ep4:〜夢の底〜
Chapter 3で、懐中時計が記憶を開き、
シロは“もうひとりの自分”と出会った。
今章では、夢と現実の境が完全に溶けていく。
潮見の館の静けさの奥で、
シロは“クロ”と真正面から向き合うことになる。
夢は、深く沈むほど静かになる。
音も、匂いも、感情さえも遠ざかって、
最後には自分の鼓動だけが残る。
私はその底で、誰かの歌声を聞いた。
旋律はなかった。
ただ――
チッ、チッ、チッ。
懐中時計の音に合わせて、声が淡く揺れていた。
「……起きないで。」
クロの声だ。
けれど、それは優しい命令のように聞こえた。
私は目を開ける。
そこは潮見の館だった。
けれど、どこかが違う。
窓は開いているのに、外の海がない。
代わりに、空だけが無限に広がっていた。
廊下を歩くと、壁に掛けられた鏡の中を誰かがすれ違う。
私の姿ではない。
白い服を着た少女が、笑いながら鏡の中を進んでいく。
「あなたは、わたしでしょう?」
そう言うと、少女は振り向き、口元だけで笑った。
「わたしがあなたになるの。――そう決まってたから。」
その瞬間、館の床が沈むように波打った。
壁が海のように揺れ、懐中時計の音がまた早くなる。
チッ、チッ、チッ、チッ、チッ――。
私は耳を塞ぐが、音は体の内側から響いてくる。
息を吸うたびに視界が歪み、
夢と現実の境界が溶けていく。
気づくと、私は海の中にいた。
けれど息が苦しくない。
光がゆらぎ、漂う泡のひとつひとつに“思い出”が映っている。
その中に、ひとつだけ黒い泡があった。
近づいて触れると、中で幼い自分が泣いていた。
「どうして泣いてるの?」
「あなたが忘れたから。」
その声と同時に、泡が弾け、視界が真っ白に染まる。
――風が吹いた。
そして、私は現実に引き戻された。
シーツの上で息を荒げ、手には懐中時計。
蓋が開いていて、中の針が狂ったように回っている。
チッ、チッ、チッ、チッ、チッ――止まらない。
私は震える手でそれを閉じた。
そして思う。
これはただの夢ではない。
夢の底に、まだ“誰か”がいる。
Chapter 4 「夢の底」では、シロが夢の中で“クロ”と対峙し、現実と記憶の境界が崩れていきました。
夢の底にいたのは過去のシロなのか、それとも“もうひとつの存在”なのか。
次の Chapter では、潮見の館そのものが動き始めます。
――凪雨カイ




