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第二話 座敷童

すっかり、続きが遅くなってしまいました。

年も明けてしまいました……。


皆様、今年も宜しくお願い致します。

 その時、その場に偶然居合わせたのが誰なのかは解らないし、またあえて調べたくもなかった。ただ、結論として流音の一言は律子の元に届けられた。これが、また間違いの元だった。せめて聞いたのが蘭子だったら、大きな問題にはならなかったかも知れない。

 教室の険悪な雰囲気を思い出し、カオリはそっと額を抑える。そこに温かい紅茶が差し出された。

 柔らかな湯気に誘われるように顔を上げると、校長の矢木が立っている。

 矢木は、カオリがこの小学校に生徒として在籍していた頃から学校に居る。その頃から何かある度に相談相手になってくれる矢木は、カオリにとってもうひとりの父親のような存在になっていた。

「少し困った事になったようすね。越智先生」

「……いえ、まだそれほどでは」

 弱音を吐くにはまだ早いと苦笑する。流音には、クラスメイトとうち解ける気は全くないようだが、それでは何のためにこの島に留学したのかが解らない。そもそも、流音がこの島に来たきっかけは、何だったのだろう。

「冷めますよ」

 勧められて温かい紅茶を一口飲むと、少し心のささくれが取れた気がした。無意識に口元がほころぶ。

「そうそう。女性は笑っている方が良い。若い女性の眉間に縦皺というのは、どうにもいただけませんからね」

 言われた相手が矢木でなければ、「別に頂いてもらわなくても結構です」ぐらいの言葉は返したかも知れない。だが、飄然とした校長を見ていると、そんな意地や見栄が吹き飛んでしまうから不思議だ。

「実は、困っています」

 小さく息を吐き、昨日の出来事と今日の教室の様子を告げると、矢木は「ふむ」と呟くと自らも紅茶をひとくち口に運んだ。

「なるほど、『大嫌い』ですか」

 ちらりとカオリを見る、矢木。

「それで、どうするんですか? 越智先生」

「とりあえず、もう一度ゆっくり流音ちゃんと話し合ってみるつもりです。この島に来たきっかけとか……」

 カオリの返答に、矢木は何故か苦笑した。

「相変わらずですね、カオリ君は」

「矢木先生?」

「昔から面倒見の良い生徒でしたよ、君は」

 言われて、カオリは小さく首をかしげる。「カオリ君」と呼ばれるのは、それこそ小学生の時以来のような気がして。

「確かに、もう一度じっくりと話し合う必要があるでしょう。だが、それは少し後にして、先ずは子供達に任せてみませんか?」

 矢木の言わんとする事を察し、カオリは赤面した。

 静かに見守るの事も教師のあるべき姿だと、矢木はそう言いたいのだろう。

「そうですね。私が口をはさむと変にこじれるかも知れませんね」

 小さく嘆息する、カオリ。そんなカオリを見る矢木の目は、どこか誇らしげに見えた。

「ただ見守るというのは、口を出すことよりも遙かに辛い事もありますが……」



 流音とクラスメイトたちの間の空気は、三日で最悪なものとなった。

 三日後には一泊二日の合宿を控えているというのに、こんな事では研究内容すら決まらない。

 何とかしなきゃと蘭子が思っていた、そんな時だ。

『最近の加美手島小学校アンケート。つき合い辛い友達ナンバーワン。圧倒的多数でルネさんに決定!』

 学校新聞の一面をそんな文字が飾った。勿論書いたのは、新聞部の律子だ。

 「この記事は、実際にアンケート調査を行った結果です」と律儀に投票数まで載せている。

「りっちゃん、やりすぎ」

 と、蘭子が軽く律子を睨む。島の住民とは全くうちとける気のない流音に、律子の不満が爆発したのだろう。だが、これでは絶対に逆効果だ。

 案の定、休憩時間に息を切らせた流音が学校新聞を片手に律子の元を訪れた。

「これ、何よ」

 声を振るわせて告げる、流音。

「あ、やっと私たちの存在に気がついてくれた?」

 流音が怒鳴り込んで来るのは承知の上だった律子が、わざとらしく笑う。

「りっちゃん、りっちゃんが悪いよ。謝りなよ。っていうか、みんな仲良くしようよ。せっかく同じクラスに居るんだから」

 割って入る蘭子の言葉など誰の耳に届いただろうか。

 「バカにして」と、流音が言う。

「るねちゃん、落ち着いて。るねちゃんだって悪いんだよ」

 慌てて間に入ったゆこもまた、とばっちりを喰らう羽目に陥った。

「何よ! ゆこちゃんまで、一緒になって」

 ゆこを見上げた流音は、明らかに傷ついた顔をしていた。ゆこがしきりに「そうじゃないよ」と言っても、流音はただ、首を振るだけだ。

「最低。だからあんたたちなんか、大嫌いなのよ!」

 その一言を叫んだ後で、何故か更に傷ついた顔をする、流音。たまらないと蘭子は思った。

 全く心を許す気のない、流音。でも、人を傷つける言葉を吐くたびに彼女自信が傷ついているような気がした。

 本当は、とても感じやすい子なんじゃないのかなと、蘭子は思う。

 と。

「嫌い、ね」

 冷たい声が蘭子の横からかけられた。

「簡単に、嫌い嫌って言うけどね」

 律子が、大きな目を細めて流音を睨んでいる。

「何が嫌いなのか、はっきり聞かせてよ。私がやったことは悪い事かもしれないけど、あんたはこの島の何が嫌いなのよ」

「全部よ。そういう、うっとおしい所も含めて全部! 私の事は、放っておいてって言いたいのよ。そんなことも解らないの?」

 「だったら」と律子が告げる。それは普段の彼女からは考えられない程冷たい声だった。

「律子、黙れ!」

 蘭子が叫ぶ。だが、律子の声はそれよりも少しだけ大きかった。

「だったら帰れ! あんたなんか、この島にはいらない」

 時間が、一瞬、止まった。

 蘭子が慌てて足を踏み出して流音の手を掴もうとした。だが、それより数秒だけ早く、流音はその場から書け去っていた。


 いつの間にか流れていた涙を、流音はポケットから取りだしたレースのハンカチでぬぐう。

 気がつくと、校庭の樅の木に持たれるようにして立っていた。いらないと言われ、教室を飛び出した。

 つまり、逃げた。

 逃げたということは、敗北を認めたって言うことかな。嫌だな、絶対に認めたくなかったのに。

 まるで時間が止まったかのような、島。コンビニもないし、テレビだって見たい番組が入らない。

 その上、そこの住民は余所から来た自分達に興味津々。

 「仲良くするなんて、有り得ない。有り得ないよ」と、心の中でこの留学を後押しした祖母に文句を言いたくなる。

 そんな時だ。

「るねは、なんでひとりでおるん?」

 そんな声が後ろからかけられた。慌てて、樅の木の周りを見回す。

「なんで、みんなと遊ばへんの?」

 絣の羽織を羽織った少女だった。

 えらく時代錯誤な衣服と、この島の住民らしからぬ関西系の言葉がなんだか不思議だった。

「こんな所、来たくなかったからよ」

 流音の言葉に、「こんな所かぁ」と、少女が笑う。

「でもな、こんな所でもるねは来てくれたんやな。なんで?」

「おばあちゃんが、見ておいでって言うから」

「そうか、シノがそう言うたんか」

 あははと、楽しそうに少女が笑う。その笑顔の理由が、流音には解らない。

「シノって……おばあちゃんの事を、知ってるの?」

「知ってるで。この島で育った子の事はな」

 少女がててっと走って来て流音の隣に腰をかける。

「シノにはなぁ、夢があったんや。この島に高校を作るっちゅう夢やってんけど……ま、誰が考えても無理な話やねんけどな」

 この島には、高等学校はないと聞いた。それは、小学生の流音でもなんとなく無理もないと思う。

 人口が、圧倒的に不足しているのだから。

「星陵学園やったっけ? いい学校なんか? シノの学校は」

「別におばあちゃんがつくったわけじゃないけどね」

 と、流音は苦笑する。

 鏑木詩乃は理事長で、現在の星陵学園に「自由」と「思いやり」と「美しさ」の心を説いた人物であるが、それだって賛否両論だ。

 此処に来れば祖母が語るその心のルーツを知る事が出来るのかと思ったのに……いざ来てみれば、何もない島。迎えてくれるのは、普通のつまらない子供達。

「シノが見て来て欲しかったもん、みせたろか?」

 不意に、少女が告げる。そして何故か、流音は差し出された手を取っていた。

 少女が連れてきたのは、浜辺。寄せては返す波の音が何度も何度も繰り返される。

「あのさぁ」

 浜辺にちょこんと座り込み、目を閉じた少女に、流音が呆れた声を上げる。

「聞こえるやろ。海の流れ」

「はぁ?」

「海がこの星の血やとしたら、これは地球の鼓動やで」

 寄せては、返す。どこから来て、どこに向かって?

「流れる音と書いて、るね」

 少女が笑った。

「自分の原点を、るねに見て来て欲しかったんやなぁ。シノは」

 原点。ここから旅立ち、またここに帰る。そんなつもりで祖母は島を出たのだろう。

「そっか」

 と、さっき少女が言っていた事を思い出す。

「おばあちゃん、この島に高校を作りたかったんだ」

「島を出て、余所の高校に行くのを、ものごっつう嫌がっていたからなぁ」

 寄せては、返す波。

 変わらない生活。そんな中で暮らす人々。だから、いつも新しいものには興味津々で……。

「律子は別にええけどな。ゆこには謝りや」

 言われて、流音の眉が寄せられる。嫌なことを思い出してしまった。

「だって、ゆこちゃんは……」

「るねの事が大好きやから、あんなことを言うたんやで」

 そんなこと、知っている。でも、本当は。

 最近、流音と離れて蘭子たちとしゃべる姿を見かける。本当は、それが辛かった。

「うん。謝る」

 何故か、自然にそんな言葉が漏れた。

「ってゆうか、最初から気になっていたんだけど。あんた誰よ。るねるねって、馴れ馴れしい」

「今更やな」

 あははと少女が笑う。

「うちは、お春や」

「お春?」

「あ、やばい」

 と、少女が慌てて流音の背後に隠れるように小さくなる。

「何やってるのよ」

「はじめや。うち、あのこはちょっと苦手やねん。じゃあ、またな。ゆこにはちゃんと謝るんやでえ」

 何の話だと振り返ると、そこには少女の姿はない。

 一体、何事? と、流音は思う。夢でもみていたのだろうか。いや、まさか。

「あ、るねちゃんみーっけ」

 やがて駆け寄って来たのは、四年生の江口一だった。確か、委員長の江口蘭子の弟だと聞いている。

 人見知りをしない性格らしく、自然な仕草で流音の手を取る。

「なによ、あのおせっかい蘭子がまた何か言ったの?」

「あ、やっぱりそう思う? うちのお姉ちゃん本当におせっかいなんだよね。宿題はやったのかとか、忘れ物はないかとか、朝も夜もチェックされて、うんざりだよ」

 本当に嫌そうな顔をする一に、流音は小さく吹き出す。一の顔がぱっと輝いた。

「あ、るねちゃんが笑った。僕の勝ちだ!」

「何の話よ」

 戸惑う流音に、

「いつも不機嫌なルネちゃんを誰が笑わすことが出来るのか大会が開かれてるんだよ」

 追い打ちをかけるように説明する、一。

「だから、昨日から舵くんとかうるさくなかった? 自信満々でネタを言ってたんだけど……」

 そういえば、昨日は一日中舵にからまれていたような気がする。あまりにうるさかったから「寄るなバカ」という暴言を吐き捨てた記憶もある。

「それは、誰の発案かしら?」

「そういうのを考えるのは、いつもりっちゃんだよ」

「そう、律子さんね。覚えておくわ」

 一に手を引かれて、学校へと戻る。そういえばさっきの子は一体何だったのだろう。そんな事を考えながら

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