第二四話 悪党どもが少なすぎる (前編)
「おまえたちはどうやって金稼いでんの?」
「にゃ?」
「金だよ。マネー。生きていくためには必要だろ」
とりあえず手近にいた猫二号に聞いてみた。
彼女は俺のあたまの上で、なにやら干した魚でも囓っている。
それだって、金がなければ買えないモノだ。
あるいは、気前のいい乾物屋にもらったという可能性もあるが。
「んーと、あたしはぼーけんしてるにゃん」
「冒険、ねえ。ああ、ファンタジィだとありがちだよな。なんちゃらギルドみたいなやつ」
「ありがちゆーにゃ」
「アレだろ。冒険者ギルド的なところで登録して能力とか測定されてカードとかもらうんだろ?」
「そのとーりにゃー。けっこーおもしろいにゃよ」
うひぃ、と声が漏れそうになった。さすがに恥ずかしい。
ガジガジ、魚を囓っていた猫二号は、ワンピースのポケットから一枚のプレートを取りだした。
それをあたまの上から、俺の手のなかに放る。
それは〔冒険者互助会登録者〕という印刷の入ったカードだった。
「うひぃ」声がでた。「いや、ねぇわ。実際見ると引くね」
「でもべんりにゃよ。みぶんしょーめーにつかえるからにゃー」
「身分……そういや俺、住所不定無職だ。いかん、いかんぞ」
完全なピンチだった。落ちるところまで落ちすぎている。
あとは住居ぐらいしか失うモノがない。
早いところ、衣食住に恵まれた生活にもどらないといけない。
「あー、冒険者なんてやめといたほうがいいですよぅ」
「どうしてだよ」
「魔法を使えないザコたちが、ひとかたまりになった烏合の衆どもです。ま、弱小組織なんですよぅ」
「ひどいこというにゃー。あたしもぼーけんしゃにゃん」
「しかし、金がないことには首がまわらねぇよ」
「だったら、賞金首を狩ればいいじゃないですかぁ。それなら快三さんでも余裕でしょう」
「賞金稼ぎねぇ」
「あたしもかいぞーは、そっちのほーがいいとおもうにゃん」
干し魚を食べ終えた猫二号は、カスのついた手をペロペロ舐めながらいう。
頭上から猫二号を下ろし、胸元に抱え込んであたまを撫でながら考える。
ふわふわの毛並みがここちよい。――そっちじゃない。
「んー、やってみるかぁ。〔偽装〕のテストも必要だしな」
「もう、そんな段階でしたっけぇ。なんか、魔法の覚えがよすぎませんかぁ?」
「まあね。正攻法じゃ時間がかかりすぎるから、ズルはしてるよ」
「ぬぐぐ、さすが千糸。〔水〕の魔法をつかいましたね?」
「それほどでもない」
アナスタシアのいうように、俺はエーダと魔法の訓練を再開するにあたって、ひとつの魔法を真っ先に習得した。
水の魔法の領域には知性と支配がある。つまり〔知性〕をつかってブーストしたのだ。
いま使えているのは、単純なクロック・アップのようなもので、処理能力の加速程度の代物だ。
いずれは脳の性能自体を拡張強化する魔法にもチャレンジしたいが、いまはその段階まで至っていない。
しかし、それでも学習効率は著しく向上した。
ゲーム・データを改造して、獲得する経験値を数十倍に引き上げたようなものだ。
序盤のうちならばレヴェルなどサクサクあがる。エーダに呆れられるぐらいだ。
人外級魔法使いには及ばないが、一般級魔法使いと並ぶぐらいには成長していた。
俺はさっそく躰のラインを〔水〕の青に切り替え、魔法陣を構築、全身を包みこんでいく。
本来ならばエーダが使っていた〔自然〕魔法のほうがいいのだが、使えないのだから仕方がない。
周囲に働きかけて〔支配〕する認識偽装。それによって、俺の姿を〔変わった全身鎧〕だと思わせる。
バケモノ形態を人間と思わせるよりは、よっぽど自然なはずだ。難易度は低い。
「……んにゃ。なんかおかしーにゃー?」
「ふむ。……あ、これは欠陥魔法ですねぇ」
「え、マジで」
「はい。近くにいるとたしかに誤魔化されるんですが、遠くから見ると一発でバレますよぅ、これぇ」
「そうか。外側じゃなくて内側を変えるほうがただしいよな」
俺は知性の支配を他人にかけて〔認識偽装〕という発想をしていたが、それは悪手だった。
効果範囲内でなければ、たしかに意味がない。
やるのであれば〔水〕でヴェールでもつくって、他人から見えるカタチを変質させる。
そうするべきだった。
「一から作りなおしかぁ」
「ないよりはマシでしょう。閉鎖的状況なら一応は使えなくもありませんし」
「しょーたいがばれちゃいけないひーろーっぽくて、かっけーにゃー」
めずらしくアナスタシアからのフォローと、キラキラと目を輝かせる猫二号に癒されて、気分を落ち込ませずにすんだ。
出かける前から底なし沼にどっぷり浸かるようなことはごめんだった。
なんだかんだいって、アナスタシアはやさしいのかもしれない。
そういう風に自分自身をコントロールして、それこそ〔認識偽装〕しているのかもしれなかったが。
しかし、いまはそういうところに救われた。口には出さないが、ありがたくも思っている。
「じゃ、水戸黄門みたいに姿隠して出歩いてくるよ」
「いってらにゃーい」
「いってらっしゃい、宿六ぅ」
朝っぱらから言い合うのも面倒くさかったので、片手を上げて応答のかわりにした。
玄関を抜けて、庭掃除をしていたうさぎ一号と犬四号にも挨拶をしてから出かけた。
太陽は昼のものに変わる前の冷たい光を放っていた。それに合わせるように街はまだ静かだ。
ぽつぽつと人は居るが、冷めた空気のなかで泳ぐ魚のように機敏ではない。
青果屋、魚屋、肉屋のいずれも、まだ声を張り上げていなかった。
つややかな表皮の赤い果実をひとつ買い、食べながら商店街を抜けた。
シャリシャリした食感が気持ちいい。芯だけになった果実を掃除夫に渡してから、街の掲示板を見た。
賞金首の張り紙がしてあるが、めぼしい大半のものには解決済みのマークが上書きされていた。
賞金の高いものは全滅といっていい。残っているのは、子どもの小遣いのような小さな奴ばかりだ。
それこそペット泥棒や食い逃げ犯など――被害者には失礼だが――とるに足らない。
おなじようなことを考えるやつらは、決してすくなくないのだろう。みんな、楽して儲けたいというのは変わらない。
結果として賞金首は減り、バウンティ・ハンターばかりが増える。
ねずみを狩る猫ばかりの世界では、ねずみも地中深く潜るだろう。
一攫千金を狙うというのなら、危険を冒してねずみを探し、地中深く潜らなければならない。
だが俺は、そんな一発逆転ストーリィなぞ求めていなかった。
子どもの小遣い、地上を徘徊する小さなねずみで充分だった。
まだ捕まっていない賞金首のうち、まだしも捕まえやすかろう食い逃げ犯を狙うことにした。
ペット泥棒は街中に網を張らなければならないが、食い逃げ犯なら飲食店だけでいい。
賞金首の情報には似顔絵の情報はあったが、写真のような明確なデータはなかった。
そのため、実際の人物との食い違いを考慮した上で、変装しているであろう犯人に狙いを絞らなければならない。
また、現行犯でなければ意味がない。そういうあたりも、賞金稼ぎたちの網から小物がこぼれる充分な理由になる。
俺は飲食店が集中している区画まできたが、捜査官のような目は持っていない。
(こっそり変身を解いて、こころを読むか?)
読心。心理学の技術ではなく、まったくの魔法だ。
テレパシィ、精神感応などとも呼ばれるそれは〔水〕の領域のひとつである。
俺は建築物の隙間に潜り込み、念のため〔偽装〕をかけながら、飲食店に入ろうとする人たちのこころを読んだ。
(あー、腹減った。徹夜はつらいなー)(減量中だけど、食べちゃお)(今日はこの店にするか)(持ち帰り。それもいいな)(麦にするか米にするか、それが問題だ)(吾輩は犬である。名前はポチ)(こんど、あの娘といっしょにこよう)
雑多な意識の流れがあたまを流れた。くらり、と足下が揺れる。
人が多いところで〔読心〕をつかったことはなかったが、激流のようだ。
絶え間なく寄せては寄せて、返さず流れるばかり。人の意識に酔っていく。
そんななかで、これは、という意識を引き寄せた。
(朝の食い逃げは、ここできまりだ)
そちらの方向を見れば、帽子を目深に被って顔は見えづらいが、人相書きによく似た体型をしていた。
俺は〔読心〕を解除して人間形態になり、彼が店に入るのを見届けたあと、店の前でゆっくりと待っていた。
果たして、彼は食い逃げをした。俺はドアから飛び出したところにカウンターで体当たりをぶち込んだ。
不意を打たれた食い逃げ犯は昏倒した。それを店に借りた紐で縛りあげると、さっそく換金しにいった。
子どもの小遣いとはいったが、それでもこの世界で家族四人が一月ほど暮らせるぐらいの金額だ。
(けっこう、かんたんに片付いたな)
すこしばかり欲が出てきた。俺は金を無造作にポケットに突っ込むと、ペット泥棒も探そうかなどと考えていた。
たった数時間でそれなりの金額が手に入るなどというのは、ぼろ儲けにもほどがある。
ふたたび掲示板のところまでいくと、新しい手配書が貼られたばかりだった。
そこには高額賞金首も並べられていた。
「盗賊ねぇ」
賞金は先ほどの数十倍だった。俺の欲はひどく酩酊していた。
さながらギャンブルとアルコールにのめり込むダメな人間だった。




