第一八話 半熟オルタ魔法修行! (前編)
俺たちがニートをはじめて、はや一週間。
いまやアナスタシアは〔Ms.テイクの山〕に引きこもっている。
本来ならば、すでに屋敷へもどっている日程だ。
しかし、アナスタシアが倒れたこともあり、大事をとって二、三日ほどここにいようかということになって自堕落がはじまった。
ここにいれば食事はうさぎ一号が用意してくれるし、洗濯は犬四号が、掃除は猫二号がやってくれる。
じぶんでなにもやる必要がなくなって、アナスタシアは完全にだらけはじめた。もともと勤勉のようには思えないから、これが地なのだろう。
そうこうしているうちに、あれよあれよと一週間である。
俺は嫁の実家で暮らす婿養子のような気持ちだった。
いたって快適で住み心地よく、食べものもうまいし、猫二号や犬四号と遊んでやったりするのも安らげる。
しかし、肩身が狭い。
アナスタシアほど図々しくなれない俺は、ヒモになったような気分で、どうにも胸を張れない。
お天道様に顔向けて歩けない気がしてしまう。
せめて、と家事を手伝ったりはするのだが、それだけのことでいいのだろうか、と思ってしまう。
そのあいだ、
「快三さんは、この世界に慣れたほうがいいですねぇ。ちょうどいい機会です」
などと、ニートのアナスタシアから小遣いをもらい、見聞を広めるなどという名目で遊び歩く毎日だ。
家族に寄生するニートに寄生するヒモ。あまりにもひどすぎる。
我ながら、なさけなさすぎて涙もでない。オルタ形態だと物理的に。
まあ、遊びには行くのだけども。
「いってらっにゃーい」
「おみやげよろしくわん」
「おう、いってきます」
ふたりに見送られて、街へ行く。
というわけで〔ふわふわもこもこ王国〕の首都〔めぇめぇ・ひひぃん〕を、ぶらぶらと人間形態で歩いていた。
文化レヴェルは高く、道は石畳によって舗装されていて、平坦につくられていた。
家屋などはレンガ作り、石造りのものがほとんどだが、それは鉄筋コンクリートなどの建築材をつくりだす必要がないからに思える。魔法による人為的災害以外は、地震などもすくないのだろう。
下水道もあるし、首都には上水道もつくられている。田舎ではまだ井戸や川水をつかっているところもあるそうだが、それは現代日本もおなじだ。
行き交う人びとの衣服も清潔を保っているし、シルエットやつくりもいいものばかりだ。アナスタシアがセーラー服を着ていたように、見慣れた衣服も数種類ある。うさぎ一号や猫二号たちが拉致された際に着ていたモノを、地元の職人が参考にしたのかもしれない。
さすがにナイロンなどの合成繊維はないようだが、その分、動物の体毛や植物でつくった製品などは充実していた。
娯楽もヴィデオ・ゲームなどの電気関係こそないが、ボード・ゲームやカード・ゲームはかなり充実していた。
おもちゃ屋で開かれている顧眄書に混ざろうと眺めていたが、ボード・ゲームはだいたいがTPRGのようでルールが複雑すぎた。
TCGは実際の魔法をモデルにしたらしく、かなり緻密につくりあげられてあるようだ。
小学生ぐらいの男の子でさえ手札と場を見る眼はギラついていて、勝負師の匂いをさせている。
カジュアルにプレイするような雰囲気ではなく、かといって女の子たちにまざる勇気もない。
カードやボードから魔法仕掛けでグラフィックや効果音が飛び出していて、ほんとうに楽しそうだったのだけども。
ゲームはあきらめて、街をぶらつくことをつづけた。
思えば着の身着のままで拉致されて、ずっと学ランかバケモノ姿であったことを思い出し、服屋を冷やかしたりなどしているうちに、街にひとつ、高くそびえる塔から鐘が鳴った。昼を告げるものだ。
「さて、と。なににしようかな……」
安い靴を一足買って、冷やかしを止めると、広場まで歩いていく。
広場は街の癒しスポットで、その中心には噴水があった。見ているだけでキレイだからか、観光客にも人気がある。
円形状の広場には、あちらこちらに屋台が出ていた。
昼食はレストランに入るのではなく、屋台で食べるようにしている。
値段が安いというのもあるが、こちらの世界でのマナーがわからない以上、気取らなくていいというのがよかった。
昨日は、麺と肉のスパイス炒めを食べた。すこし油っぽかったが、バリ風焼きそば、というような感じで実に香りがよく、なかなかうまいものである。ビールかなにかで、油っぽくなった口を洗うようにして食べたらもっとうまいのだろう。未成年だから酒は飲めないが。
おととい食べた串焼きの店は、濃いめのたれが炭火で香ばしく焼けた風味がよかった。
さきおととい食べた焼きめしも、とうがらしのような辛味を効かせた味で、夢中になってかっこんだ。
全体的に、このあたりではおつまみになりそうなものをメインに売っているようだった。近くの屋台で麦酒を出しているのも関係しているんだろう。
串焼き屋から、炭火ですこし焦げた香りが漂ってくる。
「かりっ、じゅわっ。焼きたての串焼きだよー!」
「うまい、やすい、はやい。ピリ辛の焼きめしいかぁっすかー!」
「焼きめしと串焼きの組み合わせというのもいいな」
元気よく米粒が宙に舞い、炒められていくのを見ていると、だんだんそういう気分になってくる。
氷菓を出す店も盛況しているようだ。フルーツ・ジュースと砂糖を混ぜてつくった氷を掻いたのに、とろりとしたクリームをかけて食べるかき氷なんかも、食後にどうだろう。
うん、わるくない。わるくないぞ。
だんだんそういう気分になっていた時に、サンドウィッチ屋台の前で騒がしくしている少女を見つけた。
腰までかかるパステル・グリーンの結い髪をしていて、かなり痩せている。しかし、儚いという印象はなかった。むしろ、その躰にはたっぷりの元気を詰め込んだようだ。
ここらあたりの住人にしては衣服が洗練されていなかった。やや野暮ったいカントリィ系をまとっていて、痩せた躰に不格好なシルエットが似合わない。
おそらく、もっと田舎からでてきたのだろう。
気になって近づいてみると、やりとりが聞けた。
「だからね、お嬢ちゃん。ウチは物ぶつ交換はやってないの。いまの時代はお金で取引するの。お・か・ね。わかる?」
「こっちのお金なんて持ってないよ。だからコレでちょうだいって言ってるの。ほんとうはこの食事よりもぜんぜん価値があるんだから。おじさんがあとで換金しにいけばいいじゃない」
「いやいや、そうはいかないよ。そういって騙されたら、俺はおまんま食っていけないんだから」
「あたしが騙すわけないでしょ。きっかり価値があるものなんだから。見る人が見れば、そのサンドウィッチが何個買えるか」
「だったらそれだけのお金に換えてからきてほしいんだけれどねえ」
どうにも、田舎娘は困りもののようだった。貨幣が流通していないぐらいのところからでてきたようだ。
その問答は止まる気配もなく、屋台のおじさんはどうしたものかとため息を吐くほどだった。
野次馬どもを掻きわけて入り田舎娘を見ると、その手に持っているのは、なんかの木でつくられた道具らしかったが、たしかにがらくたに見えなくもない。木製のおもちゃというには細工が凝っているが、なにに使うかはわからない。
もっと価値がわかりやすい小粒の宝石だとかだったら、まだ、はなしは違ったのだろう。
「あのね、そうはいかないから困ってるんでしょうが」
見るに見かねて割り込む。ポケットからサイフを取りだし、サンドウィッチの料金を取り出す。
屋台のおじさんは助けがきたという目で、田舎娘はきょとんとした目で俺を見る。
「これがお金。で、お嬢ちゃんの出してる道具を俺がもらう。これで丸くおさまらない?」
「お嬢ちゃんがいいなら、俺はそれがもっともいいと思うんだが」
「うん、それでいい。じゃ、コレもらうよ」
「あい、まいどあり。こんどはお金もってからきてね」
助かった、という目で俺を見ていた屋台のおじさんは、感謝のウィンクをひとつよこした。
どうせなら田舎娘のほうから欲しかった。
田舎娘が受け取ったサンドウィッチを見ていたら、新鮮なハム、みずみずしい野菜、この国の名物のチーズなど、具材をふんだんに挟み込み、白いソース――マヨネーズのようなもの――で味付けしたそれは、かなりうまそうだ。
サンドウィッチ。わるくないぞ。広場でサンドウィッチ、しかも青すぎるほど青空の下だ。
焼きめしと串焼きという気分はすっかりすっ飛んでしまった。
「俺もひとつもらうかな。汁ものとかもある?」
「はい、まいど。とろみをつけたコーンのスープがあるよ」
「コーン・ポタージュか。それもつけて、ふたつね」
「はい、まいどありい」
紙に包まれたサンドウィッチと使い捨てカップに入ったコーン・ポタージュを受けとり、代金を支払う。深いしわのあるすこし小肥りのおじさんがにっこり笑っているからか、こういう店のものはやたらうまそうに見えた。
ポタージュのまろやかな香りが鼻をくすぐった。顎を撫でる湯気が一層、腹を空かせる。
いますぐ立ったままサンドウィッチにかじりつきたいところだが、それをぐっとこらえる。
近くのベンチに座っていた田舎娘のところへ行くと、スープのカップをひとつベンチに置いた。
「さっきの、サンドウィッチがいくつか買えるぐらいの価値なんだろ。奢りだ」
「……ありがとう」
はむはむとリスかハムスターのようにちいさく囓っていたサンドウィッチから口を離し、田舎娘はコーン・ポタージュをくんくん嗅いでから一口すすった。
行儀がわるい。見た目はすこしキツそうなキレイなお嬢さんという雰囲気なのだが、いい教育は受けていないようだ。
「おいしい……」
にっこりと目を細め、口角を上げた。もう一口啜って、サンドウィッチを囓るのにもどる。
俺がしたら口元が緩んでだらしないと言われるのだろうが、美人がするとそれだけで絵になるような笑みだ。
実にもったいない。これで教育が行き届いていれば、どこぞのお姫様と言われても納得できそうだというのに。
「となりいいか?」
「この椅子は、あたしのじゃないからね」
「そりゃどうも」
訂正。あと、もうすこしばかり人に当たりがよければも追加。
となりに座り、俺もスープを一口飲んだ。
塩気がすこし足りない気もするけど、コーンの甘みを押しだした味付けなのだろう。これはこれでうまい。
そして、メインとなるサンドウィッチの包装を解いてかじった。
チーズの塩っ気、シャキシャキした野菜の食感、良い香りのハム、小麦の甘みがあるパン、それをマヨネーズ・ソースが、バラバラになりそうなメンバーをオーケストラにまとめ上げている。
バリ風焼きそばや串焼き、焼きめしといった油っぽいものに比べれば、インパクトは薄いだろう。しかし、これはうまい。
口のなかのものを飲みこんでからスープをもうひと口飲むと、塩気が少ない理由が理解できた。それはサンドウィッチが引き受けているのだ。
サンドウィッチで塩っぽくなった口にコーン・ポタージュのやわらかな甘みが入ってくると、またサンドウィッチが囓りたくなる。
これはふたつで一セットの料理だ。組み合わせの妙である。
「ごちそうさま」
はむはむと、永遠に終わらないのであろうかというぐらいちまちま食べていた田舎娘が、くしゃくしゃと包装を丸めていた。
ずいぶん腹が減っていたのだろう。その表情はだいぶ満ち足りたものだった。
俺は彼女と違って大口なので、ばくばくと食べてしまった。食べ終わった時間は、ほとんど彼女とかわらないぐらいだった。
「ごっそさん、っと。そういやアンタ、これからどうするの」
「どうって?」
彼女がゴミをどうしようかときょろきょろしていたので、俺はそれを受け取り、近くを歩いていた掃除夫に渡した。
景観のためにゴミ箱のようなものは置いていないのだ。
「いや、金がないんだろう。ここまで来るのに使い果たしたのかしらないけどさ」
「ええっと、まあ、そんな感じかしらね」
そっぽを向いて、遠い空へ視線をそそぎながら言う。
あきらかに誤魔化せていなかった。どうやら、最初から金もなしにこのあたりまできたらしい。
純粋培養な田舎娘だ。
翻訳魔法が方言のニュアンスにまで対応してたら「おら、とーきょーさ行くだ」みたいな感じになっていただろう。
「乞食で金を手に入れるって方法もなくはないけど」
「山のてっぺんから種投げてるつもり?」
よくはわからないが、口調や表情から「バカにしてるのか?」という意味の独特の言い回しであることがうかがえた。
「いや、わるかった。最近、性格のわるい奴とばかりつるんでたから、影響されてたみたいだ」
「なら許してあげる」
口をへの字に曲げてはいるが、そんなに気分は曲げてないらしい。性根のいい娘さんだ。
にしても、アナスタシアに影響されすぎてるようだ。
「お詫びに、アンタの道具を換金できる場所まで案内するよ。雑貨屋でいいのか?」
「意外ね。ただの人間じゃないから、道具の使いかたぐらいわかると思ったのに」
「――なんだって」
「だってあなた、ふつうじゃないもの」
急に足下がぐらついたような気分だった。
なにを根拠にそういったのか。
俺はいま、ちょっと走っただけで、ぜーはーする程度の無力な人間形態だ。
「そんなことないよ。俺はいつだって善良一市民のつもりだぜ」
「言いたくないならいいけれど、魔力ぐらい隠しなさいね。バケモノみたいなちからがだだ漏れになってるよ」
どうやら、ただの田舎娘と出会ったわけではないようだ。
彼女とのデートは、すこしばかり厄介になりそうな気がしていた。