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裸の平民

作者: ハト

 一つの世界に何億という人間が産まれると、一部は裸の平民となる。

 彼らは産まれてから今まで、一度も服を着た事がない。

 いや、本人達の言によれば着ているという事らしいが、しかしそれが他人の目に映る事はない。

 それは所謂魔法の召し物で、高貴な人間にしか見えないのだと平民達は言う。だが実際にその様な服を着ている人間は稀で、しかもその服を着ると平民は王様に変わるから、やはり彼らは何も着ていないと言う事になる。

 彼ら裸の平民は、王様と同じ服を着ていると思いこんで居る。だから自分と王様は同じ位偉いと思っていて、平民が顔を合わせると、したり顔で王様の服を批判するか、同じような他の裸の平民を見て物笑いの種にする。世間の人間は何故これを放っておくかというと、平民達は自分だけが王様と同格だと信じているので、結局最後は顔を合わせた平民同士で罵倒し合い、喧嘩別れするからだ。

 なぜこんなに醜い人間が産まれたかと言えば、恐らく彼らが全員、昔は裸の貴族であったことに関係があるのだろう。

 貴族であった彼らは、厚い服を着た両親であったり親戚であったりに抱きしめられて育ったので、服を着る必要がなかった。その腕の中が熱すぎて、自ら寒い外界に飛び出し、自身に合った服を見つけて着る者も居る。しかし、そんな気骨のある者は極々少数で、大概の貴族は、両親の庇護がなくなりその身が平民へと没落するまで、ただひたすら糸の掛けられていない機織機を動かし、自分にしか見る事の出来ない魔法の服を作るのである。特に酷い者は、自身が機織りをしていると言いふらすだけで満足し、埃の被ったその機械を触った事すら無い。服の製作の手引き書だけは豪勢な物を多数用意したというのに、一度もそのページを開かずにその手引き書の批判をし、また新しい物を買い求めるという愚かな平民もいる。

 裸の平民達は、自身が作る服は他とは一風変わっていて、今までの被服の歴史を打ち破るような、そんな画期的で機能的で感動的な代物だと考えている。しかし、完成予定を訪ねてみると、それは最近名君として讃えられた王様が、ご自身で作ってお召しになった服を継ぎ接ぎにした物が大半である。残りはどのような物なのかと言えば、とことん奇を衒った最早服とは言えない物体であったり、自然主義だの何だのと訳の分からない理屈をこね回した、ただの布きれであったりする。だが、そんな者たちはまだ良い方で、中には機織機の周りを指さして、作り損ねた糸くずの山を示す者が居る。

 裸の平民を笑う者など誰も居ない。

 ただ、遠巻きに眺め、そして指を差してヒソヒソと噂し合うだけである。

 それを酷い事だと言う者も居るが、しかし噂にしてもらえるだけでも、平民にとっては僥倖なのだ。

 裸の平民のほとんどは、人の口に登る事すらない。この現代に置いて、人は平民が何を着ているのか、そんな事に興味を持たないからだ。平民が裸である事は事実であるのに、それを認識する者が居ないものだから、いつまで経っても平民は裸のままである。

 自分では、魔法の服を着ていると思いこんだ平民は、その格好で冬も過ごす。裸なのだから、寒いのは当たり前だ。しかし彼は、それに目を向けようとはしない。そうやって平民は大概、冬に死んでいく。

 勿論平民だって、凍えそうな夜にはコートを着たいと思う。そこで服屋に飛び込むのだが、今まで裸で過ごしてきた者だから、どのようにして服を着ればいいのかが判らない。コートの下には、規格生産されたスーツがあり、その下にはボロボロの下着があるという当然の事実すら、平民は知らない。店主にコートを要求するばかりで、他の服には見向きもしないのだ。裸の平民は、凍夜における汗染みたシャツの暖かみを知らないのである。そして店主がコートを用意できないと言うと、怒った顔で店から出て行く。その足で他の店に行くが、そこでも同様である。平民は帰り道、今の服屋はコート一つ用意できないかと憤り、その熱で何とかその日を過ごすのだ。

 裸の平民は、そんな夜を越え、手足を凍傷で失いながら、ある日ひっそりと死んでいく。


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