第二二話 森の歌いまは絶え (中編)
クローバーグウィン大森林。
およそ北海道ひとつに相当する面積を持つ。鬱蒼と茂り、密集した木々のなかから日光を望むことは難しい。
猛獣、珍獣、特殊民族、豊富な食材がひしめく魔境で、東西南北で亜熱帯だったり寒冷地だったりするほどに広く、いまだ全貌を拝んだモノはいない。……らしい。
俺たちは突入するまえにうさぎ一号のつくった弁当を食べてから森に挑んだ。
ふわふわもこもこ王国側から森へ近づくと、ディヴォットのように複数、地面に穴が空いた場所があった。
そこまで歩くと、矢が飛んできた。
「この程度の小細工で、どうにかできると思ってるんですかねぇ」
「魔法の使えない一般人ぐらいには効くんじゃないか?」
アナスタシアは魔法陣で、俺は素の防御力で飛んできた矢を跳ね返しながら、鼻歌交じりに森へ突入した。
がさがさと木々の揺れる音がして、矢を射掛けたもの――エルフだろう――は、すばやく消えていった。
それにアナスタシアが〔追跡〕の魔法を放ち、エルフの住処をほとんど特定することができた。
森の外からでも見上げられる巨大な大樹――通称・世界樹の根元に暮らしているようだ。
エルフのスピードは俺たちからすれば遅いが最速で移動しているようで、まっすぐその方向を目指しているから、誤りという風には見えない。
目星のついた俺たちは、日が暮れる前に移動することにした。
アナスタシアは箒にまたがって超低空飛行し、枝や木を器用に避けながら通っている。
俺は四肢に灼熱のちからを流し込んで身体能力の強化、同時に〔加速〕で長距離ジャンプ移動していた。
およそ二時間ほどで俺たちは、森の中心部ちかくまで行くことができた。時速に換算すれば、二〇〇キロは超えていただろう。
ジャンプで森の上空に抜け出し、世界樹との距離をたしかめれば、もはや目の前だった。
天を衝くという文字通りに、空に向かって真っ直ぐ伸びたその樹は、どれほどの高さ、太さであるのか目測ではわからない。
「間近で見ると、さすがにでっけぇかな、でっけぇかな」
「ふん。大きくはありますけどねぇ」
どうやらアナスタシアは、徹底的にエルフが気に入らないようだ。坊主憎ければ袈裟まで憎いようで、唾を吐く真似をしながら世界樹をにらんでいた。
放置しておいたら、そこら中の枝葉を切り落とし幹を朽ちさせかねない。怒りの悪霊が取り憑いているようだった。
どうどう、とピンク色のたてがみを生やした牝馬をなだめながら、壁のように立ち並ぶ木々を超えた。すると、森のなかは急に拓けてくる。
草木を刈ったわけではなく、もともとこの場所だけが、広場のようにぽっかりとスペースができているのだ。
このあたりを住居として、エルフたちが暮らしているのだった。すこし見れば、あちらこちらにエーダの着用していた野暮ったい服を纏う耳長族たちの姿がある。
枯れた木や動物の毛皮などでつくられた衣服は、エーダが着ていたものより、もうすこし粗末なものだった。彼女は良い服を着られる身分のものだったのだろう。
「に、人間だ。それと、バケモノだ」
全身を茶色い毛皮に隠していた男エルフが言った。彼に釣られるようにして、いくらかのエルフが「ひぃっ」と息を呑むような悲鳴を上げた。
どうも、俺たちを怖がっているようだ。
突然、二足歩行のバケモノがやってきたら誰だって怯える。それを責めるつもりはない。
しかし、エルフたちが怖がっているのは、俺よりもむしろアナスタシアのほうだった。
「ひぃっ、じゃなくて、とっととおまえらの長を呼んでこいってんですよぅ!」
「おい、さっきからなにキレてんだよ。更年期障害か」
「ぬぐぐ……快三さんは知らないから落ち着いてられるんですよぅ。こいつらのことを」
アナスタシアから罵倒されて、エルフたちはさぞお怒りだろうと思ったのだが、どうにもそんな雰囲気ではない。
むしろより怯え、すくみ、イジメっ子にちょっかいをかけられている気弱な子どものようだ。彼らのなかのひとりが、逃げ出すように要求に応え、エルフの長を呼びに行った。
彼らはひどく遠くに行き、視線から身を隠すように木の陰、朽ちた木などで作られた天幕に隠れる。
「いや、なにも知らねぇけどさ。そんないきり立つことか?」
「立つんですこれがぁ。ま、知識のない快三さんに一から教えてあげるとですねぇ……」
と、アナスタシアはどこかからかメガネを取りだし、先生ぶって無駄知識講座をはじめた。
適当な相づちを打って聞き流しながら、周囲の様子を眺める。
自然を傷つけて生活している風ではなく、どちらかというとまたぎのように、猛獣の類を狩って食料にしているようだ。
それをいぶすための窯というのか燻製機というのか、そういうものが複数の天幕のひとつの割合で設置されていた。
たしかにこういった生活ならば、金を持たないのも理解できた。必要がないのだ。
あるいは必要があるにしても、それは積極的に外界に出る商人のような役割のエルフだけだろう。
そうじゃなかったから、きっとエーダは帰されたのだ。身なりからして、きっと外へ出るような身分ではないのだろう。
にしても、エルフの実態というのは、意外なモノだった。本来、人間の上位存在といってもよいほどの能力を持つのなら、もっと豪奢な貴族的生活を送っているとばかり思っていた。
蓋を開けてみれば、逆に人間などに見つからないよう、ひっそりを息を潜めているぼっち的種族だった。
「……というわけで、エルフは外世界からきた侵略者だったんですよぅ」
ちょうどよいところでピンク・ヘッドの講座が終わった。
どうもエルフは別のところから来た種族で、わりと気をつかうタイプだから引きこもって生活しているらしい。
矢で人間を追っ払っているという強気な種族かと思ったら、むしろその裏返しだった。
しかし、侵略までするような種族とは思えないような引っ込み思案だ。すこし、引っかかった。
「なるほど。だからおまえはエルフを嫌ってると」
「はい。まったく、ゆるせねぇですよぅ」
「今日一番のおまえが言うな出ました-」
俺が知っているなかで、もっとも卑劣な侵略――次元侵蝕で法の目を逃れているクズの言葉とは思えない。
しかし、こちらの人間の常識に照らせば、エルフは批難の的になっている種族のようだった。
「快三さん。わたし、すばらしい言葉を知っているんです」
「ほう、おしえてみろ」
「それはそれ、これはこれ」にっこりと、太陽の笑顔で言い放った。
「……アナスタシア、おまえが一番だ」
一番のゴミクズだよ。
アナスタシアがくだらない講座をしているあいだに時間が経ったようで、広場の向こう、世界樹の方向から杖を突く老エルフが歩いてくるのが見えた。たっぷりと白いひげを蓄えているが、その頭上におなじ色の頭髪はない。すっかり抜け落ちてるようだ。
ひげの奥の相貌から、人間で言えば七〇から八〇ぐらいの年齢に見えたが、エルフ換算ではいくつほどなのか。
エルフ族のなかでも、かなり立派な服装を汚さないように横倒された朽ち木の上に座り、彼は俺たちを見た。
「最近、商人ではないエルフが街に入りこんだのを見たのですが、知っていますねぇ?」詰問をしているような口調でアナスタシアは言う。
「はい。まぎれもなく、この集落のエルフのひとりです」そして、詰問されているかのように、粛々と老エルフは答えた。
「まて。別に俺は問い詰めにきたわけじゃない。っていうかおまえが仕切るな」
「うぬぅ。しかしですねぇ」
「いいから。で、えーとあなたが集落の長かなんかでいいんですかね。そのエルフを呼んできてもらってもよろしいですか?」
彼はそばにいた若エルフにぼそりとつぶやくと、若エルフはこくりとうなずいて走り去った。
数分もしないうちに、若エルフはエーダを連れてやってきた。
「快三。……と、あなたは」
「わたしは桃色魔法使い。快三さんが言うところの、わるーい魔法使いですよぅ」
顔がゆがむほどの悪相でアナスタシアは笑った。むき出しにした白い歯に威嚇されて、周囲のエルフは怯る。
エーダもびくりと背筋を引きつらせて後退した。
「威嚇するなっての。エーダも怯えないでいい。コイツは狂犬だし地獄の底みたいに性格がわるいが、見境なしでもない」
「エルフは見境つけた上での対象ですけどねぇ」
「だから威嚇すんなっつーの」
イジメっ子になったアナスタシアとイジメられっ子になったエルフたちを落ち着かせてから、俺はふたたび話をつづける。
「聞きにきたのは、なんでエーダがこっちに帰ってきたかってことです。俺はむこうで魔法を教えてもらってたんですが、その途中だったんで、ちょいとこっちまできたんです」
「それは、すいません」老エルフはもごもごと口ひげをうごかしながら言う。「ですが、この子が外へ出るのは、あんまりいいことではなくて……」
「それはこの集落の風習ですか。それとも、エルフ全体が人間と関わりを持ちたくないからですか?」
「どちらもですね。われわれは不意のこととはいえ、この森を乗っ取っていますから。それは、しかたがないことなのです」
老エルフはそういうのだが、街にきていたエーダは楽しそうだった。
彼のいうことはもっともらしい。ある意味ではただしいに違いない。
しかし、だからといって一〇〇パーセントではない。
種族の解答と個人の出す答えは異なるはずだ。
「あなたのことはわかりました。エーダに聞く。おまえは外に出たいのか?」
「え……っと、それは。……その、あたしは物売りじゃないから、外へは出ない……。途中で魔法を教えられなくなったのは、わるかったよ。でも、そうなんだ」
エーダは、うつむきながらいった。
喉につっかえる言葉をむりやりにひねり出して、ぽつぽつと。
言葉とは裏腹に、表情は雄弁に物語る。もはやそれ以上聞く必要はなかった。
「わかった。おまえは自分の意思でもどったわけじゃないし、外に出たいんだな?」
周囲のエルフたちがざわついた。それは集落にとって衝撃的なことだったらしい。
「外へ出たいのか?」
「ちがう。あたしは、そんなこと……」
老エルフとエーダは緊張していた。彼にもエーダの考えていることは、飲みこめたようだ。
その本音を知ったが、しかし彼はそれを許そうとは思っていないように見えた。
罰するほどではないにしろ、エーダが連れもどされるほどのことだ。やさしい処遇にはならないかもしれない。
「メンドクセェですねぇ。この集落つぶせば、そこのエルフもへっぴり腰たちも外へ出ざるを得なくなるじゃないですかぁ」
そのシリアスな雰囲気を、耳かっぽじっていたアナスタシアがぶち壊した。
「なんでもかんでもパワーで解決とか、どこの脳筋だよ」
「なにをいうんですかぁ。わたしはりーっぱな魔法使いですよぅ。道理も条理もねじ曲げて目的を果たす。古来より、不可思議を現象たらしめ、解説のできない理不尽を魔法という言葉で押し通す。これが魔法使いじゃなくて、なんだっていうんですかぁ」
「よーくわかった。おまえだけじゃなくて、魔法使いそのものがダメなんだな」
「そういうことです。人を超越したパゥワーを持つわれわれが、どうして傲慢にならずにいられましょぅ!」
そうだった。世界はこいつらで維持されてるんだ。そりゃ独占権でわがままし放題だ。
育ち盛りのガキのままそだった筋金入りのバカだ。強制しようもない。
「ってわけでエルフのみなさん。この魔法使いの要求に従わない場合、最悪の事態も想定できるんで、おとなしくしてください」
しかし、その提案に乗った。俺も脳筋だった。
まるで銀行強盗みたいな口ぶりだ。客観的に自分を振りかえりたくはないな、と思った。




