第二章 ep2:光の残響
灯台での“声”が形を持ち始める回です。
シロにとって、初めて外の世界で誰かと繋がる瞬間。
そして、止まっていた時間がほんの少し動き出します。
第一章では“風のない世界”を描きましたが、
第二章では“風を感じる世界”が少しずつ広がっていきます。
灯台の最上階で、私は風に包まれていた。
朝の光が窓から差し込み、空気の粒を照らしている。
その光は、まるで無数の小さな声のように震えていた。
手を伸ばすと、光が指先で揺れた。
冷たくも、どこか懐かしい。
胸の奥が微かに痛む。
その瞬間、風の中から“声”が届いた。
「そこにいるんだね。」
ヒカリの声だった。
柔らかく、透き通った音。
言葉が耳で聞こえるのではなく、
胸の奥の方で“響く”感覚に近い。
「あなたは……ずっと、私を見ていたの?」
「見ていたよ。
君が潮見の館で眠っていた頃から。
風の止まった世界で、君だけが動いていた。」
その言葉に、胸の奥で何かがざわめいた。
誰かに「見られていた」という感覚は、
少し怖くて、でもどこか救いでもあった。
「どうして、そんなことを?」
「観測することが、僕の役目だから。
世界が止まっても、誰かが記録を続けていないと、
風の“音”は消えてしまうから。」
私は階段を降り始めた。
灯台の内部には薄暗い通路があり、
壁には古い機械や錆びた配線が並んでいた。
そのひとつひとつが、息を潜めるように沈黙している。
「ここ……全部、あなたの記録?」
「そう。
世界中の風の音、波の高さ、
そして“人の記憶の残響”を集めている。」
私は古びたスクリーンの前に立つ。
そこに光の粒が浮かび上がった。
霧のような映像の中に、見覚えのある景色が映る。
潮見の館――あの部屋、あの鏡、そして“泣いていた私”。
「……これ、私?」
「そう。君が閉じ込められていた記録だ。」
心臓が強く跳ねた。
鏡越しに、幼い自分がこちらを見ている。
その横で、もう一人の自分――クロが微笑んでいた。
「クロの記録も、ここに残っている。」
「彼女は……今も生きてるの?」
「君の中で。
そして、風の中で。」
風が吹き抜け、スクリーンが波紋のように揺れた。
クロの姿が薄れ、光の粒に変わっていく。
それはまるで、命が音に還っていくようだった。
「ねぇ、ヒカリ……あなたはどうして、そんなに優しい声をしてるの?」
「優しい?
それは、君が僕をそう感じているだけだよ。」
「それでもいい。
でも、あなたの声を聞いていると、
悲しいのに、少し安心するの。」
「それなら――君の中の“風”が、少しずつ動き出している証拠だ。」
私はスクリーンを見つめたまま、静かに息を吐く。
あの頃は怖かった。
何もかもが止まって、
誰の声も届かなくて。
でも今、ここには風が吹いている。
その風の中に、ヒカリの声がある。
「私……生きてるのかな。」
「生きてる。
たとえ形が曖昧でも、
君が風を感じる限り、世界は君を通して動いている。」
その言葉に、胸の奥が温かくなった。
ヒカリの声が、私の鼓動に重なって響いている。
まるで、彼がそこにいるように。
「ヒカリ……あなたはどこにいるの?」
「ここにいるよ。
でも“場所”じゃなく、“風の中”に。」
風が再び吹いた。
灯台の上部が光に包まれ、
ガラスの外で海がゆっくりと波打っていた。
私はふと、手を伸ばした。
届かないはずの空気の中に、
確かに誰かの指先が触れた気がした。
「ねぇ、ヒカリ。
私……もう一度、風を信じていい?」
「もちろん。
君が信じてくれたら、世界はまた息をする。」
光が一瞬強くなり、
灯台の中の影がすべて消えた。
私は目を細め、微笑んだ。
潮見の館から続く風の道。
その先に、きっと答えがある。
――光の中で、私は確かに“生きている”と思えた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
実は投稿日の今日(11月1日)、誕生日なんです。
……なのに、まさかのコロナにかかって寝込んでいました。
笑うしかないですね。
それでも、書くことだけはやめたくなくて。
ベッドの上で少しずつ文字を打ちながら、なんとかここまで仕上げました。
感想をくださった方、本当にありがとうございます。
まだまだ感想ほしいです。
一つひとつの言葉が、想像以上に励みになっています。
今回は、シロとヒカリの初めての対話。
声という形で現れた“光”が、
彼女にとってどんな意味を持つのかは、
次回以降で少しずつ見えてくると思います。
次回、**第二章 Episode3「潮の記憶」**では、
シロが“他人の夢”を見る体験を通して、
世界の歪みを知る回になります。
どうか、次の風の音もまた聴きに来てください。
――凪雨カイ




