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マグス・オルタの遍歴  作者: 山田一朗
03. VS失敗作
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第一六話 ダイタンの幼女 (余談)

「オラッ!」


 右腕より放った〔熱線〕が呪物のバケモノに直撃した。焼け焦げ、いやな匂いが立ちのぼる。怪物はそんなことには気にもとめず、臓物が腐ったような息を吐いて、口角をつりあげた。

 高熱攻撃は通るけど攻撃力がなさすぎるのか、もしかしたら高熱自体が効かないのか。すくなくとも〔熱線〕程度の攻撃は、まったく効果がないようだった。


「また、こんなやつがあいてかよ!」

「うにゃうにゃいわないのぉっ、〔れいそう〕!」


 白い魔法陣が密に重なってリルリラを飾り立てた。ふわりとなびくフリルのごとき光のドレスは、あまりにも美しすぎてこんな状況にはそぐわないが、それを理解できないほど彼女はおろかではない。すなわち、それは礼装――戦闘装束なのだ。

 ドレスを見てまぶしそうに呪物のバケモノは眼を細めた。それは弧状にゆがみ、まるで笑っているようにも見える。

 いや、実際に笑っていたのかもしれない。それが腐った脳みそからくる誤認なのか、自分とあいてをよく理解してのものなのか。後者だとすれば、どれほど状況は苦しいものか。


「リルリラ。あいつのガード、突き破れそうか?」

「んぅ。できないよぉ。そーいうのむいてないもん」

「だろうなぁ」

「がんばってね」

「あいよ」


 軽口で応えたが、呪物のバケモノは〔熱線〕すら効かないのだ。そんなあいてをぶっ倒さなければならない。

 戦闘において防御は最重要だが、それはあいてを倒せる攻撃をもったこと前提だ。そもそも倒せなければ、それはただ亀が甲羅に引きこもっているにすぎない。浦島太郎が助けにくるわけじゃないから、俺たちは自分の手でこの状況を脱しなければならなかった。

 ドレスを維持するためか、〔かべ〕が消えた。

 バケモノは異形をぶるぶると震わせて、躰のなかからタコともイカともちがう触手のようなものを飛ばす。


「ジカならどうだっ!」


 胸のマグス・ハートから赤いラインを通り抜け、俺の右手が赤く輝いた。高速で飛び、リルリラを狙った触手をつかんで〔炎〕のちからを流し込む。

 じゅうじゅうと下水道にたたきこまれたような匂いが嗅覚を刺激した。掴んでいた触手がどろりと溶け、地面に落ちた。その液体ですら地面を溶かし、わずかに育っていた雑草を汚染する。

 しかし、これは収穫だ。直接〔炎〕を流し込めば効くということがわかった。

 ふしゅう。とまたバケモノは息を吐いた。いや、吸った。腹部が以上にふくれあがるほどに。

 まずい、と思った瞬間、バケモノはすでに息を吐いていた。

 濁流めいた汚染のブレスが大気を奔った。

 黒緑色が世界を汚染していく。


「〔かべ〕!」


 リルリラが障壁を展開するが、汚染のブレスはそれを回り込むようにして抜けてくる。

 低酸素状態には適応できていたが、このブレスに対応できるかはわからない。防御力をあてにするのは危険だろう。

 焼くには広範囲まで広がりすぎた。このままでは周囲に被害が及びすぎる。ましてや七番処理場では、呪物の影響はちいさくないはずだ。

 頭脳は急回転し、この状況に最適たる能力が導き出された。

 できるかどうかは問題じゃない。やるしかなかった。


 イメージは孤島に住まう支配竜。海よりも青く空よりも蒼く、惑星の七割とすべての天に満ちている。

 故に、世界は秩序によって統率される。


「オオオォォォッ!」


 全身を走るラインが赤から青に塗り替えられた。それを認識するまもなく、青色のコアを全力駆動する。

 数百回もやられたことだ、感覚だけは知っている。だから、俺にはできるはずだ。いや、できる!


「歪めェ!」


 あらゆるものを侵そうとする黒緑色の汚染を認識、吐き気を催すような邪悪さが肌に張りつくように感じられた。粘土でも捏ねるかのように、無窮に広がろうとするその害悪を圧縮するようなイメージを空間に働きかける。

 汚染のブレスは、ある一点を境に集束しはじめた。引力場が発生したかのようにまとまった黒緑色は、固体にも液体にも見えた。

 漏斗的にあつめられたブレスはしかし、その速度をゆるめても止まることがなかった。奇妙にうねるかたまりは、すこしずつ俺に近づいてくる。

 避けようと思えば避けられるはずだった。だが慣れない〔支配〕をしているせいで、すこしでも動けば緊張が解けてブレスは拡散しかねない。できることと言えば、せめて覚悟を決めることぐらいだった。


「南無三ッ!」


 景色は時間を引き延ばされたように見えた。遠くでリルリラが息を呑むのがわかった。直後、黒緑色のナニカに俺は包まれた。

 どぷん、というヘドロにでもたたきこまれたような嫌悪感といっしょに、手足の先からしびれるような冷たさが染みこんできた。

 世界はおなじ黒緑色。幕で覆い尽くしたかのように一片の光すらなく、なにも見えない。

 知ろうとするまでもなく、ダイレクトに繋がるように理解できた。これらはすべて呪いだ。あいてが不幸になるように祈る程度のものから、なるべく苦しませて死なせようさせようとするほど凶悪なものまで、すべていっしょくたに詰め込んでいる。

 すべての呪いは、俺を殺すためだけに動いていた。見たくもない過去と罪、罰が下される。

 はじまりの罪は母親を苦しめたこと、下る判決は轢殺。俺の躰を極大の車輪が踏みつぶしていく。


「あ、がああああああっ!」


 骨という骨、肉という肉、血という血、すべてがへし折れ、つぶれ、飛び散った。

 次いでこの世のあらゆるものを尽くさねば生きていけない人間としての性、ことなる罪に新たばる罰が下った。判決は磔刑、引き裂かれんばかりに四肢を引き延ばして固定され、飛来するつぶてにじわじわと苦しめられる。

 いっそ、と思うほどに長いあいだ、俺は殺されていた。

 虚偽による罰、違反による罰、すべての過去をさらいあげ、前世の罪すらを裁いていく。

 行為のすべてに〔死ね〕という感情、意味、意思が満たされていた。

 爪を剥いで塩水につけて指先からなます切り。まぶたを切り裂いてむき出しにした眼球をたいまつで焼いていく。生きたまま猛禽類についばまれ腐り果てる。


 ――殺せ。


「ああああああああああああっっっ!!」


 涙が溢れ、喉から血が出るほどに叫ぶ。恐怖によって脳が萎縮するほど、神経に直接、針を突き刺したような無限の恐怖と苦痛を味わっていた。

 どうしてこんなことをさせられなければならないのか。俺は単なる、すこし不幸なだけの一般人だ。こんなことをされて我慢できるほど強いつくりをしていない。

 麻痺していた脳に麻痺を重ねられて正気にもどっていた。狂わせてすらもらえない。

 アナスタシアに拉致されてから、いいことなどひとつもなかった。これはその極限だ。

 必死で誤魔化していた自分が強制的にとりもどされる。もう誰でもない自分、永久に孤立したバケモノが、どうやって救われるというのだろう。

 涙と声が枯れ果てた。思考が削られていく。

 血と肉をそぎ落とされ、むき出しになった骨に鉄のごとき突風がたたきつけられた。

 なすすべもなくへし折れ、粉となって飛び散る。

 残っているモノなどなにもないのに再生して、また一からべつの苦痛が与えられる。


 ――ふざ、ける、なよ……!


 もがいても事態は変わらない。濃すぎる密度のせいだろう、圧縮したすべてが俺ひとりに向かっているのだ。人の精神をすりつぶすなど、赤子の手をひねるよりもたやすい。

 だが抗わずにはいられない。振り切った精神はねじ切れていた。冷静でなどいられない。

 そこに、一筋の光が射し込んだ。

 白いなどというものではない。陽光よりも清らかで純白、いまの俺にとっては神聖にして唯一だ。

 千切れよとばかりに手を伸ばし、その光を引き寄せてつかむ。闇は無数にひび割れて、消し飛んだ。


「〔じょうか〕。……おかえり」


 たちもどった世界には、浄化のドレスをたなびかせる神聖なる幼女が微笑んでいた。

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