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第三話 約束……

 はじめの話では、流音が教室を飛び出してから、同じクラスの生徒全員で流音を探していたらしい。

「でも、るねちゃんが見つからないって、りっちゃん……じゃなくて、えっとね、えっと……」

 「えっと」を五回ほど繰り返した後で、一はやっと「おねえちゃんが困っていたから」と、告げた。

「だから、僕も探しに行ったんだ」

 誇らしげに笑う一に、流音はそっと額を抑える。

 聞くんじゃなかった。そんな話を聞かされたら、ますます敷居が高くなる。

 しかも、三級も下の一にまで手間をとらせたなどと考えると、恥ずかしいことこの上ない。年長者は、常に年少の子供達を気にかける事と、祖母に言い聞かされて来た流音であったから。

 学校に戻るのは良いけれど、このまま教室に戻るのはさすがにきまりが悪いな。

 そんな流音の考えは、だが、杞憂に終わった。

 つまり、校門には蘭子を先頭に五、六年生全員が詰めかけていたからだ。

「流音ちゃん、良かった」

 蘭子が駆け寄ると、その後ろからはゆこが姿を見せる。

 「謝るんやで」そう言った少女の言葉が脳裏に蘇った。

「あの、ゆこちゃん」

「るねちゃん、あのね」

 「ごめんね」の言葉が異口同音で響き、顔を見合わせた二人に笑みが浮かぶ。

 ゆこの後ろでは蘭子がほっとしたような顔をして、その更に後ろでは律子が決まり悪そうに横を向いている。その背を舵が押した。

「言い過ぎました。ごめんなさい」

 ふてくされたように告げる、律子。流音にしてみれば、結局悪いのは自分だったような気がしたが、そこを口に出すことはプライドが許さない。

 だから。

「これからも、よろしく」

 自己紹介の時に言えなかった「よろしく」という言葉を、やっと口に出す。

「よろしく」

 と、蘭子が手を出し。

「やっぱり、全然素直じゃない」

 と、律子が小声で言った。


 流音が出会った少女の事は、結局よく解らなかった。蘭子が言うには、この学校には確かにそういう存在がいるのだということ。

「春ちゃんなら、何度でも見てるよ」

 と、一が言う。

「よく、樅の木の下に居るんだ。学校じゃない所でも見かけるよ。僕なんか助けてもらった事もあるんだから」

 と、何故か誇らしげに告げる、一。

「はじめ君の事、苦手だって言っていたけど?」

「はじめは、ね」

 と、蘭子が笑う。

「余計な事を言うなよ。お姉ちゃん」

「はいはい。樅の木の上に住んでいるに違いないって、木に登って、降りられなくなった事なんかしゃべりません」

「しゃべってるじゃないか!」

 そんな話題から、いつの間にか小学校の子供達ともうちとけ、そして生徒たちが待ちに待った合宿の日が訪れた。

 合宿とは、つまり子供達の自立心を促すためのものらしい。全員で協力をして何かを成し遂げる。その達成感を、子供達に味わってもらおうというものだ。

 そして、その研究テーマに選ばれたのは「流音ちゃんとゆこちゃんを歓迎して、加美手島ジオラマ作成」というものだった。

 つまり、加美手島の模型を作ろうというのだが……

「なんで、こんなやっかいな事を思いつくのよ」

 島の形を象った新聞紙に色を付けながら流音がぼやく。「流音ちゃんとゆこちゃんを歓迎して」と詠ってあるものの、この研究テーマは律子がかなり前から練っていたらしい。様々角度から取られた写真が用意されていた。だが、こんなものが一日やそこいらのやっつけ仕事で出来るのだろうか?

「役割を分担して、夏休みの間に色んなパーツを作る予定だったのに、合宿が前倒しになったんだから仕方ないでしょ」

「そうそう。おかげで全員で取りかからなきゃいけなくなっちゃったよ。今年は僕の班は昆虫採集の予定だったのに」

 舵が、ぶつぶつと文句を言う。

「文句を言ってる暇があったら、手を動かす! 私たちはそろそろお昼ご飯の用意で抜けちゃうけど、ちょっとでもさぼったら……解ってるよね?」

 蘭子に凄まれると、がぜん張り切り出す男子たち。

 青い海の上に浮かぶ、緑の島。綺麗に色づけをされた加美手島が出来上がったのは、夕方になってからだった。

「出来たけど、パーツはどうするの? 律子さん」

「取りあえず、出来る限り再現したいんだけど……」

 うーんと、律子が頭を抱える。明日中に、島の全景全てを再現するのは、絶対に不可能だ。

「とりあえず、これだけは作っておいたけど」

 と、蘭子がボール紙で作った模型をその島に置いた。二階建ての校舎と広い校庭、そして校庭には樅の木。

「加美手島小学校だ」

 わっと、低学年の子供達の歓声が上がる。

「じゃあ、カオリ先生や校長先生たちも作らないと」

 別の子が、絵を描き始める。

「あのさ、蘭子さん。これも置いて良い?」

 そう言って舵が取りだしたのは、船の模型。白い船体は、美しい曲線を描いている。

「それって、舵の船?」

「そう、僕が将来乗る船。豪華客船、その名も『ホワイトベース』」

 満面の笑顔で告げる舵に、「どこかで聞いた名前ね」と蘭子が笑い、「舵は客船の船長じゃなくて漁師でしょ」と律子が突っ込む。

「でもそれ、いいかも」

 と、ゆこが目を輝かしながら告げる。

「ここに、みんなの夢を置くの。夢の島、どう?」

 それは素晴らしい提案だった。

「じゃあ、私が将来乗る飛行機も作らないと」

 律子が言えば、

「空港が必要でしょう、その前に」

 流音も言う。そうなったら、もう構想は膨らむばかりだ。

 遊園地に、ドーム球場、コンサートホール。

 低学年の子供達が眠った後も仮眠を取りながらの作業が続き、昼過ぎになってやっと、「夢の島」が完成する。

 加美手島の形をした、子供達の夢が詰まった島だ。

 漁港には立派な船があり、空港があり、ドームがある。島の裏側には絶対にこの島にはない筈のスキー場まで作られており、林の中を走るモノレールは、世界一長くて危険なジェットコースターらしい。

「じゃあ、これも置いて良い?」

 流音が小学校の横に置いたのは、別の学校。時計台のある煉瓦色の校舎が洒落ている。

「何? 学校かな?」

「星陵高校、加美手島分校よ」

 蘭子に聞かれ、幾分照れたように流音が答えた。

「おばあちゃんの、夢だから」

「じゃあ、私はその学校の先生になる」

 と、嬉しそうに紙粘土の人形を学校の校庭に置いたのは、ゆこ。

「ずるい、ゆこちゃん自分を作ってるなんて!」

「だったら、みんなも好きな場所に置くと良いよ」

 ゆこが取りだしたのは、小学校の全校生徒三十人余り。そういえば朝から隅のほうで、一たち下級生と一緒に何かを作っていた。

 皆が自分の人形を思い思いの場所に置き、一が最後に樅の木の下に小さな少女の人形をそっと置いて、「夢の島」のジオラマは完成した。

 みんなの力で作った、ジオラマ。それは無限大の可能性のある島の姿だった。


「それでは、合宿のメインイベント。キャンプファイアー点火!」

 蘭子の声と同時に、校庭に篝火が焚かれる。

 この作業だけは子供たちに任せておけないので、教師たちが行った。

 篝火を受けて白い校舎が橙色に染まる。いや、校舎だけではない。校庭も、樅の木も、子供達も。

「どうしたの? るねちゃん」

 そんな景色を見ていると、何故だか泣きそうになっていた流音は、ゆこの言葉に小さく首を振る。

「綺麗だね」

「うん。綺麗だね」

 何もない島。でも、ここには都会にはない何かがあるような気がしていた。

「クリスマスはね、もっと綺麗なんだよ」

 すっかり流音とゆこになついた一が、二人の間に入る。

「クリスマス?」

「この樅の木にね、みんなで色んな飾り付けをするんだ。そして、島中の人たちが集まって、みんなで踊るの。来年も良い年になりますようにって」

 後ろから、そんな事を教えてくれたのは、律子。

「今度は、クリスマスに来て」

 流音の肩にしがみつく。そう、留学期間は二週間。お別れの時が迫っていた。

「クリスマスは、家族でお祝いするに決まってるじゃない」

「だったら、お父さんたちと、一緒に来てよ。みんなで、来てよ」

 しゃくり上げながら、律子が言う。

「どうしてこの島の人間はみんな、自分勝手で我が儘なのかしら」

 呆れたように言う流音も、ぐっと唇を噛みしめていた。

「また、そういう言い方をするし。全然、素直じゃない」

「あなたに言われたくないわよ」

「るねちゃんもりっちゃんも、帰るのはまだ先なんだよ」

 もう、と二人の肩に手を回す、ゆこ。そのゆこの手を蘭子が取る。舵、一、下級生のサキちゃん、コウちゃん、ミコちゃん。

 気がつくと、みんなが泣いていた。

「クリスマス、来るから」

「絶対に来るから」

 篝火の前での、約束。

 世の中に「絶対」なんてないことに子供たちは勿論、それを見守る教師達も、気づいていなかった

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