残念ながら、私はあなたに恋してません
「――レティシア・グラディール。
公爵令嬢で王太子の婚約者と言う清廉でなくてはならない立場でありながら、聖女に嫉妬し、数々の卑劣な嫌がらせを働いたその罪、到底看過できぬ。
よって、この場をもって婚約を破棄し国外追放の処罰を言い渡す!」
王太子の声が高らかに響いた瞬間、大広間にざわめきが走った。さっきまでの賑やかで楽しげな舞踏会の空気が一転し静寂が漂う。シャンデリアの灯りが揺れ、視線が一斉に私達へと突き刺さる。
聖女と呼ばれる異世界の少女は、怯えたように潤んだ瞳を伏せて、王太子やその側近達の背に守られるように隠れ顔だけ出している。
「どうして…あんなひどい事をするんですか…」
震える声で勇気を出した様に聖女が言った。
だが私は見た、ほんの一瞬、その可愛らしいピンク色の口元が嬉しそうに口角を上げた所を。
「罪状を申し上げます!」
宰相の嫡男が巻物を掲げ、高らかに読み上げた。
「まず、聖女の学びに必要な教科書を破り、学園の噴水に投げ捨てた」
「学友たちの面前で、聖女を侮辱するような発言を繰り返し聖女を侮辱した」
「廊下ですれ違いざま、足をかけて転ばせ怪我をさせた」
「階段にて、すれ違いざまに背を押し、突き落とそうとした」
「ならず者を雇い、聖女を拉致させようと企てた」
「聖女の証である大切な指輪を盗み壊そうとした」
罪状が読み上げられるごとに、大広間はざわめきに包まれる。
「わたし………怖かったです」
聖女は震える体を王太子に寄せ、潤んだ瞳で耐えるように顔を伏せていた。
「大丈夫、もう君を傷つけさせたりしない」
王太子が優しく聖女の肩を抱き寄せた。
レティシアは背筋を伸ばし冷静な声で
「わたくしはそのような事をした事はございません。教科書も破っておりません、聖女様を侮蔑する様な発言、すれ違いざまに足をかけた事も、階段で押した事も、指輪を盗んだり、ましてやならず者に聖女様を拉致する等。その様な記憶はございません」
宰相嫡男の罪状の読み上げが終わると、大広間はざわめきに包まれた。
「まさか……あの気高いレティシア様が……?」
「いや、信じられぬ。いつも礼儀正しく、高潔なお方ではないか」
「だが、王太子殿下と宰相家のご嫡男が告げているのだぞ……」
「では本当なのか……? だが、そんな……」
疑念と困惑が渦巻いている舞踏会場。
信じたい気持ちと、権威に抗えぬ現実とが入り混じり、誰もが顔を見合わせては首を振っていた。
その時だった。
大広間を見渡せる高い位置にある玉座で沈黙を守っていた国王が、重々しく口を開いた。
「……静まれ」
一言で広間は静まり返る。
「王太子よ。刑罰は軽々しく下すものではない」
国王は隣に立っている宰相に目配せをした、すると宰相は近くにいる近衛兵の一人に耳打ちをして近衛兵は急ぎ立ち去った。
「王太子よ、このような場で公に言い出したのだ勿論、証拠はあるのだろうな」
「むろんです、父上!」
「このような場で父と呼ぶでない何度言ったら分かる」
王太子は息を呑んだ。
「…申し訳ございません…陛下」
王太子は俯き悔しげに口を歪めた。
「してその証拠とやらは」
王太子がぱっと顔を上げ、得意そうな笑みを浮かべた
「その証拠はコチラに、おい」
宰相嫡男に指示を出した
側近達が証拠を出し始める
宰相嫡男は
分厚い書類を抱え、
騎士団長嫡男はビリビリに引き裂かれ、水でぐにゃぐにゃになった本をいくつか抱えて、
魔導師団長嫡男は何人かの若い女性と男性を引き連れ
国一番の大商会の嫡男はどこから連れてきたのか手枷を付けた小汚い男達を連れて来た。
騎士団長の嫡男が前に出て
「これがその証拠だ!」
自信満々に破かれ、濡れた紙がぐしゃぐしゃに歪み、ところどころ字も読めなくなっている腕に抱えた数冊の本を掲げた。
「貴様は王太子殿下が聖女様に優しくするのに醜い嫉妬をして聖女様の教科書を破り、学園の噴水に投げ捨てたのだろう!」
私は一歩進み出て、冷ややかに彼を見据えた。
「――その本を破ったのが“わたくし”だという証拠は、どこにございますの?」
「な、に……?」
騎士団長嫡男の眉が跳ね上がる。
「確かに本は破られております。けれど、それがわたくしの手によるものと、どうして断定できるのです? 現場を見たのですか?」
「そ、それは……!」
言葉に詰まる嫡男。
私は背筋を伸ばし、声を強めた。
「証拠と称するものを持ち出すのは容易いこと。ですが、それが“誰の仕業か”を示せねば、ただの濡れ衣に過ぎませんわ!」
騎士団長嫡男が赤い顔をして屈辱そうにプルプルしている。
群衆の間に再びざわめきが広がる。
「確かに……」「言われてみれば……」
疑念と困惑が入り混じり、空気は揺れ動いた。
騎士団長嫡男ががっくりと頭を下げ後ろに戻り、代わりに魔導師団長の嫡男が一歩進み出る、背後から数人の男女を伴ってきた。
「こちらは証人です。公爵令嬢が聖女様に侮辱を浴びせる場に居合わせた者たちです」
若い男女たちは不安げに顔を見合わせながらも、次々に口を開く。
「確かに……レティシア様は聖女様にきつい言葉を……」
「皆の前で言われて、聖女様は泣きそうになっていました……」
大広間がざわめく。
王太子が聖女を庇うように抱き寄せ、その姿に群衆はさらに揺れた。
私は一歩進み、静かに告げた。
「――わたくしが申し上げたのは事実です。しかし、それは侮辱ではございません」
「なにを……?」
魔導師団長嫡男が眉をひそめる。
「聖女様が王太子殿下に、あまりにも親しげに体に触れ、王族に対して皆の前で略称でお呼びしていた事。
わたくしは“王太子の婚約者”として、“公爵令嬢”として、それを戒めただけです」
群衆がざわめき、顔を見合わせる。
「……確かに、婚約者のいる異性の体に触れるのは……」「王族を略称で呼ぶのは礼を欠くのでは……」
私は堂々と声を張った。
「それを“侮辱”と呼ぶのは、あまりにも都合がよすぎませんか?」
生徒たちは口ごもり、魔導師団長嫡男は悔しげに唇を噛んだ。
宰相嫡男が一歩前に出て、分厚い書類束を高々と掲げた。
「これこそが決定的な証拠、 数多の証言を集めた記録です」
宰相嫡男は得意そうな顔をして掛けている眼鏡のブリッジを押し上げた。
「ここには、生徒や学校関係者の証言が記されている。“聖女様を廊下ですれ違いざま足をかけて転ばせた”“階段にて背を押し突き落とそうとした”――これらの証言が一人や二人ではないのです」
大広間がざわめく。
「そんな……」「あのご令嬢がそこまで……」
不安げな囁きが渦を巻く。
私はゆるりと息を吐き、冷ややかに微笑んだ。
「――その証言をした者は誰ですか?」
「なに?」
宰相嫡男が眉をひそめる。
「その場にいた者の名は? 証人として今ここに立てるのですか?」
宰相嫡男の手がわずかに震え、言葉に詰まる。
「………いや、証言者達は名前を出さないのならと言う条件で証言してくれた……しかしそれは我が国で一番の公爵家に睨まれたらこの国で生きて行けなくなると言う恐怖からで…」
「そうだ!そのように権力でもって恐怖を与えている事が問題なのだ!」
王太子がここぞとばかりに言い募る。
「確かに……」「公爵家に睨まれたら……」
群衆の間に不信感が広がる。
「おかしな事をおっしゃいますな」
堂々たる声が響いた。カツ、カツと靴音を立て、公爵家当主――私の父が前に進み出る。
「お父様……!」
私の胸に一瞬、安堵が広がった。
父は私に軽く頷き、王へ深々と礼をした。
「最初は子供同士の諍いと見て静観しておりました。ですが、我が公爵家の在り方そのものにまで口を出されては黙ってはおれませぬ」
国王は静かに頷き、手を軽く振った。
「よい。レティシアも心細かったであろう。この場に一人立つのは容易ではない」
父は王太子へと鋭い視線を向ける。
「この国で最も大きな権威を持つ王太子殿下が、“公爵家は権力で人々を脅している”とおっしゃるとは……我が家を侮辱なさるおつもりですかな?」
「そっ、それは……!」
王太子の顔が赤くなり、宰相嫡男は視線を泳がせる。
群衆もざわめき、空気が揺らいだ。
王太子は苦しげに口を開き、今度は怒鳴るように叫んだ。
「…っでは、この事はどう言い訳する! おい、レスター! 証言者を前へ!」
大商会嫡男が小汚い男達を引っ立ててきた。
レスター・セリアント――国一番の大商会セリアント商会の嫡男にして後継者。
薄いくすんだ少し長めの金色の髪を後で一括りにしている。目に掛かる程長い前髪の間から、細い目を更に細くして鋭くこちらを睨みつけていた。
その表情に、レティシアの心はズキリと痛んだ。
(もう居ないのに、まだ痛みを感じるのね……)
この国の貴族は十二歳から十八歳まで、理由がない限り王都にある学院に通うのが普通である。
稀に成績優秀な者や魔力が高い平民、あるいは裕福層のコネや人脈が欲しい平民なども入学する。
レティシアは八歳の頃に王太子との婚約が決まり、顔合わせの時から王太子はなぜか冷たい態度を取っていた。
婚約者としての交流のお茶会も渋々といった態度で、誕生日などの贈り物も侍従が選んだことが丸わかりの物ばかり。
それでも婚約者として時は進み、十二歳から王太子妃教育が始まった。
学校教育、王太子妃教育、次期王太子妃としての実務や慰問活動。
仲を深めようとしない冷たい態度の婚約者との交流に、レティシアはどんどん疲れ切っていった。
十三歳の春。心も体も疲れ果てていたレティシアは、人目を避けるように学院の裏庭にある誰も来ない隠れた場所を見つけ、度々そこで気を抜いて休んでいた。
ある時、不意に足音が近づき、影が私を覆った。
顔を上げると、そこにいたのは一人の少年。
まだ少年らしさを残しながらも、どこか鋭さを秘めたくすんだ金の髪の――レスター・セリアント。
「大丈夫ですか? よければこれをどうぞ」
そう言って出された彼の手の平の上には、小さな飴の包みがあった。
「これ、疲れが取れてリラックスする成分が入ってるんですよ」
彼は目を細め、そして少しだけ、いたずらっぽく笑ったのだ。
あの瞬間、レティシアは初めて“恋”というものを知った。
婚約者には感じない胸の高鳴りをどうしていいか分からなくて、ポロポロと泣き出してしまい、彼を大変慌てさせてしまった。
それから幾度となく、彼は此処にやって来るようになった。
「大丈夫ですよ。きっと殿下もあなたのことを理解してくれますよ」
「最近また大変そうですね。慰問や実務を少し減らしてもらえないんですか?」
少しずつ距離が縮まっていく二人
「俺に出来ることある? たいして出来ないかもしれないけど、それでも何か力になりたいからさ」
「これ、付いている石が珍しい物で、うちの商会で手に入れたんだけど……レティシア様に似合うと思って」
「最近、元気ないね。もしかして異世界の聖女様が原因?殿下もお世話係になったからさ、あんなに優しくしてるんだよ。きっと物珍しいのもあって、そのうち落ち着くよ」
そのうち彼も聖女様のそばに侍るようになり、秘密の隠れ場所にも来なくなってしまった。
……あの頃のレスターは、確かにレティシアにとって救いだった。
けれど今、目の前にいるのは――冷ややかな視線で私を睨みつける、聖女の取り巻き。
(……もう、引き返せないのね)
胸の奥に小さな痛みを抱えながら、私は顔を上げた。
レスターは細めた目の奥に冷たい光を宿し、低く言い放った。
「さあ……話せ。ならず者ども、真実を」
彼に腕を掴まれ引き立てられた小汚い男たちは、怯えながらも声を振り絞った。
「へ、へい……確かに俺たちは、この女に頼まれて聖女様を攫えと……!」
「金を渡されて、場所も指示されて……俺たちは言われた通りに……!」
大広間が一斉にざわつく。
「やはり……!」「まさか、そんな……!」
信じる者と疑う者の声が交錯し、空気は混沌としていった。
私は深く息を吸い、冷静さを保ちながら問いかけた。
「それは、いつ、どこで頼まれたというのです? それに“確実に私だ”と言える証は?」
男の一人が額の汗を拭いながら、しどろもどろに答える。
「ええっと……あれは確か……そ、そうだ! 一月前だ。スラム近くの飲み屋で飲んでる時、声をかけてきただろう? 顔はショールで隠してたけど……そ、その髪留め! 同じのを付けてたんだ!」
ならず者が震える指で指し示したのは――レスターが昔くれた、あの髪留めだった。
(珍しい石と言っていたけど同じのを作ったのね)
私は静かな声でピシャリと言い切った。
「そうですか…では、それは私ではありません」
王太子側が慌てた様に言い返して来た。
「なっ…なぜお前ではないと…」
「その証言の髪留めは貴方がいつも付けている物でしょう!」
「お前ではないと言う証拠はあるのか!」
口々に非難する声が上がる
「王太子殿下はご存じないのですか?私には常時、護衛の者が付いている事を、学院内では大人の騎士がそばにいるのは他の生徒達も萎縮したりとの影響を懸念して付いておりませんが学院外では必ず3名は付く事になっております」
王太子は初めて聞いたと言う顔をしていた
「そっ…そうなのか……」
宰相嫡男が諦め切れずに
「でっ…では家に帰ってから抜け出したのではないのですか」
そこで父が反論する
「無理ですな、我が家には王太子妃の生家と言う事で常に屋敷の周りを騎士が交代制で警備に当たっております必ず出入りする者はチェックされております」
「くっ………」
悔しげに顔を歪める王太子陣営の中から聖女が顔を出した
聖女が涙を浮かべ、両手を胸の前で組み、今にも崩れ落ちそうな声を絞り出した。
「でも確かに、わたしは襲われそうになりました! ここにいる皆が守ってくれてなければ……わたしはあの時、どんな目に遭っていたか……! あなたじゃなければ、誰が犯人だというの!」
その芝居がかった姿に、観衆の間から「気の毒に……」とため息が漏れる。
私は冷ややかに答えた。
「さあ? 私には何とも。素人が余計な事をせず、犯人探しはしかるべき機関に頼んだらいかがですか?」
王太子の顔が真っ赤に染まり、怒声が広間に響く。
「きさま……言うに事欠いて、なんということを!」
その瞬間――
「静まれ!」
玉座から轟いた国王の一声が、すべてを圧した。
大広間は一瞬にして水を打ったような静けさに包まれる。
「もうよい。ここまで拗れているのなら、真実の眼を使えばよかろう。……私が許可を出す」
国王が重々しく告げると同時に、宰相が深く一礼した。
その合図に従い、先ほど退出していた近衛兵が戻ってくる。
腕には白い布で覆われた台座、その上には澄み渡る水晶玉が鎮座していた。
「嘘を見抜くという……水晶……!」
「確か触れた者が偽ると水晶が黒く濁ると言う」
「生きてる内にこの目で本物を見れるとは……」
群衆の間にざわめきが広がり、空気が一気に張り詰める。
王太子は一瞬ぎょっとした顔を見せたが、すぐに聖女を抱き寄せて余裕の笑みを取り戻した。
「ふん……構わん。どうせ濁るに決まっている」
水晶玉は玉座への階段の前に設置されて、宰相閣下が王の横から離れ階段を降りて来た。
「ではレティシア・グラディール公爵令嬢こちらにおいで願います」
私は背筋を伸ばし出来るだけ優雅に見えるよう前に進む
「こちらに手を置いて下さい」
私はそっと水晶玉に手をかざす
(やっとここまで来れた…見ててねあなたの仇は取ってあげる)
水晶に手を置くと初めてこの世界に来た朝が思い出された。
柔らかな朝の光がカーテン越しに差し込み、鳥のさえずりが耳に届く。
見慣れない天蓋付きのベッドの上で、私は息を呑んだ。
「……ここは……?」
身体を起こすと同時に、公爵令嬢レティシアのこれまでの人生や経験がまるで映画を見ているかのように激しい頭痛を伴って大量に流れ込んで来る。
(っ……! これって……流行りの異世界転生!?)
落ち着いて頭の中を整理しようと息を整えると、今度は私の中にレティシアの心が流れ込んできた。
お父様とお母様に愛され、大切に育てられたこと。
初めての王太子との顔合わせで、理由も分からぬまま冷たくされて泣きそうになったこと。
王太子妃教育と実務に追われ、眠る時間を削りながら必死に食らいついた日々。
疲れ切っていた心を救ってくれた、あの人との甘酸っぱいひととき。
誰にも言えず、心の奥にそっと封じ込めた初恋。
けれど――彼が聖女と距離を縮めるにつれ、胸に生まれた醜い感情。
生まれて初めての嫉妬に支配され、魔が差した一瞬。
誰もいない教室で、つい聖女の教科書を隠してしまった。
その後――破かれ、噴水に捨てられた教科書を目にした時の、あの驚き。
自分ではないと分かっているのに、誰かに見られていたかもしれない恐怖に押し潰されそうになった。
そしてある日。
レティシアは偶然聞いてしまったのだ――彼の本心を。
その日、教師に頼まれて次の日の授業に使うプリントを作成し、今は使われていない旧校舎の資料室へ返却した帰りだった。
誰も居ないはずの校舎の薄暗い廊下に、不意に響いた懐かしい声。
「……どうしてここに?」
戸惑いと、「盗み聞きはいけない」という理性と、けれどもう一度だけ聞きたいという未練が交差する。
扉の隙間から光が漏れ、彼の声がはっきりと聞こえた。
魔道具の通信器で、誰かと話しているようだった。
「そうか上手くいきそうか、よくやった…うん?
平気かって?レティシアに近づいたのは未来の王妃だからだよ…最初はな、結構長い間励まして寄り添ってたからな、もう情が移っちまったよ、だからこそこの計画なのさ」
(計画?)
いつもより横柄でぶっきらぼうな感じの喋り方にほんの少しときめいてしまい、だが聞いてはいけないと心が警鐘を鳴らしてもいて、口から出て来るんじゃないかと思うくらいに心臓がドキドキしている。
「この婚約破棄騒動でレティシアは国外追放になる、きっと着の身着のまま馬車に放り込まれて国境迄で運ばれる、そこを俺が助けるのさ。……あくどいだと?違うね計画的だと言ってもらいたいね、あのボンクラ王子にレティシアは勿体ない、俺ならあいつを上手く使いこなせるしな、幸いあいつも俺に惚れてるからな、ちょっと説明すれば納得するだろう、あれは王太子達を油断させる為の芝居だってな、君を信じていたがあの場ではああするしかなかったってね。……自惚れ過ぎだって?そんなのは目を見れば分かるよ完璧に俺に堕ちてるね、公爵家にも恩を売れるし…いつから計画してたって? レティシアが聖女の教科書を隠してるのを見てからだな、くくっ…可愛いもんだよ、俺が少し距離を取ったら気高い公爵令嬢が嫉妬に駆られて、…まあお嬢様にはあれで精一杯だったようだからちょっと手伝ってやったけど、その後の驚いた顔は見ものだったぞ、自分のしたことが誰かに見られてたんじゃないかって怖かったみたいでな……ああん?聖女? あれは駄目だ聖女どころかビッチだよあんなスレてる女、聖女なんかじゃないだろ……まあせっかくなんでつまみ食いはしてるが…異世界の女なんて珍しいからな、…とにかくならず者の当てはあるんだな、髪留めはこっちで用意する……ああ、じゃあまた連絡する」
その後、死角に隠れてやり過ごしレスターが居なくなってから帰って、誰にも相談出来ず、目が溶けて無くなってしまうんじゃないかと言うくらい泣いて泣いて心が壊れてしまった。
ただでさえ心も身体もギリギリだった所に初めて好きになった人からの酷い裏切り、もう限界だったのだろう。
私には分かる、もうこの身体の何処にも彼女はいない、
消えてしまった。
私は決めた、この胸の痛みを思い知らせてやりたい、
消えてしまったレティシアの無念を晴らそうと……まあそれだけじゃなく私もムカついたしね。
誰にも内緒で公爵家お抱えの密偵に調べてもらい、今日の計画を事前に手に入れていた。
水晶玉に手を置いて気持ちが現実に引き戻される。
(それにしても私から真実の眼の使用を頼むつもりだったけどラッキーだったわね)
「私は聖女様に対し、いかなる罪過も犯しておりません」
水晶玉が眩しく光輝いて、やがて真珠色の光に落ち着き玉の中で静かに光の帯になり漂っている。
「……濁らない……だと?」
王太子が愕然と声を漏らした。
「嘘をついていない証拠ですわね」
私は優雅に微笑み、手を水晶から離した。
群衆がざわめき立つ。
「嘘を言っていない?」「では令嬢は潔白なのか?」
「そんな馬鹿な……!」
不安と困惑の声が飛び交い、空気は一気に揺らいだ。
聖女が顔を伏せ、作り物の涙をこぼす。
「そ、そんな……! でも私は確かに……!」
すかさず王太子が声を張り上げた。
「バカな! 水晶が壊れているに決まっている!」
その瞬間、国王の瞳が冷たく細められた。
「王太子よ。神代から伝わる神器を“壊れている”などと軽々しく言うものではない」
王の言葉に広間が静まり返る。
私はその沈黙の中で、にやりと心の奥で笑った。
(――さあ、ここからが本当の“ざまぁ”よ)
私は胸の前で手を叩き、いかにも今思い付いたように
「それでは、壊れているか確認してみましょう!」
周囲は私の突然の提案にどうしていいかわからないと言う空気に包まれた。
「では」
そう言ってまた水晶玉に手を置いた。
「私レティシア・グラディールは王太子殿下を心から愛し敬愛しております」
途端に水晶玉の中が黒い煙の様なもので濁ってしまった
その瞬間大広間が騒然となった。
「……濁った……!」「ということは、令嬢は嘘を……?」
「心から敬愛していない…つまり…」「プッ……ゴホン」
群衆の中から小さな嘲笑が漏れた。
「愛されていない王太子……プッ」「なんと哀れな……」
王太子の誇りが、大勢の視線に晒されて粉々に砕かれていく。
私はゆるりと微笑んだ。
「これでお分かりでしょう。水晶玉は、正常に機能しております」
王太子の顔が真っ赤になり、声を裏返らせた。
「ふっ……不敬だぞ貴様!どう言うつもりだ婚約者のクセに私を敬愛してないなどと……」
「私に愛されているつもりだったんですか?交流の為のお茶会は二回に一回はすっぽかす誕生日や記念日の贈り物はおざなりでサイズの合わないドレスや靴、パーティーのエスコートはしてくれますが迎えには来ず会場で合流、中に入れば直ぐに放置、ファーストダンス後もまた放置、これでどうして愛されるとでも?」
(言って見ると思ったより酷いな)
周囲の人々も流石にドン引きしている。
「ではライオネル殿下こちらへ」
ライオネルは赤い顔のまま抱き寄せていた聖女から腕を外し、歩き出そうとした時
「ライ……こんな事までしなくてもいいよ、もうやめようよ…私は我慢するから…もう」
聖女はライオネルの袖を掴み瞳をうるうるさせながら上目遣いに見上げている。
(必死だな、それもそうか色んなヤバい事がバレるかもしれないしね、それにしてもあんなわかりやすくあざといのに簡単に騙される王太子って、この国大丈夫?ハニトラされ放題になるんじゃ………)
「大丈夫だ、聖女私達は何も疚しい事はしていない、安心していい子で待っているんだよ」
「ライ……あのね……」
聖女が何か言おうとした時
「殿下お願いします」
宰相閣下に促された
「うむ、私達の潔白を証明してやろう」
颯爽と肩にかかるペリースを靡かせて足早にこちらに来て私を睨みつけながら
「ふんっ! 初めて会った子供の頃から礼儀作法も勉強も自分の方が少し出来るからって王太子殿下である私を立てずに見下す様なその目が気にいらないんだ」
(はあっ? レティシアに冷たかったのってそれが原因?馬鹿なの?馬鹿じゃないの!)
「殿下、被害妄想も甚だしいですわね、私そのようには一度も思った事もございません」
殿下は忌々しそうに水晶玉に手を置きながら言い捨てる
「ふんっ、口では何とでも言えるからな」
「まあいいですよ、では始めさせていただきます。
殿下、貴方は私と言う婚約者が居ながら聖女様と随分仲が宜しい事で、しょっちゅう侍女や侍従を追い払って聖女様と二人きりでご自分の私室に何時間も籠もっておられるそうですね」
「なっ私とリアはお前が考える様ななふしだらな事はしていないぞ」
あっという間に水晶玉が黒く染まった
「私達は真実の愛で結ばれただけだ!」
興奮して唾を飛ばしながら叫んでいる。
「殿下、興奮して唾を飛ばさないでくださいませ、汚いですわ。それに真実の愛でも何でもあなた方のやっていることは不貞ですわよ。と言う事で有責なのは殿下の方ですわね」
私はニッコリ笑って国王陛下の方を見た。
陛下は深くため息をつき、額に手を当てた。
「……これ以上、庇い立てはできまい。長い間、愚息がすまなかった。正式に、こちら有責で婚約を破棄する」
その声には、父としての情よりも“王”としての断罪の響きがあった。
「はい、後ほど父と進めて頂ければ」
ライオネルは何も言えず肩を落とし、すごすご聖女の元に戻った。
「次は……宰相閣下の嫡男、アルベール様にお願いしてもよろしいかしら?」
私がにっこりと笑いながら促すと、宰相嫡男はビクリと肩を揺らした。
「な、なぜ私が……!」
「王太子殿下を守るために、真実しか語っていないのでしょう? ならば水晶に触れて証明なさるのが一番ですわ」
すると水晶玉を挟んで隣にいた宰相閣下が少し怒りを込めた声で言った。
「アルベール往生際が悪いぞ、疚しい事がないのであれば証明してみなさい」
アルベールは渋々水晶玉へと歩み寄った。
「僭越ながらこのまま私が質問をいたしますがよろしいですか?」
「なぜあなたがっ」
アルベールが焦って言い募ろうとしたその時
「よろしいでしょう」
その発言を遮って宰相閣下が許可をくれた。
「アルベール様、貴方は聖女様が王太子妃になったら次期宰相の座を約束されましたね、その上何度も聖女様と城下町の宿でご休憩されていますね」
「なっ何を馬鹿な事を、たまたま彼女が具合が悪くなったので、休憩しただけで疚しい事は……」
途端、水晶玉が黒く濁った。
アルベールの額に脂汗が浮かぶ。
「ち、違う! これは……! 水晶の不具合に決まっている!」
私は隠し持っていた扇を軽く広げ、
(この間ドレスの横にポケットを作ったのよねこの世界のドレスポケットがないなんて不便だわ)
口元を隠しながら冷ややかに笑った。
「あら……先ほど王太子殿下も同じことをおっしゃいましたね。では、この国の神器は二度も“壊れる”ということかしら?」
ざわ……っと広間が揺れ、アルベールは真っ赤な顔で俯いた。
王太子が叫んでいる
「どう言う事だアルベール! お前私を裏切って聖女と関係を……」
「もうよい、アルベール、お前の処分は後ほど決める」
王太子の言葉を遮り国王が発言する。
「陛下、我が愚息が大変申し訳ございませんでした
いかような処罰も受け入れる所存です」
宰相閣下が王に向かい深々と頭を下げた、それを受け国王が頷く。
「ふむ、しかし別に聖女は王太子の婚約者でもないしなまあ、この後もまだ続きがあるようだ決めるのはその後で良いだろう、レティシア嬢まだあるのかな?」
「はい陛下、この際冤罪を晴らす為にも全て明らかにしましょう」
王太子側の面々が血の気の引いた顔をしている
「次は騎士団長嫡男、アイザック様こちらに」
アイザックは後ろの聖女を不安気に振り返りながら前に出て来た。
「はい、では水晶玉に手を乗せて下さい。それでは質問いたします。アイザック様、貴方は聖女様が王太子妃になった暁には騎士団長の座を約束されておりますね。
それと国宝である宝剣カーディナルの下賜の約束もされてますね、そして貴方も聖女様とよく学院の旧校舎や東屋でいかがわしい事をなさっていた様で」
アイザックは全身を小刻みに震わせながら
「だが…あれはリアが自分から誘って来たのであって俺からでは…その時、俺を騎士団長にして上げると…」
「ではその時、断ったと……?」
「いや、それは………その……」
「はっきりおっしゃって下さい」
「………断りませんでした」
水晶玉は変わらず真珠色の輝きを放ち続けた。
広間がざわめく。
「真実……!?」「つまり本当に約束されていたのか!」
「宝剣カーディナルまで……!」
聖女リアの顔から血の気が引き、アイザックを睨みつけたが、彼は視線を逸らして唇を噛んだ。
私は扇で口元を隠し、静かに笑う。
(ふふ……脳筋はこれだからまあ簡単で良かったけど)
「続いて魔導師団長嫡男、ユーリアス様」
ユーリアスが王太子達の後から項垂れながら出て来た。
「ぼっ僕は何も」
「それはこれから伺います、手を置いて下さい。はい
では貴方も魔導師団長の座を約束されていますね。
貴方は聖女様と一線は越えてないようですが、聖女様が王太子殿下の婚約者になられたら、その報酬として人体実験の許可を願いましたね?」
大広間は一瞬、静寂に包まれた、その後大きな喧騒にまかれた。
「嘘だろう………」「人体実験は禁忌とされているはず」
「そういえばユーリアス様はかなりの魔術馬鹿だとか」
「それにしたって」人々は困惑を隠せずにいる。
「うっ…うるさい!うるさい!うるさい! なんだよ! いいじゃないか僕が求めたのは死刑前や終身刑の犯罪者だ
どうせ死ぬんだから少しは世間の役に立てたっていいだろう!」
手を置いたまま激しく言い募る、水晶玉は変わらず真珠色に光輝いている。
国王は顎に手をやり
「…確か騎士団長と魔導師団長は今…」
「はい陛下、只今両名共、国境の西側と北側にそれぞれ魔獣の出現が増えているとの情報で討伐任務に向かっております」
「そうか、なら正式な話し合いは後日だな」
「次いでセリアント商会のご嫡男レスター様、こちらへ」
レスターは先程の威勢は何処へやら顔を青褪めさせてこちらを見ている。
(容赦はしないわよ)
こっちに来て私を縋るような目で見て来た
「レティシア…様、俺は……あなたを……」
「御託はいいですからサッサと手を乗せて下さいませ」
レスターは青い顔で意を決して水晶玉に手を乗せる。
「あなたは聖女様が妃殿下になられた時に永続的にセリアント商会を王家御用達にする事を約束されましたね。
ならず者はあなたの商会の者が私に化けて依頼しましたね、わざわざ髪留めまで作って手の込んだ事……。そしてあなたも聖女様といかがわしい関係を持っていましたね、セリアント商会の系列の高級宿でたびたび宿泊されているようですが?」
「なぜそこまでわかって……」
水晶玉は真珠色に輝いている。
「公爵家を舐めないで下さいませ、我が家には優秀な密偵がおりますのよ」
「だが……信じてください、俺はあなたの為に……あなたを辛い王太子妃の立場や酷い王太子から離そうと……」
すると水晶玉が黒く濁り始めた。
「この水晶にはどんな嘘も効きません」
レスターはカッとして手を水晶から離して私の手首を掴んで来た。
「あなたは俺に惚れていたはずだ! なぜ今、そんな目を俺に向ける!」
(お前なんか石の下に居る大量の虫並みにキモいわ!)
私はレスターの手を払い除け水晶玉に手を乗せ
「私は今までたったの一度もあなたを好ましいと思った事も愛した事もございません!」
水晶は黒から美しい真珠色に色を変えた。
水晶から手を離し、レスターの耳元で囁いた
「残念だったわね、女を馬鹿にしすぎよ。自惚れも大概にしたら?まあ、これで貴方もご実家の商会もおしまいね」
レスターは崩れ落ち何かを呟いている。
「そんな馬鹿な……俺が読み間違えるなんて……」
騎士に両腕を掴まれ引き摺られて行くレスターを見て、ちょっと溜飲が下った。
(さて元凶も退治しないとね)
「さて最後は聖女、リア様お願いします」
「いっいやよ! 私はやらないわよ!」
座り込んで動こうとしないリア。私は宰相に目配せすると宰相がそばに居る騎士に向かって
「そこの者、聖女様を此方に」
騎士に強引に連れてこられて手を水晶に乗せられる、上から抑えられているので外せない。
「さて聖女様は色々な男性と交わっているようですが
殿下一人では満足出来なかったのですか?」
「そんな事私は……」
凄い勢いで水晶が黒く染まった。
聖女はそれを見て観念したのかキッと私を睨みつけ
「なによ! なんなのよ! 歩いてたら急にこんなトコに迷い込んで皆が勝手に黒目黒髪だから聖女だって言って祭り上げたんじゃない! 私は自分から聖女だなんて言ってない!」
「では、否定して説明すれば良かったじゃないですか」
「だって、何かの乙女ゲームの世界かと思って……
ゲームなら逆ハーは当たり前でしょ、ヒロインなら皆が大事にしてくれてちやほやするもんでしょ、私の世界なら別に好きな男と寝たって……」
(いや、あっちでもそんな事してたらビッチだよ!)
「よくわからない事を言ってますが、この世界の貴族は一夫一婦で、妾や愛人等はいますが結婚前に作る事はありません、仮にあったとしたら貴族としての恥と成ります」
聖女は項垂れて騎士に連れられて行った。
その後、舞踏会は中止となり、騒動は後日に王家や関係者の保護者を交えて罰が決まった。
レティシアと王太子は王太子側の有責で婚約破棄、王家が慰謝料を払う事となり王太子は王位継承権剥奪の上三年間の謹慎後、臣籍降下して王都から離れた王家所有の領地で伯爵になる事が決定した。次の王太子は4つ下の弟君に決まった。
宰相、騎士団長、魔導師団長の嫡男達も廃嫡の上それぞれ下っ端の文官や一般兵、辺境前線で魔導師として派遣された。
聖女は教会預りで何処ぞの修道院に押し込められた様。
そしてレスターは商会の評判がガタ落ちし国一番だった大商会が支店の殆どが潰れご両親はレスターを廃籍して隣国に逃げて行った。
レスターは小さな港町の商会で事務員として働いているようだ。
私は一人、部屋でレティシアに向かって心の中で報告した
(貴方を苦しめた全員、仕返しはしたよ。
でも少し危ない賭けだったわ。
真実の眼が私とレティシアを同一とみなすかどうかにかかってたし、レティシアも聖女の教科書隠しちゃったから罪はあったのよね。
宣言の時、名前じゃなく私と言う一人称にしたことでレティシアと私は別人格と見なされたみたい。
レスターの時も私は最初からあいつが嫌いだったから、水晶も反応しなかったしね。
これでレティシアが満足するか分からないけど、これからあなたの代わりにお父さんもお母さんも大事にして親孝行するね。
残念ながら自分の記憶はあまり残ってないのでチートは出来ないけど、こっちであなたの人生を歩ませてもらいます)




