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マグス・オルタの遍歴  作者: 山田一朗
03. VS失敗作
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第一四話 ダイタンの幼女 (後編)

 産業廃棄魔法処理施設は、すさまじい大きさだった。

 端から端まで歩くだけで疲れてしまいそうなほど広く、縦横を大きな石壁で囲っていることから、きわめて厳重に注意していることがうかがえる。それは建造された位置が国の端であることも関係しているのだろう。中からだけでなく、外からの害も考慮しているのだ。

 門にはふたりの警備員がいて、厳しい目であたりを見回していた。俺たち――正確には、リルリラとアナスタシア――を見つけると、彼らは敬礼をして出迎えた。


「ご苦労様です!」

「んぅ。ごくろーさまー。あけてくれるー?」

「はい。すこしばかりお待ちください!」


 彼らのうち、ひとりが門から離れて歩いていった。しばらくすると門は開かれたが、しかし、それだけではその向こうへ渡ることができない。こちら側から内部へ入るための通路がないのだ。

 門が開いたのを確認すると、残っていたもうひとりの警備員がポケットから取りだした通信機で内部と通信をとった。すこしすると、内部から橋が倒れ落ちてきた。警備員が橋をこちら側と固定して、ようやく通れるようになった。


「どうぞ」

「あい。ありがとー」

「どーもぉ」

「お疲れさまっす」


 見た目が少女と幼女のふたりへはにこやかな顔をするが、面識のない俺にはとても警戒した目を向けてくる警備員である。

 実に優秀だ。俺だって初対面で、なぜか知らないでくっついている男なんて不審者だと思う。

 その絡みつくような視線がうっとうしい。どうして連れてこられてしまったのか。

 門をくぐって橋を通った先は、四角い建物がいくつも並んでいた。あれらのひとつひとつで〔産業廃棄魔法〕とやらを処理しているのだろう。


「でぇ、〔無〕はどのあたりに?」

「ななばんしょりじょーのちかくだよー」

「七番っていうと……うげぇ、呪物系じゃないですかぁ」

「廃棄魔法とやらにも細かく種別があるのか」

「そうなんですよぅ。ほかのも厄介ですが、呪物系は最悪ですねぇ。一応、聖水で清めてから廃棄することにはなってるんですが、もともとが邪悪に種別されるものなのでぇ」

「コウモリの羽とか爬虫類の尻尾みたいな?」

「それは四番、ウィッチクラフトですねぇ。もっとひどいものです。誰のとかは言いませんが生皮とかぁ」

「オーケイわかった、それ以上言うな。あと誰のとか言うな。せめて〔なにかの〕にしろ。」 

「オホン。ま、そういう代物です。基本的には、禁じられたものがひととおりですねぇ」


 しかし、俺のなかに疑問が芽生えた。


「よくわかったが、人体実験を繰り返すような奴でも、やっぱりそういうのは厭うものなのか?」


 疑問の種はすぐに育って実をつけた。それをかじり、吐き出してみる。


「いっしょにしないでください! 呪物を使うようなゴミカスは神秘のかけらも理解せず、真理の追究すらしないで旧来の古くさく見当外れのまちがいを盲信し、周囲に害悪をもたらすだけの腐れあたまです。きちんと結果を出しているわたしとは雲泥の差があるんですよぅ!」


 アナスタシアは火が付いたように激昂した。眼はつりあがり、髪は赤みを帯びて逆立つかのようだ。

 ピンク色のアクマなどと言っていたが、そのすがたはまさしく名にふさわしい。悪鬼羅刹と並んで見える。

 どういう理由でそれが逆鱗になったのかはわからないが、俺が言ったことはまったく許しがたい罵声らしい。


「お、おう。わるかった」

「ふんっ、気をつけてくださいね!」


 腕組みさえして、アナスタシアは不愉快を前面に表現していた。

 それを冷静に眺めていたリルリラが俺に寄ってきて、頬を膨らませた。

 ふたりの怒りの表現は対照的で、白の魔法使いのそれは癒しですらある。


「だめだよー、やっときてもらったのにぃ」

「ああ。こんどから気をつける」

「ぜったいだからねー」


 そういってリルリラはアナスタシアに近寄っていき、無邪気な邪気で怒りを払っていく。

 ショッキング・ピンクがもとのカラーにもどるまでは、ホット・コーヒーが冷めるぐらいの時間が必要だった。

 しばらくして落ち着くと、ピンクの魔法使いはげっそりして見えた。怒りは多量のパワー消費するという。それとリルリラが満たされているように見えることの関係性は、まったくもってわかりかねる。


「なんかもぉ、どーでもよくなってきましたぁ」

「こまるよー。むのおそーじがのこってるのにぃ」


 意外なちから強さを発揮したリルリラが、脱力状態のアナスタシアを引きずっていく。俺はそれについていくことしかできない。

 内部は碁盤の目のように規則正しく仕切られていて、各ブロックごとに表示されているプレートがなければ、どこを歩いているかも理解できないまま迷っていただろう。

 すこしばかり歩いていると、内部の管理者だろう背の高い中年男性が近づいてきた。脇にはファイルのようなものを抱えている。どこかのブロックへ移動する最中だったのだろうか。

 禿頭の管理者は一礼し、リルリラへ話しかける。


「これは陛下、ご機嫌麗しゅう存じます」

「くるしゅーない。むのおそーじにきたから、みんなににげてーっていっといてー」

「わかりました。ただちに退避を命じます。すこしばかりお待ちください」

「んぅ。わかったー。よろしくねー、アーブたん」

「はっ!」


 アーブと呼ばれた男が急いでその場を立ち去ると、すこし遅れて、内部全体に甲高く不快な警告音が鳴りひびいた。それを聞いた職員らしき人びとは、処理場から出てきて退避を始める。

 警告音に続くアナウンスはなかった。どうやら音に種類があり、それで内容を振り分けているようだ。職員たちがほぼ全速で逃げていることから、いま流れている音は最大警戒のものとわかる。

 状況に取り残された俺は、否応なしにこれからあるのであろう騒動を想像せずにはいられなかった。

 おそらくは、ろくなことにならないのだろう。それぐらいのことは俺にもわかった。

 その想像が現実になるまで、長い時間は必要なかった。

 七番ブロック〔呪物処理場〕のちかくまで行くと、空気が変わるのがはっきりとわかった。

 一瞬、下水道に放り込まれたのかと錯覚するほどくさく、そして異様に絡みついてくる粘度を感じた。醜悪な幻想は感覚に訴えるモノであるのか、あるいはほんとうに世界をゆがめているのか。俺には理解できない。

 これが〔無〕のせいなのか〔呪物〕のせいなのかわからないが、アナスタシアの言うとおり、厄介なモノだらけのところにさらに騒動を持ち込まれて、最悪の状況になっているのだろう。

 躰は無意識に反応して変身を解き、オルタ形態へともどっていた。

 リルリラはこのあたりまでくると、すこしばかりやる気になったアナスタシアの服を離した。さすがにシリアスにならざるを得ない状況なのだ。そして白の魔法使いは、宙の一点を指した。


「あそこだよぉ」

「むぅ。まぎれもなく〔無〕ですねぇ。ああ、いやだいやだ」

「――なんだ、アレ」


 リルリラが指した空間はなにもなかった。そこだけ欠落していた。いや、欠落自体も欠落していた。古いゲームでテクスチャの剥がれることがあったが、イメージ的にはアレに近い。だが決定的に異なる。テクスチャが剥がれれば背景などが見えるが、そこには色も音もなにもかもがない。判別なんてなにもできない。なるほど、ただしく〔無〕だ。そこにはなにも存在していない。いや、なにものも存在を許されていない。

 怖気が全身を震わせた。手足が緊張し、冷たくなっていく。宙にぽっかりと空いた〔ナニカ〕は、ただ存在しているだけですべてを脅かしている。

 俺は〔無〕へ向けて〔熱線〕を放っていた。それはたしかに届いたはずだが、なにごともなかったかのように到達した瞬間、消えていた。青いドラゴンに消されたような感覚でもなければ、完全に防御されている手応えでもない。ただしくゼロに消滅しているのだ。

 コートでもほしくなるぐらい、俺の躰は冷えきっていた。

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