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恐怖 !襲い来る五つの牙 !

「と、言う訳で、貴方に是非とも救って戴きたい世界があるのですが」


 頼み込む台詞、相手の様子を伺っている調子の大人びた音色の声、一言々聞き取りやすい様に意識しているのであろうか、丁寧さを感じさせる女性の声。


「おお」


 その女性に対した若い男の返事、何かを頼み込んでいるその声を全てぶち壊さんとするまるで気の感じられない声、まさに「どうでもいい」という台詞を唯置き換えて返事にしただけとも取れる気力の無い言葉。


「あの……まるでやる気の感じられない返事なのですが、それは『OK』と、いうことでよろしいのですか ?」


 困りを見せる女性の声、どうやら彼女にとってはかなり重要な話であるようだ。


「おお、おお」


 が、そんな様子の彼女を差し置いて男の返事はまたもや適当極まりない物である。


「あの、もしかして……私の話を聞いていない、とか……」


 言葉に詰まりながらの女性の声、清流のせせらぎのように澄んだ声色の困惑の声。


「おおぉー、おお ?」


 そして、適当な返事を懲りずに返すやる気の感じられない若い男の声。


「オラァッ !」


 突如、女性が猛々しい大声を上げる。


それに続き、ボコッ !と人を殴り付ける音が響き。


「おお……うっ !」


 今度は張り詰めた返事をしていた青年の声が苦痛を訴える。



入道雲のある夏の晴天、大通りの歩道の脇に並ぶビルの中でもとりわけ巨大なビルが影を作る、涼しげな場所。


大通りの歩道からやって来たらしきゴミがちらほらと見え、水色のゴミバケツや自販機がインテリアのように配置された結構に広めに取られているビル同士の隙間の空間。


 そのビルの壁沿いで新聞紙の上に両手で腹を抱えて団子虫のように丸まりながらうずくまり、倒れている男がいる。


倒れているのは乱雑に伸ばされ、茶色がかっている髪に鼠色の半袖のシャツ、穿きこなし過ぎているのか所々破れたジーンズに黒い鼻緒のゴムサンダルを履いた細身の男。


苦しそうな呻き声を上げながら時折もぞもぞとうねるように動いている。


その傍らの地べたには膨大な紙を纏め上げた肉厚な漫画雑誌がそのページを広げたままに青年と同じく倒れるように落ちている。


恐らく女性の声を耳に入れず、青年は漫画雑誌を読みながら適当な返事をしたのであろう。


「さて、聞く耳持たない心なき若者を慈愛に満ちた説得《腹パン》で更生させることに成功したので改めてお願いをしましょうか」


 青年から少し距離を置いた位置に立つ女性がしっかりとした優しげな声で青年へと言葉を放つ。


 踵の辺りまで伸ばされた長い金髪に白い肌、歳は20第の前半から中頃位に見える。


鎖骨から下、全身両面を覆い尽くさんばかりの広い真白な布の生地をそのまま纏ったかのような格好、背中からは彼女の纏っている布の色と同じ、それよりも白さを感じさせる無数の羽毛で覆われた鳥類のそれに似た双翼が左右に広がっている。


髪色と同じ金の細いアーチを描く整った眉に薄桃色の唇、慈愛に満ちた笑顔の張り付いている整った顔立ち。



 私は女神です。と言わんばかりの容姿格好の女性である。


そんな女性が白雪のような肌の敷き詰められた細腕を曲げて拳を作り立っている。


 恐らくは目の前でのた打ち回っている青年を正気へ戻すために振るったであろう拳である。


「はぁ……はぁ……レバーに響いたぜ……」


 うねうねとした動きを止め、青年が起き上がる。


苦痛から開放されたばかりのためか垂れ下がった目尻の端からは涙が浮かんでいる。


生気の殆ど宿っていなさそうな瞳に先程の声の持ち主に相応しいやる気の無さそうな顔立ち。


それらが露になり、目の前の女神の様な女性に向き合う。


「こほん、さて」


 一つ、咳払いをして、話を切り出そうとする女性。


「悪しき書物に犯されていた青年が我に帰った所で再び、一から話をしましょうか」


 今度こそちゃんと聞けと言わんばかりに満面の笑みを浮かべ拳を力強く握りながら女性が言う。


「あい」


 青年も女性の意図に気づいたのか気にせずに、胡坐をかきつつ上目遣いで大人しくそれに従い、返事をする。


「二回目の自己紹介ですが、天界の世界管理機関から来ました『女神』です」


 胸に手を当て、ターコイズの様な深い水色に黒の混じった瞳で青年を捉える。


「うははっ、直過ぎる」


 対する青年は胡坐をかきながら女神を自称する女性を指差し笑う。


「ちょっと黙ってろ」


「あい、ごめんなさい」


 笑顔のままに優しい声で荒い台詞を吐く女神に直ぐま腕を引っ込めて頭を下げて誤る青年。


「それで、今回は貴方にお願いがあって参ったのです」


「はい、なんでしょうか」


 再び、瞳に青年を捕らえた女神がそよ風のように優しい声で青年に言葉を投げかけ、青年も素直に返事をする。


「貴方に『勇者』になっていただき、救っていただきたい世界があるのです」


 願いを切り出す女神、それを耳に入れた青年は眉間に皺を寄せる。


「俺がですかぁー ?」


 様々な疑問と面倒臭さを全力で込めた声で青年が返事をする。


「そう、貴方です」


 にこりと目を細めた笑顔で即答する女神。


「俺みたいなまるで働かずに家賃滞納し続けて追い出されてホームをレスした上にまだ尚働く意思すら持たない奴じゃなくてもっと高学歴なイケメンで彼女持ちなリア充に頼んだ方がいいんじゃねぇのぉ ?多分そっちの方が勇者的な器はあるっしょ」


 あくびをしながらもったりと自分の考えた物を吐き出す青年。



「貴方の身の上についてある程度は下調べはしていましたが、まっこと……正真正銘……人間のクズ……!ですが貴方の様な方が望ましいのです」


 信じられないものを実物で直視たかのような表情で少し引きながらも言葉を紡いで行く女神。


「危険を伴う事ですから……そこは未来ある若者よりも未来途絶えそうな若者ですよ」


 相変わらずの笑顔で青年へ言葉を掛ける女神。


「なーんか、そう言う事言われるとやる気失せるなぁ、大体、あんた女神様なんだから何か凄いパワーでちゃっとやっちゃえばいいのに」


 ビルの壁に背をもたれながらまたもやる気の感じられない声を言葉にしていく青年。


「天界の女神からの世界への干渉は厳禁ですので」


「めんどくせー」


 笑顔で語る女神に本心をぶつける青年。


「第一、勇者ったって何をやりゃいいのさ」


 物臭に疑問をぶつける青年。


「えぇとですねぇ、まず貴方がいる次元とは違う次元に広がる宇宙、そこにある惑星を支配している魔王を懲らしめて欲しいのです」



 淡々と疑問に答えていく女神、だが対する青年は首をかしげ、眉に皺を寄せ、理解が出来ていないといった顔つきでそれを聞いている。


「つまり、こことは違う世界の悪い奴をやっつけて、という事です」


「ああ、はいはい」


 説明のレベルを落とす女神、ようやく青年も理解できたようである。


「でもさー、それ俺にとってはそんなにメリット無いよね」


またもやる気の無さそうな青年、動くつもりは無いのだろう。



「いえいえ、そんなことはありませんよ、魔王を倒せば貴方はもはやその世界の英雄も同然、民衆から拍手喝采ですよ」


「いらねー」


 手を合わせてやる気を引き出そうとする女神の言葉にますますやる気を無くす青年。


「仕方ありませんね……」


 ふぅ、と息を吹き、静かに短く声を出す女神。


「ならば、世界を救った暁には貴方の望む物を与えましょう」


 笑顔で提唱する女神、そしてそれを耳にした青年がぴくりと動く。


「マジか」


「マジです」


 目を見開き、胡坐をかいたままに上半身を乗り出して押し殺した声で女神に問い詰める青年に笑顔で答える女神。


「手取り一千万の残業なし、食費、交通費支給で昼寝付の職でも ?」


むしろ、もう八代位先まで働かなくとも十分な財産を与えましょう」


「大人しくてグラマーで可愛い嫁さんも ?」


「もちろんですわ」


「庭から家まで車で移動しなきゃいけない位豪華でだだっ広い家でも ?」


「典型的な欲ですね」


 四つんばいになり、女神へ詰め寄りながら欲しい物を挙げていく青年に流れるようにその欲を承諾していく女神。


「もしも、勇者になり、その世界を救っていただければ今、貴方の挙げたもの全てが手の内に、です」


 にやりと口元を歪ませた笑顔、その笑顔で青年にトドメと言わんばかりの一押しの言葉を送る女神。


「女神……俺、勇者になるわ」


 立ち上がり、決意の固まった表情で力強く宣言する青年。


かくして、青年はホームレスから勇者に転職し、魔王に苦しめられているらしい民を救うべく重い腰を上げたのだ。







「それでは、早速貴方に救っていただきたい次元の世界、ア=リエン大陸まで行きましょう」


 立ち上がった青年へ女神は彼の気が変わらぬようにか口早く伝える。


「ああ、早く弱き民達を救わねば……」


 打って変わり、燃えている青年改め勇者、背筋はピンと伸ばされ、目が少しだけ輝いている。


「で、どうやって行くんだ ?」


 女神へ尋ねる勇者、女神は何も言わずビルの壁の傍へと近寄る。


「少し、待っていて下さい……」


 女神が無感情な声で勇者に告げると、ゆっくりと細腕を伸ばし、手のひらを壁へあてがう。


「ふっ」


 そして、息を吹きながら腕を曲げ、体を壁に寄せる。


「はああああああぁぁぁぁっ !」


 

そのままの体勢で気合を込めた唸りを上げる女神、時折、壁からぴしぴしと軋みが鳴り、土埃が噴出する。


 段々と、軋みが断続的に聞こえるようになり、壁に紙を破いたかのような稲妻に似たヒビが入り始める。


ヒビは女神の身長よりも高く、幅広い、縦長の長方形を作り、そこが空洞であれば出入り口に見間違うほどのものである。


「うしゃあ !」


 女神が咆哮と共に力強く腕を引く。


 ボコッ !と大きな響きを上げてまるで型抜きのようにヒビの入ったコンクリートが抜き出される。


手に張り付いたままの厚く、巨大なコンクリートの壁の向こうには隙間が覗いている。


「はははっ、すげぇ」


 それを見てはしゃぐ勇者。


「よしっ」


 ケロッとした様子の女神が一言発すると、くり抜いたコンクリートを地面へ放る。


ドスン !


硬く巨大な音に土煙、そして壁に作られた巨大な穴。


 長方形に綺麗にくり抜かれた出入り口のようなそこは虹色が揺らめき、微かな光を放っている。



シャボン玉に浮かぶ虹模様を濃くしたかのような揺らめきで埋め尽くされた空間、向こう側はまるで見えない。


「さあ、この先が貴方の救いを待っている世界への扉です」


 女神がいつもの笑顔で虹色に輝く隙間を指差す。


恐る恐る、それに近づく勇者。


「何か、色が多彩でグニャグニャしてると触ったらヤバイ系のカエルを連想してしまうわー、これマジで入っちゃっていいの ?」


 嫌そうな顔をしながら隙間を凝視し、背後の女神に意見を問おうとする勇者。


 振り向き、女神の返答を伺おうとした瞬間。


「づべこべ言わずにさっさと行け」


「うおっ !」


 勇者の背中を両手で押し、虹色へ向かって突き飛ばす女神、そして、素っ頓狂な声を上げて虹色へ望まない前進をする勇者。


 たちまち、勇者の体は虹の中に吸い込まれていく。


頭から突っ込み、どんどんと深い虹に遮られて体が見えなくなっていき、ついには吸い込まれるかのように消えてしまう。


「じゃ、私も行きましょうか」


 消滅した勇者を見届け終わった女神がぽつり呟き、ゆっくりと虹へ近づくと自らその中へと入り、消えていく。


こうして勇者と女神は見知らぬ世界へと旅立ったのであった。








雲ひとつない空模様、照りつける太陽の光。


遠目にぽつぽつと岩や木の存在する広大な草原。



そんな風の吹きすさぶ広大な草原のド真ん中で勇者はうつ伏せに倒れていた。


「勇者よ、起きなさい」


 倒れこんだ勇者の後方から聞こえる、聞き心地のよい女性の声。


草原の風に金糸の長い神と背中の双翼の羽毛を靡かせている女神が倒れた勇者の足のすぐ後ろに立っていた。


「あれ ?」


 不思議そうな声色の短い声と共に倒れたままに首を横へ動かし、視線を女神のほうへ向ける青年。


「何だ、一緒に付いて来てくれんの ?」


 物臭そうに倒れたまま抜けた声で後ろに立つ女神に対して言葉を放つ勇者。


「ええ、まあ、それも仕事ですし、貴方を野放しにしておくのは何か危険な気もしましたので」


 心情を言葉にして、勇者へ伝える女神。


ただし、私が出来る事は助言等のサポート程度です、この世界の戦闘等のこの世界の生物に関わる事へはほとんど何も出来ませんので悪しからず……ていうか早く立て」


 更に注意点を述べた後に急かす女神、勇者はそれに反応し面倒そうに立ち上がる。


「何だか、自然豊かな綺麗な場所だなぁ」


 伸びをしながら暢気な声でゆったりと言葉にしていく勇者。


「それでは勇者よ、これから貴方の目的の再確認をしますね」



 女神が優しげな表情で話を切り出す。


「この世界、ア=リエン大陸を支配し人類の抹殺を目論む魔物たちの長である魔王を倒すのが貴方の目的です」


「魔物とか聞いてないんですけど、俺帰っていいすか ?」


 淡々と説明する女神に文句を垂れ、やる気の無さげに逃げ腰になっている勇者。


「魔王と言う単語が出てきた時点で察しなさい、そしてもうここまで来た以上私も逃がすつもりはありませんので腹を括りなさい」


 淡々と勇者の文句を切り捨てていく女神、勇者の顔が曇る。



先ほどまでぴんとしていた背筋はは曲がり腕を気だるそうに垂れて面倒臭そうな表情で女神を見ている。



「さあ、勇者よ、旅立ちましょう !」


「うぇーい……」


 さっさと行くぞと言わんばかりに急かす女神に嫌々感満載の返事をする勇者。


 そして二人が歩みだそうとした瞬間、背後でざざっ、と草を踏みしめる音が小さく鳴る。


「ククク……しかし勇者よ、貴様は旅立つどころかここで終わりだ」


 不敵な微笑の声と共にやけに甲高いような掠れた声が二人に向けられる。


 その声に反応し、すかさず振り返る女神に少し遅れてゆっくりと反応する勇者。


「貴様はここで死ぬのだっ !」


「この」


「俺たちに」


「殺されてなっ」


「ヒャッハー !」


 五つの同じ声が矢継ぎ早に辺りに響く。


 二人の前に並ぶずんぐりと太った巨大な影が5つ。



全身を包むふさふさとした灰色の短い毛に大きく飛び出した太鼓腹、熊の腕に似た肉球が掌に付いた巨腕、鞭のようにしなっているピンク色の細い尻尾に短い足。


頭の左右に飛び出した尖った耳に血に染まっているような真紅一色の鋭い眼光の目。


二足で立ち、両腕を大きく広げた巨大な鼠が五匹横一列に並んび、勇者達の前に立ちはだかっている。


五匹が五匹とも写真をコピー用紙で印刷し、並べたかのように大きさや特徴まで一致している。


「あれはっ !」


 驚愕の声を発する女神。


「間違いありません」


 五匹の鼠を見た女神の顔が強張り、ぽつりと断言したかのように呟く。


 女神が自らの纏っている布の胸元の隙間に手を入れ、すぐに引き抜く。


隙間から引き抜いたその手には折りたたまれた一枚の紙切れが在った。


「上からの報告書に書いてあった要注意の魔物リスト、魔王直属の最強と謳われる八体の魔物から構成された『八将軍』のペスト兄弟っ !多彩な角度からの連携攻撃は超強力なだけでなく、変幻自在なトリッキーなタイミング、動作から相手に行動を許さないという !」


 凛とした声を張り上げて女神が叫ぶように言葉を放つ。


「……良く調べているではないか」


 真ん中の鼠がにやりと粘っこい笑みを浮かべ、囁く様に言う、女神の言った相手で間違いはないようだ。


「何それ、今もしかしてヤバイ状況 ?」


 両者に走る緊張感の中、暢気な口ぶりで勇者が女神へ顔を向けて発言する。


「何となくこの空気と一対五の状況とさっきの私の言葉から察してくださいよ……簡単に言えば最初の城から出たフィールドでエンカウントして出てきた敵がバラモス五匹だったとでも思っといてください」


 額に掌を当ててなるべくわかり易そうな言葉で勇者へ説明する。


「へぇ」


 女神の言葉を聞いた勇者も相変わらずの様子で納得している。



「何の用意も無いままの勇者を倒すなど赤子の手を捻るようなもの」


「どうやらスタート地点で殺してしまえ作戦は決まったようだな」


 右の鼠から左の鼠へと順番に喋っていく、相手は自信に満ちた笑みを浮かべるが、女神も同じように不敵な笑みを浮かべる。


「……『何の用意も無い』と言うのは間違いですよ……勇者っ !」


「おう、どーした」


 

女神が不敵な笑みのままに言葉を連ね、力強く勇者を呼びかける。


呼びかけられた勇者は鼻をほじりながら適当に返事を返した。


「今から貴方に魔を切り裂く『聖なる剣』を与えます」


 真剣な眼差しで勇者を見つめつつ、力強く言葉にする女神。


「何かと思えばそんな程度の事か」


 女神の言葉に不敵な笑みを浮かべたままに自信に満ちた言葉を放つ真ん中の鼠。


「我等は『八将軍』の中の五人分を消費しているのだ」


「これがどう言う事かわかるか ?つまり、アレだよ……マジでぱねぇぞ ?」


 

良くわからない理屈の良くわからない自信に満ちた言葉を左右端の鼠が順番に発していく。


「なあ、女神、あいつら何か言ってるんだけど」


「あー、もうっ !適当に聞き流して置いてください」


 ペスト兄弟を指差しながら勇者が女神へとのたまうが女神は忙しそうに身に纏った布の胸元の隙間に手を突っ込み、ゴソゴソとまさぐりるのに夢中なのか、投げやりに答える。


「ああっ、有りましたこれです !」


 目的の物を見つけたのか、少し嬉しそうに跳ねた声で隙間から腕を引き抜いていく。


白魚の様な指の絡みついた黒く長い柄、左右に身構える獅子の装飾の彫られた幅の広い金の長方形の鍔、先端にかけて細くなっていく幅広い刀身が順に女神の胸元から姿を現していく。


 女神が右手に両刃の剣を携え、もう片方の手にはまたもや紙切れを持っている。


「おお、強そうじゃんか、早くくれ」


「ちょっと待っててくださいよ、これ当日に支給された奴でまだ取り扱いの説明書類に目を通してないんですから」


 

目を見開いて掌を差し出し女神に無心する勇者だがあっさりと阻まれる。



女神が左手に持った紙切れを覗く様に読み始める。


「え、と、この聖なる剣は魔物に絶大なダメージを与えるだけではなく、使用者の意思によって瞬時に十種類中から刃の形状を選んで変えることが出来ます」


 ぶつぶつと説明書を声に出して読む女神にそれをじっと見ている勇者とペスト兄弟。


「一種類目から普通の刃、フォーク、スプーン、ドライバー、栓抜き、ヤスリ、缶切り、耳かき、紐通しに爪切り……十徳ナイフか !」


 

最後まで読み終えた女神がヒステリックに剣を地面へと叩きつける。


「ははっ、いいじゃんか、便利そうで」


「もういいです……とりあえず魔物に効果は有る様なので」


暢気な笑い声とともに暢気な言葉を女神へ送る勇者にまたも額に手を当てて言葉を連ねていく。


「とりあえず」


 体勢を戻した女神が話を始める。


「書類によるあの五兄弟、長男から順にアインツ、ツヴァイ、ドライ、フィア、フュンフという名前で、長男のアインツが司令塔であり、全ての連携攻撃の要になっているようです」


「アインツを倒せば後はもう唯の烏合の衆、貴方にも十分勝ち目は有ります」


 勇者へのアドバイスを送る女神、勇者は鼻をほじりながら頷いて聞いている。


「わかった」


 勇者が地面に落ちていた『聖なる剣』を拾い、ペスト兄弟に向き直る。


「どうした ?作戦会議は終わりか ?」


「遂に死を覚悟したか」


「殺戮のディナーショーの始まりだ」



 目の前に現れた勇者を見て中心から左へとそれぞれの言葉を順に喋って行くペスト兄弟。


「ちょっとさ、聞きたい事があるんだよ」


 剣を両手で構えくるくる回しながら暢気に問いかける勇者。


「なんだ ?冥土の土産に聞いてやろう」


「トイレか ?」


「我慢するかその辺でしろ」


 今度はペスト兄弟の中心から右へと言葉の波が移動する。


「長男のアインツ君って、この中の誰よ」


 

女神から聞いた通りの作戦で行くつもりか、ド直球にペスト兄弟へ質問を投げかける勇者。


「クククッ、何故、俺が真ん中に居ると思う ?俺が長男だからだよ」


「この長男特有のオーラを発する俺が長男であると見極められないとは、馬鹿な勇者よ」


「どう見ても俺が長男だろう」


「貴様には解るまい、この俺の体を通して出る力が !」


「俺、俺っ」


 勇者の質問に中心から左右に言葉を展開していくペスト兄弟、しかも彼らの主張は全員が全員、自分が長男であると言うものであった。


お互いの言葉が意外だったのか、思わず視線と体の向きを統一させて顔を見合わせるペスト兄弟。


「おいっ、どう考えても俺がアインツだろう」


「お前はフュンフだ」


「何を言うか、俺がアインツだ !」


「俺のほうが3ミリ位尻尾が長いだろう、これこそアインツである証」


「俺以外の奴にアインツは勤まらん」


 何やらお互いに揉め始め、更に強く自分がアインツである事を主張する五匹。



兄弟間に険悪な空気が流れ始める。


「うーん、ほら、長男ってさぁ、一番強いイメージがあるじゃん ?誰が戦闘能力が一番高いかで判断するからそのへん教えてよ」


 勇者が頭の後ろで手を組みながら少し考えた後に険悪なムードの中に暢気な言葉を放り投げる。


 その言葉を聞いた全員がしんと静まり返り、何も言わずにお互いを凝視している。


「俺が一番強いに決まっているだろうが !」


「ふざけるなっ !お前が最弱だ !」


「俺がこのチームを支えているんだと何度言えば解るんだよ !」



「貴様らの様なカスと組んでいるせいで足を引っ張られている俺の気持ちを考えろ !」


「毛のツヤからして俺が最強なんだよぉおおお !」


 勇者の発言が火に油を注ぐことになったのか、兄弟達は目を見開き、唾を飛ばしながら自らが一番強いことを怒り狂って主張している。


 勇者が見守る中、兄弟達のどんどんと主張が口汚い罵り合いになって行き、雰囲気は導火線に火を灯された爆弾のように段々と悪くなっていく。


「どうやら勇者の前にお前達のお仕置きをせねばならんようだな」


 中心に立っている鼠が準備運動をするように肩を回し、自身に満ちた声で残りの全員へ告げる。


「アホめ返り討ちだ !」


「俺が長男なんだよぉ !」


「くたばれ !」


「貴様は逃がさない !死なば諸共もろともだ !」


 中心の彼の言葉を聞いた鼠達が一気に騒ぎ出し、諸々へと飛び掛り始める。


 導火線は燃え尽きた。


遂に兄弟達の肉体による醜い争いが開幕したのだ。



取っ組み合いに殴り合い、馬乗りになって顔面を殴りつけている鼠も見える乱闘騒ぎ。


呻きや殺気立った叫び声が鳴り響き、次第に首絞めや爪による斬撃攻撃を用いた殺し合いレベルと言っても良いような乱闘にまで発展し始める。


そんな中、一匹、また一匹ペスト兄弟達が息絶え、倒れていく。


 残った鼠はとうとう二匹になってしまい、見合ったまま拳を構えている。


「フンハッ !」


「キャオラァッ !」


 

残った二匹の鼠が気合の叫びと共にお互い、全く同じタイミングで拳を繰り出す。


同じタイミングで繰り出されたパンチは全く同じタイミングで互いの頬を捉え、直撃する。


所謂、クロスカウンター。


そして、頬を殴る拳の音が止むと同時に残った二匹の鼠が同時に倒れ、兄弟達はピクリとも動かなくなった。


「あれ ?何か知んないけど倒したのか ?」


 ぽかんと事を見ていた勇者が驚きながら、寝ぼけた様な一言を発する。


「凄いです !まさかあのペスト兄弟言葉だけで倒すとは !」


 感激した女神が勇者に駆け寄り、嬉しそうな大きな声で勇者を賛美する。


「ああ、うん」


 未だに訳も解らずにいるであろう勇者が返事をする。


 かくして、この世界に舞い降りた勇者は見事ペスト兄弟達の初見殺し作戦を阻止し、『八将軍』の五人を撃破することに成功したのだ。


「早速、この事を報告書に書かなければいけませんね !」


 うきうきと舞い上がり、純粋な笑顔で言う女神。


「俺があんなことを言わなければ死ぬことも無かったんだろうな……なんか、悪い事したし、せめて墓でも作ってやるかぁ」


 勇者がゆったりとした口調で言うと、『聖なる剣』の刃をスプーンの形状にして、地面を穿ほじくり返し、ペスト兄弟の墓穴を掘り始めた。


こうして、到着早々に順調な勇者であるが、その旅はまだ始まったばかりである。


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