。ふらふらと酔っ払いのように歩き、ドアを開け、一階へ下りていく。

 キッチンへ行き、食器棚からマグ・カップを取りだして水を注いだ。フェイス・マスクを開けて、一息で空にする。そのまま立て続けに二杯飲んだ。

 朝の外気で冷えた水が染みわたり、ようやくスッキリした気分だった。

 気がついてみると、リヴィングにもキッチンにも誰もいなかった。

 耳鳴りするほどの静寂が横たわっていた。なにもかもが止まっている世界の出来事のようで、時間すら流れているのかあやしかった。

 わざと大きな音を立てて歩いてみた。脚と床板が痛んだが、それで耳鳴りはなくなった。

 思い返してみれば、こちらの世界に来てから、ずっとそばに誰かがいた。はじめてひとりの時間が訪れていた。

 この静寂は、幼い頃に留守番していたような気分にさせられる。

 どうしようもないほど孤独感が広がっていた。宇宙に自分だけが取り残されたようだ。

 ひとり暮しをして、誰もいない寝床に帰り電気をつけ、会話もせず寝るような生活は、不可能かもしれない。

 俺は、自分が思っているよりも寂しがり屋なのだった。


「乱暴者のガキ大将でもいいからでてきてくれよー」


 あやとりと射撃が得意なメガネ少年にいまほど共感できたことはない。

 家のなかを歩きまわってみたが、先ほどまでいたような気配すら感じない。

 しかたがなく、自分ひとりでやれることをした。

 それは魔法の研鑽であったり、人間状態での魔力運用試験であったり、鏡の前でカッコイイポーズを決めることだったりだ。

 特に最後のは重要だった。そうすれば、バケモノ状態でも変身ヒーローっぽく見えるかもしれないからだ。

 俺は思う存分、孤独な変身ヒーローを演じた。背中に哀愁を漂わせることには失敗した。


「ふぅ、こんなもんか」

「いや、もうちょっとやったほうがいいんじゃないですかぁ」

「え、マジで?」

「はい。最後のポーズは雑でしたよぅ。それじゃ、子ども向けの劇にも出れませんねぇ」

「ちょっと勘弁してくださいよ監督ー……って、いつのまに!?」


 鏡のなかから、ピンク色の髪が揺れていた。くるりと大きな瞳と視線が出会う。

 たとえアクマだとしても、誰かと出会うよろこびはたしかだった。

 アレだと鬱陶しい、ウザい、ちょっと惑星の反対側まですっ飛ばしてやろうか、とさんざん思ってきたクソ女でも、いればうれしいものだ。


「ふむ。手術は成功のようですねぇ」

「は、え、しゅ……じゅつ?」


 こういう展開さえなければ。


「といってもかんたんな処置ですよぅ。ちょこっといじくっただけでぇ」

「聞きたくないが、聞かせてもらおう。どこをだ」

「たいしたものじゃないですよぅ。まあ、胴体の上についているもの、とだけいっておきましょう」

「それ、あたまって言うんですよ」


 超たいしたものだった。

 ロボトミィ手術でもされたのだろうか。実感ないということが、よりいっそう恐怖に拍車を掛ける。


「そうとも言いますねぇ。で・す・が、安心してください。例により、肉体的手術はしていませんのでぇ」

「……ああ、星幽(アストラル)的手術とか言ったっけ。……って、そっちのほうがヤバいじゃねーか!」


 たましいレヴェルの改竄がされていた。

 もはや、だいじょうぶだとかの段階じゃない。とはいえ、自分で治せるだけの技術もない。

 俺にできることは、せいぜい、おかしなことになっても気がつかないでいられることを祈るぐらいだ。


「ええと、それはどういうモノなんですかねぇ」

「基本的に、快三さん自身をイジっちゃいませんよぅ。ちょっと足したぐらいで」

「こんどはなにを足した、またマグス・ハートか?」

「いえいえ。今回のは……〝不意の欲、悔いの獄。乱心の果て、改心を成せ〟」

「あが――ぐ、う、おぁぁ……!」


 あたまが突如として割れそうなほどに痛み出した。万力で締め付けられるようだ。

 もしもこのまま痛みがつづけば、近い未来、俺はピンク色のやわらかな物体をまき散らして死んでしまう。


「や、め……ぁ、っがあああ……!」

「ふむん。ばっちりですねぇ、さすがわたし」


 アナスタシアが妙な呪文を唱えなくなった瞬間、あたまの痛みは引いていった。

 痛みの感覚はまだ残っているモノの、あとを引くような類じゃない。即効性のなにかだ。


「なんなんだよ、これは……」

「単なる枷ですよぅ。快三さんは暴走するとメンドクセェことになりそうなのでぇ、ちょっと首輪のようなものをつけさせていただきましたぁ」

「なる、ほど。元ネタは孫悟空ね」

「ああ、気づかれましたか。そうです、うさぎたちに話を聞いたことがありましてぇ、それを参考に作らせていただきましたぁ」


 つまり、俺のあたまには、いま〔緊箍児〕が嵌められていて、アナスタシアが唱えたのは〔緊箍呪〕というわけだ。

 とんでもない破戒僧の三蔵法師役はクソピンクにぴったりだが、ドラゴンの次は猿あつかいか。

 俺はこいつとつるんでいるかぎり、安心して夜も眠れない毎日がつづきそうだということがはっきりわかった。

 金を稼ぐだとか、そんなことをしている暇はない。

 一刻も早く、のこりのマグス・ハートを集めきり、こいつから独立しなければならない。


「くそっ。こんなもんまで取り付けられたら、ますます自由が遠のいていく」

「ま、警告その一ってところですねぇ。こんど無様な真似を晒したら、もっと強力な罰を与えますよぅ」

「俺だってこれ以上、おまえに手綱を握られたくはないさ」

「だったら、環境をこれ以上、乱そうとしないことですねぇ」

「それについちゃ、わるかったとも思ってるよ」


 金を稼ぐ手段として、賞金稼ぎを推したのはこいつだ。それをわるくいうつもりはない。

 ただ、やりすぎたことに関しては咎める。そういうことらしかった。

 おまえにそんな権利があるのか、と問いたい気持ちもなくはなかったが、突然変異の魔法使いとして、秩序を守るつもりはあるらしい。

 環境を変えてしまうぐらいでなければ、大目に見る。そういうことなのだろう。

 すでに使い切れないぐらいの金額は稼いだ。長居するつもりもないし、もはや稼ぐ必要はないだろう。

 俺は、そのことを告げようとして――アナスタシアが見慣れない恰好をしていることに気がついた。


「新しい服だな」

「お、いいところに気がつきましたねぇ。そういうところをしっかり気づいて褒められれば、モテますよぅ」

「そ、そうかな、えへへ。……じゃなくて。なんか、ずいぶん高そうな服じゃあないか?」


 くるりとまわって服を見せびらかすアナスタシアに近づき、三六〇度から眺めてみる。

 茶色いコートと薄いクリーム色のスカート・スーツに、白いシャツというOLのような服装だった。

 縫製自体もすばらしく、スーツの首のまわりなど、まるで抱きしめているようにぴったりとしていて、どこにも隙間が見つからない。

 シャツはやわらかでどこか頼りなく、アナスタシアという主人を迎え入れてはじめて完成するような儚さがあった。

 極めつけはコートだ。つややかな光沢がある生地で、触ってみると弾力が感じられた。けれども非常にやわらかい。

 なんという表現をしたらいいのか、ちょっと言葉にならないほどだ。

 この生地については知らないが、高いと言うことはまちがいなく理解できた。


「ま、その、ちょっとしましたねぇ。えへへ、オシャレしちゃいましたぁ」


 はにかむように笑い、くるくるとまわりながら新しい服をアピールしてくる。

 まったくもって不覚な話だが、中身はヘドロのような存在だと知っていても、こういう女の子らしいところを見せられると、正直、かわいいと思ってしまう。

 くそが。外面はいいんだ、外面は。

 ちょっと照れてしまう。

 そんなことをしていると、玄関からドアが開く音がした。


「ただいにゃー」

「ただいまわん」

「いま帰りましたぴょん」

「おう、おかえりー」


 三人が帰宅してきたようだった。アナスタシアへの照れ隠しに、思わずなれない歓迎などしてしまった。

 ……すると、その三人も見覚えのない恰好をしていた。

 全員、アナスタシアが着ていたのとおなじようなすばらしいコートを羽織っていた。その下に、うさぎはふわりとしたワンピースとファンシィなバッグ、猫はちょっと背伸びしたような上品なシルエットのジャケットとスカート、犬は雨振り袖のカジュアルなスーツを着ていた。どれもこれも高そうだ。

 いやな予感がしていた。


「みんな、すげぇ似合ってるね。でも、お高いんでしょう?」

「にゃはは。てれるにゃー」

「ありがとわん。そう言って貰えると、えらんでよかったわん」

「お褒めいただき、光栄ですぴょん」


 値段についてのことは、三人ともなにも言わなかった。かなりお高い万円のようだ。

 ……ちょっと予想はついていた。しかし、それが現実だとは認めたくなかった。

 うしろからぱたぱたという足音が聞こえてきた。


「あ、快三さん。ゴチになりまーすぅ☆」

「やっぱな!!」


 背後から聞こえてきた声に、俺は叫ばずにはいられなかった。

 あとで見た請求書には、稼いだ金の半分が吹っ飛ぶような値段が記されていた。

 その大半は、みんなが着ていたコートにあった。どうやら、元の世界でいうヴィキューナ一〇〇パーセント並の代物だという。

 宝石のように役に立たないものをせびられるよりはマシだが、繊維の宝石ときたか。それで四着もコートを仕立てれば、それぐらい飛ぶのは当然だろう。

 緊箍呪をつかわれたときよりもはるかに強く、やりすぎないことにしようと思うのだった。

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