プロローグ 転封命令
某歴史ゲームの信雄ifストーリーの大名配置がエアプすぎる!と言うので書こう書こうと思って2年くらい経ちました。
エタらないためにもう投稿します。
亀更新ですがよろしくお願いします。
織田信雄に転生した。
そう、あの織田信長の次男で小牧・長久手の戦いを引き起こし、最終的に全ての領地を失ったあのバカ殿こと織田信雄だ。
歴史知識と現代チートが使える俺が信雄に転生したら天下取りも楽勝だ!と息巻いていたが、そんなに甘くはなかった。
結局のところ俺個人の裁量で歴史を動かせる訳ではなく、結局秀吉と対立し内通した家老は誅殺してしまったし、家康を見捨てて秀吉と和睦してしまった。
その後も秀吉に従い政権No.2となったが、歴史に何ら影響を与えられていない。
自分の情けなさと戦国の世の厳しさを痛感しつつも、好機が巡ってきた。
天正18年、小田原征伐に出陣しもはや北条家が風前の灯となった頃、秀吉の陣に俺は呼び出された。
「内府殿、取り込み中、わざわざ足を運ばせ申し訳ない」
「滅相もござらん。殿下のお召しとあれば、いかなる時とて駆け参じまする」
昔は猿と呼んでいた人間相手に頭を下げることが如何に不甲斐ないか。
周りの秀吉家臣の冷たい視線が背中に刺さる。
「頼もしき限りじゃ。して……北条はもはやこれまで。改易と成し、氏政には腹を斬らせる。その後の関東の儀であるが……」
徳川家康だろう。ここで家康が関東に移り史実の信雄は家康の旧領である東海甲信への転封を拒否し改易される。
ならば受け入れてしまえばいい訳だ。
「左衛門督(堀秀政)や越中(長岡忠興)らに任せようとも考えたが、左衛門は身罷り、越中はワシの身近におる方がよいと申すゆえな。関東は徳川に任せることと致した」
「関東丸ごとにござりまするか。徳川殿であれば万全かと存じますが、東北の動きが気掛かりにござりますな」
「うむ。ゆえに伊達から会津を取り上げ、蒲生飛騨守(氏郷)に与える。これで東国の備えは揺るぎない」
堀秀政、長岡忠興、蒲生氏郷。
3名とも俺の父たる信長に才能を認められたものの、秀吉に真っ先に媚びを売り織田家を見捨てた不届き者達だ。
「そこで、空いた徳川の旧領に内府殿が入っていただきたい。東海の国衆に武田の旧臣と、一筋縄ではいかぬ難所ゆえ、貴殿をおいて他に任せられる者がおらんのだ。石高にすれば、およそ130万石となろう」
今の俺の領地は112万石。普通に考えれば加増だが、父祖代々の尾張伊勢を離れるのを史実の信雄は嫌がった。
だが令和人の俺からしたら、父祖代々もクソもあるか。
「ははっ。この織田内大臣信雄、仰せの重任、つつ適わずお引き受けいたしまする」
俺が深々と頭を下げると、秀吉は満足気に笑う。
歴史が変わった。
ここに東海甲信5カ国を領有する織田内大臣家が豊臣政権に現れたのだった。
秀吉の命令で浜松に入った俺は、家臣たちを各地に配置。
徳川恩顧の国衆や武田旧臣の統率には難儀し、東北の一揆討伐にも駆り出され、朝鮮出兵に至っては肥前名護屋に一万の軍勢を駐屯させられた。
文禄4年に時の関白豊臣秀次が切腹させられると、俺は五大老を超越する政権No.2とされ、各地の大名と秀吉との取次を任せられた。
そして来る慶長3年。
伏見の屋敷にて休む俺の元に、秀吉の訃報が大坂に詰める土方雄久により届けられた。
それは俺が秀吉に奪われたモノを取り返す戦いのゴングであった。
威加海内の名のもとに。
父の栄光を取り戻す戦いが今始まった。




