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マグス・オルタの遍歴  作者: 山田一朗
04. VS妖精
23/32

第二三話 森の歌いまは絶え (後編)

 なぜエルフは森に住むようになったのか。

 その歴史的背景を知るため、俺たちは詳しいことを老エルフ(彼は当事者だった!)に求めた。

 彼はそれを話すことを承知し、自分の天幕に俺たちを招いた。なかは見た目よりも広く、俺、アナスタシア、エーダ、老エルフがゆったりとできるスペースがあった。天幕と言うだけで、定住できる家と中身は変わらないようだ。

 テーブルなんかもあり、椅子も四脚用意されていた。それにひとりずつが腰掛ける。

 老エルフは水瓶に入っていた液体をコップに注ぎ、「どうぞ」と、俺たちの前に配ってくれた。

 彼はその液体で口を湿らせてから話し出す。


「そうですね。まずはなにから話せばいいやら。もう、何十万と日が昇っては落ちてを繰り返す前のことですが、よく覚えていますよ。アレはそう、エルフの故郷――〔森〕。無数に浮かぶ星の海のなかのひとつでしたが、〔森〕は枯れる寸前でした」


 老エルフは、大樹のようにゆっくりとしずかに、ぽつぽつと言葉をつづける、


「われわれは、かなりの技術力を持っていました。しかし、そのせいで〔森〕を枯らすことになったのです。ちからが過ぎたのです。エルフは滅亡に備え、星間飛行船をつくりあげました。そして滅亡の日、われわれは〔森〕を飛び立ったのです」


 一息吐いて、老エルフはコップから一口啜った。

 俺もおなじようにコップを傾ける。

 ホンのわずかにふしぎな甘みがある水のようだった。かすかに、森の香りがする。

 口を湿らすのにこれ以上、適したモノはないだろう。

 老エルフは語りをつづけた。


「星間飛行は、安定した技術ではありませんでした。過去、エルフは星の海へ進出を挫折した経験がありました。最後の船がうまくいったのは、奇跡的としかいいようがありません。ですが、事件が起こりました。船の調子がわるく、墜落がはじまったのです」


 エーダは、はじめて知ることのようで、目を丸くしていた。

 きっと、なにも聞かされていなかったのだろう。

 クローバーグウィン大森林生まれのエルフは、いまでは大多数のはずだ。

 彼女らは、いま、真実を知るのだった。


「それで船はこの大森林に墜落、なんとか生き延びたエルフどもが、この地を乗っ取った、そういうわけですかぁ?」

「はい。その通りです」


 と、これがエルフがこの世界にやってきたあらましらしい。

 ふうむ、とアナスタシアがなにやら思案する。


「私が子どもの頃のことですから、もう八〇〇年ほど前になりますね」


 八〇〇年。

 もし、この世界が三六五日で一年だとすれば、三〇万日ほども前のことだ。

 当然、アナスタシアなんぞは生まれてもいない。当時に迫害されたというのなら、魔法使いは存在したのだろう。

 その頃から、一部の魔法使いによる横暴がこの世界で行われている。そういう歴史でもあるかもしれない。


「おい、バカスタシア。おまえが生まれる前から住み着いてるらしいぞ。実際、いまエルフを迫害してるのっておまえら魔法使いだけなんだろ?」

「……ま、そういう側面もあるようです。ちなみにわたしはアナスタシアですよぅ、脳なし」

「というわけらしいから、あなたが迫害されていたころの人間はもうひとりも生きてないみたいでしょう。もう、だいじょうぶなんじゃないですかね。エーダも、外へ出てひどいめに合わなかったろ?」

「あ、うん。そういえば」

「なんと。もう、そんなことになっていましたか……月日が経つのは早いものですね」


 エルフの感覚で言えば、だいたい八〇年ぐらいのことなのだろうか。

 平均寿命ぐらいは生きているであろう老エルフは、ひげに埋もれた顔でなんども頷いていた。


「わかりました。このたびエーダを連れもどしたのは、私の無知でした。これからすこしずつ、エルフは社交的になっていくかもしれません」

「……うーん、どちらかといえば猛反対ですねぇ」

「おまえはだまっとれ。よかったな、エーダ」

「うん。これでまた、快三に魔法が教えてあげられる」


 にこりとエーダは笑う。実にすがすがしい解決を迎えた。

 ……と思ったのだが、アナスタシアは気に入らないようだった。

 なにがそこまでこいつを頑なにさせるのかわからないが、どうせたいした理由ではないのだろう。

 顔が赤いから気に入らないだとか、リンゴがボケてたからあの地を滅ぼそうとか、そういう魔王のような奴だ。


「なにがダメなんだよ。言ってみ」

「わたしにくらべたらエルフなんてもう昆虫ぐらいのザコですけど、アリのように脆弱な一般人どもには逆立ちしても敵わないわけですよぅ。いざエルフが外に出はじめたら、ちからの均衡がとれなくなるじゃないですかぁ」

「おどろいた。おまえ、けっこう真面目に考えてたのな」

「アリのような奴らでも、いないとおもしろみが減りますからねぇ。にゅふふ」

「……ま、動機はおいておく」


 意外と世の中のことを考えているアナスタシアだった。

 その考えにも、納得できないことはない。エルフと一般人など、巨象とアリほどの差がある。

 基本的にすべての性能で一般人を上回るエルフが、魔法使いのように傲慢にならないという保証はない。

 たとえ老エルフやエーダのように、こころ優しい種族が主体であっても、だ。


「なるほど。むずかしいところですね。……どうでしょう。では森の一部を開放して、エルフと人間の共同生活を送る場所にするのです。そこで試験をすれば、エルフがどういうものかを知ってもらうこともできますし、われわれも人間に慣れることができます」

「独立させるのは危険ですから、その一帯を魔法使いが治める国の監視下に置かないと話になりませんねぇ」

「その条件でけっこうです。そうさせてくれるところはあるでしょうか?」

「んー……手近なところでは、〔ふわふわもこもこ王国〕でしょうねぇ。なにせ、トップの頭脳がアホですからぁ」

「わかりました。ではその国の代表のかたに、紹介していただいてもよろしいでしょうか?」

「そうですねぇ……にゅふふ。大森林でとれる収穫物の一部を定期的に提供すること。実験に人手などが必要な場合、貸与すること。あと、森の案内とかも頼みましょうかねぇ。紹介に関しては、こんなところで手を打ちましょうかぁ」

「わかりました。よろしくお願いします」


 話がまとまったようで、老エルフとアナスタシアはがっしりと握手を交わした。

 ピンク色の髪がざわつくほどに、あくどい笑顔を浮かべたアナスタシアは、やはりアクマと呼ぶべきかもしれない。

 〔実験〕、〔人手〕、〔貸与〕。この三つのワードからは、イヤなにおいがした。

 エルフを実験台にするという想像しか浮かんでこない。

 たかだかリルリラに紹介するだけで、それだけの利益を手に入れたのだ。

 中間搾取、恐るべしである。


「比較的、平和に解決したみたいだし、そろそろおいとましようか。暗くなったら森から出られねぇしな」 

「帰るの、泊まっていきなよ。あたしの天幕、けっこう広いの」

「それは誘ってるのか?」と、ヘラついた顔で聞いた。

「うん、だから泊まっていきなよ」


 どうやら、エーダはまだそういうことを理解して言っているわけではないらしい。


「これ。無茶を言うんじゃありません。またこんどにしなさい」理解している老エルフは止める。

「かぁーっ! なにも知らないフリをして、この牝狐がぁ!」

「おまえは俺のなんなんだよ」

「飼い主に決まってるじゃないですかぁ」真顔でアナスタシアはいう。

「……どうやら本気でそう思ってるらしいな。ま、ヒモみたいなもんというのは否定できねぇがよ」


 なにかしらの手段で金を稼ごう。強く、そう思った。


「とかいっているうちに、もう真っ暗だ」

「あーあ、快三さんがのんびりしてるからですよぅ」

「ああ、そうだよ。空が暗くなるのも葉っぱが赤くなるのも俺のおかげだ」


 木々の隙間からわずかに覗いていた光が途絶えていた。

 エーダはうれしそうに俺たちを自分の天幕まで引っ張っていく。

 アナスタシアは、なんらかの魔法を使い、帰れなくなったことをうさぎたちに伝えたようだ。


「さあ、おいで。あたしのお家に!」


 新たなる〔森〕で生まれたエルフは、歌いながら歩いていく。

 俺たちはその歌を聴きながら、彼女についていった。

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