隣人は前世で刺した人でした
――また、夢を見た。
炎の匂い、血の味、そして彼の腕の中。
「今世はあなたにあげれないけど、来世はあげるわ」
女の声が、私自身の声が、遠くで響いていた。
広がる血溜まりに、愛しい人の呼吸が弱まっていく。
彼は震える口で笑った。
「そいつは、良いな」
憎い相手なのに、私は彼を刺したのに、それでもまだこの人に死んで欲しくないと考えている私に吐き気がした。
やがて息絶えた彼の開いたままの瞼を閉じさせて、キスを落とした。
私は泣いていた。
そうして、燃える家の中で、私は……。
はっと目を覚ました。
枕に残る塩気に手を当てると、少しだけ冷たかった。夢の中の匂いが、まだ鼻の奥に残っている——焦げた木と血の混じった匂い。胸のあたりが押し潰されるように重く、心臓が早鐘を打っていた。手は短剣を握る代わりに、シーツの縁をぎゅっと握りしめている。
深呼吸をしてみる。息は、まだ夢の中の鉄の味がする。現実のベッドはふかふかで、隣のカップボードからは電気ポットの低い音が聞こえる。あ、隣人——あの男が、もう朝を迎えているのかもしれない。
カーテンの隙間から差し込む朝の光が、部屋の埃を金色に浮かび上がらせる。時計を見ると、まだ八時前。授業には間に合うはずだが、体が鉛のように重かった。
夢の中の言葉が、頬の内側で繰り返される。
「今世はあなたにあげれないけど、来世はあげるわ」
ただの夢だ。
なのに、どうして胸が痛いんだろう。
洗面所へ行き、冷たい水を顔に浴びる。水が触れるたびに、現実が少しずつ戻ってくる。鏡の中の自分は、まだ寝癖で髪が跳ね、目の下に薄い影が出来ていた。唇を噛んで笑おうとするが、笑いは出てこない。代わりに、小さな声で「ばか」とだけつぶやいた。
部屋の壁の向こうで、軽い物音——紙の擦れ合う音、金属がぶつかるような乾いた音。彼がキッチンに立っているのがわかる。ふと、胸の奥で不思議な温度が走った。憎悪と懐かしさと、どうしようもない好奇心が三つ巴になってざわめく。
思い切ってドアの覗き穴を見るほどの度胸はまだない。代わりに、私はコートを引っ掴んで、落ち着かせるように深くもう一度息を吸った。今日も普通の一日だ、と自分に言い聞かせる。でも、その声は震えていた。
「自分に嘘はつけないね、ベルリンド」
そう呟いて、私は鍵をかけ直し、外に出る準備を始めた。隣の部屋の音が、いつもよりほんの少しだけ大きく感じられた。




