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マグス・オルタの遍歴  作者: 山田一朗
04. VS妖精
20/32

第二〇話 半熟オルタ魔法修行! (後編)

 エーダの細い指が砂で踊った。

 舞うように強弱をつけて描かれたモノは、ひとつの文字だ。一字だからか多重の情報が浮かんで見え、渋滞を起こしたかのようにあたまがくらくらしてくる。

 〔火〕という意味が一番大きく、強く主張していたが、付随するほかの情報もけして小さくない。


「うえ、気持ちわるい。翻訳魔法とは相性がよくないな」

「自分……で使えるわけないね。じゃあ、強制状態か。制御……ができるように、あたしが教えてるんだし」

「うむ。一刻もはやく頼む」

「エラそうな生徒め」


 いま俺は、魔法文字についての講義を受けていた。

 街中で見た象形文字とアルファベットの中間ぐらいのモノとちがい、ライン自体が簡略化されていた。アルファベットとルーン文字、それとカタカナを混ぜ込んだようなモノで、読みやく書きやすいようにかなり進化したものにみえる。

 それは常用文字と魔法文字の違いではなく、どちらかというと技術、文明の差にも思えた。


「否定はしない。しかし〔火〕の文字が、どうやったら魔法につながるんだ?」

「あなたも知ってるだろうけど、魔法陣となって展開されている模様のようなものが、魔法文字の連なりになるの」

「そうなのか。ってことは、魔法使いたちはいちいち魔力であの模様を描いてるってこと?」


 もしそうだとしたら、非常にまずかった。

 美術の成績はまったくよくないし、アレだけのものを覚えきれるほど記憶力もない。

 ましてやそんな魔力の微細コントロールができる気もしなかった。


「そうともいえるけど、あたしたちが日常的に使うコモンの魔法は圧縮されているの。それをなんらかの方法で伸張することで、本来ならば長期にわたる儀式を飛ばして、即座に魔法を発動させることができる」

「なるほど。そのなんらかの方法ってのが合えば、誰でも理論上は魔法が利用可能ってわけか」

「そういうこと。だとしても最低限の知識と技術は必要になるけれど」

「いちおうの覚悟してるよ。できることでやればいいんだろう」


 彼女のはなしによれば、いわゆる〔新魔法〕や〔独自魔法〕を開発する場合は、魔法文字に関して相当の知識を身につけなければならないが、既存のものを流用するなりするならば、それこそ子ども程度の理解度で済むようだ。

 家電製品は作れなくても、つかうことはできる。進化した製品の新機能は説明書を読む必要はあるだろうが、設計できるほどに熟知する必要はないらしい。

 考えてみれば当然のことだ。大学院レヴェルの知識がなければこの電子レンジは使えませんよ、なんてことになったら、そんなものが流行るわけがない。


「そう。でも、覚えておいてそんはないから、あたまにたたき込んでおいてね。特に超能力者みたいなあなたの場合、感覚で魔法を組み立てるタイプだから」

「わかった、努力はするよ。期待にそえるかどうかはわからないけど」

「うん、素直でいい。つぎは、いまの魔法文字をつかって、基本的な魔法〔点火〕をやってみて」

「ライターの魔法か。〔熱線〕とどう違うのか、たのしみだ」

「熱線?」はて、という顔でエーダは小首をかしげた。

「ああ、俺が勝手にそう読んでる能力のひとつ。ええと……」


 あたりを見回してみると、地上は草と土と砂ばかり。空は高層ビルなどがないからまったくふさがれておらず、気持ちいい。向こうには木々が生えそろっているが、近くはなかった。

 ひとけもなく、ちょうどいい。空に向けて放てば危険はないだろう。

 俺は右腕を空に向けて、胸のマグス・ハートから灼熱の鼓動を伸ばした腕に送り込んだ。

 赤いラインが輝き、腕から閃光のような炎の舌が伸びた。

 火炎放射器のようにガスや油を燃やしていない純粋な炎だから、わずかに焦げ臭いだけでほとんど異臭はなかった。

 となりを見れば、エーダはいつかのように、また口をぱくぱくさせている。餌を常備しておく必要がありそうだ。


「すさまじい威力ね。加熱量系の対人魔法なんて覚える必要がないぐらい」

「いや、コレがぜんぜん。悪の魔法使いにはかんたんに防がれるんでな」

「アレを?」こんどは口ではなく、目をぱちくりさせながらエーダは俺のほうを見ていた。

「そう。薄っぺらい魔法陣で四散させられてるよ」

「……その魔法使い、かなり強力なのね」

「だろうよ。すくなくとも、俺が知ってるなかじゃ最強のひとつだね」


 誰とどうやって倒したのかはしらないが、〔炎〕のドラゴンを撃破しているのだ。それが弱いはずがない。

 〔水〕のドラゴンとは相性がわるかっただけなのだろうが、倒しうるだけのスペックは備えているはずだ。

 オリジナル・スペル〔次元蝕〕は、消耗さえ度外視すれば最強の盾と矛を同時に装備しているようなものだろう。

 打倒しようと思えば、最低でもそれをどうにかするぐらいのちからは必須だった。


「とんでもない環境ね、あなたのまわりって」

「住めば都とは思えないぐらいにはな。……はぁ」

「ちょっとばっかり詰め込みましょうか。想定してたのじゃ遅いみたい」

「おう。なんとかついていくよ」


 そういって、俺はエーダから砂に描かれた〔点火〕の魔法陣を見せられ、それぞれの文字の意味とつながり、配置、図形による方向などのレクチャーを受け、あたまにたたき込んでいった。

 砂に描かれた魔法陣を指でなぞり、日の位置が目に見えて変わるほど、なんども繰り返す。地面がえぐれて底に指が触れなくなるほどやって、ようやく完全に記憶した。あとはコレを俺のやりやすい方法で魔法陣として出力するだけなのだが、それがむずかしかった。

 どうやってイメージしても、発動するのは魔法ではなく〔熱線〕だったのだ。


「ダメだ。できない」

「切り替えがうまくいってないのね。いまの超能力者状態じゃなくて、魔法使いとしての自分を意識して」

「魔法使い……」


 そういって脳裏に描くのは、地面をひきずるようなローブを着てねじれた木の杖を持つ人間状態の自分だ。

 あまりにも滑稽で吹き出してしまう。似合わないこと甚だしい。

 問題はわかっている。ようは集中力が足りていないのだろう。

 スウィッチのように、パチリと自分を魔法使いにするだけのイメージが不可欠なのだ。

 目をつむり、自分が変革するためのイメージを探っていく。


 寝る/起きる。――違う。

 

 動く/止まる。――そうじゃない。

 

 もっと、人間としての種すら超えるような。


 変身/もどる。――それだ。


 目をつむったまま、人間姿の自分自身を思い浮かべた。

 彼はどこからか現れた太陽のごとき赤い真円に焼かれ、黒いボディに赤いラインが走る異形のバケモノに変わってしまう。

 俺が想像するのは、そこからさらに先の姿だ。胸の中心に存在するコアに再接続、傷を広げるようにして、さらに自分自身を魔法という存在に適合した姿へ変えていく。

 外側に魔法陣を作るというよりは、躰に走るライン自体を魔法陣にするような。

 魔法陣というフィルターを通して、コアから放たれる灼熱のちからにイメージを加える。

 すると、いままでにない感覚があたまの天辺からつま先まで震えるようにしてやってきた。

 コンタクト・レンズをしたかのように、見える世界、感じる世界、すべてがクリアになっていく。

 よりあざやかに、より純粋に、より際だって、より細やかに。

 それが魔法というものをイメージして、受け入れ、直視したこの世界のほんとうのすがただった。


「なんか、きた……」

「出てる。魔法陣、出てるよ」

「おおっ」


 俺の右手には、小さいながらも灼熱色に輝く魔法陣があった。それは何百回となぞった〔点火〕のカタチをしていた。

 胸のマグス・ハートから供給されるちからで、もはや魔法陣それ自体が、燃え出すのではないだろうかというほどにキラキラと。

 はっきりいって感動していた。世界に。そして魔法に。すべてが新鮮で、生まれ変わったような思いですらある。


「ちょっとまって。それ、なんか、変だ」

「ケチつけんな先生。俺のはじめての魔法だ。よーく見とけよ」俺は右腕を高々と掲げ、待機状態の魔法陣を発動させた。「いけ、点火ァ!」

「ちょっと、ま――」


 エーダの声はかき消された。

 ちいさな魔法陣から放たれたのは、ライターのような小さな炎などではなかった。

 周囲数百メートルを焼き尽くすような猛火となって、砂を、大気を、空を焦がしていく。

 〔点火〕というよりは、もはや〔天火〕だった。

 〔ふわふわもこもこ王国〕の首都からでもはっきりわかるほど赤々とした炎となった点火は、数十秒にもわたって燃えさかった。


「……おい、エーダ。なんだこりゃ」

「あたしが聞きたいぐらいよ」


 すくなくとも、俺の魔法は考えなしにつかえるようなモノではないということは、たしかだった。

 そして、天を焦がす炎を見た幼女たちにめちゃくちゃ怒られるのだった。

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