第七話 後編
「それが、このチャンネルですか?」
懐かしそうに、しかし寂しそうに微笑む蓮華を見つめながら冬葉は訊ねる。彼女は頷いた。
「一年くらいかな。一ヶ月に一曲ずつアップしていってさ。なんか半年後くらいからすごい勢いで再生数伸びちゃって、そのままデビューしたんだ」
「すごい……」
思わず呟くと蓮華は「すごくないよ」と息を吐くようにして笑った。
「まあ、わたしもあの時は『もしかして才能あるのかも』なんて勘違いしてたけどさ。冷静に考えると素人が作った曲がそんな簡単にバズるわけないよ」
「え、でも――」
「事務所がなんか裏でやってたと思うんだよね。良い感じに」
「そんなことできるものなんですか」
「できるんじゃない? わかんないけど」
蓮華はそう言うと「ほんと、わたしは何もわからないバカだったんだよ」と視線を俯かせた。
「デビューして曲が売れて、ライブもそれなりに集客が良くてさ。学校はほとんど行けなかった。でも、それでもいいって思ってた。ちゃんと稼げて一人で生きていける。自分の力で生きていける。そんなバカなこと思ってたんだよ。わたしは」
「なんでそんな……。バカなんかじゃないです。すごいじゃないですか」
「すごくないよ。だってわたしは事務所を破産させかけたし海音の人生を狂わせた。それに人の命を奪いかけたんだから」
蓮華の言葉に冬葉は眉を寄せる。
「命を……?」
蓮華は頷く。そして深く息を吐き出した。
「コンスタントに新曲を発表してライブもけっこう短いスパンでやる。そんな感じの生活がデビューしてからずっと続いてた。周りは誰も助けてなんてくれない。当然だよね。お金をもらう以上、わたしは子供じゃなくて商品だったんだから。事務所の寮に入ってからは海音と会う暇も連絡する暇もなくて、気づけば気軽に話ができる相手は誰もいなくなってた……」
蓮華はぼんやりと手元を見つめながら続ける。
「デビューして一年経ったくらいかな。すごい久しぶりに休みがもらえてさ、嬉しくて海音に連絡したんだよ。会いたいって。そしたら海音、会えないって。今、彼女と暮らしてるんだって言われて……。なんていうか、すごいショックだった」
「海音さんが女性と付き合ってたからですか?」
「ううん、そこは別に。付き合ってる人の話を聞いたとき、なんとなくそうなのかなって思ったから」
「……じゃあ、好きだったんですか? 海音さんのこと」
すると蓮華は顔を上げて驚いたように冬葉へ視線を向ける。しかしすぐに視線を手元に落として首を横に振った。
「違う、と思う。よくわからないけど。ただ海音は小さい頃からいつだって隣にいてわたしのことを見てくれてたから、これからもずっとそばにいてくれるんだって勝手に思ってた。だからたぶん裏切られた感じがしたんだと思う」
自己中だよね、と彼女は笑った。呆れたように。
「そこからのわたし、もっと最悪でさ。ろくな曲も作れなくて、でも仕事はやらなくちゃいけない。ライブの予定だって詰まってて……。忙しすぎて、正直もうあの頃のことはあんまりよく覚えてないんだけどね。とにかく毎日が最悪な気持ちだったことだけは覚えてる。楽しい事なんて何一つなかった」
キィッとブランコの鎖が鳴った。蓮華が手元に視線を向けたまま、軽くブランコを揺らしている。冬葉は何を言うこともできずに彼女の話を聞いていた。
気軽に言葉をかけられるような、そんな過去ではない。まだ十六、七の少女が大人たちに囲まれて仕事をし、忙殺され、信頼していた人も離れていってしまったのだ。彼女の話しぶりからおそらくは周りに信頼できる大人はいなかったのだろう。
冬葉には紗綾がいた。妹を守らなくてはという想いだけで生きてきた。しかしきっと蓮華には何もなくなってしまった。生きるための支えが何も。
ふいに風が吹いてきた。いつの間にか気温もかなり下がっているようだ。凍るような夜風が俯いた蓮華の髪を揺らしていく。
しばらく無言でブランコを揺らしていた蓮華は俯いたまま「街でさ」と口を開いた。
「ファンだって言う子に声かけられたんだよ。曲ができなくて、事務所からは早く作れって急かされて数日後にはライブが迫ってた、そんな時期。たぶん本当に余裕がなかったんだと思う。わたしね、嬉しそうに話しかけてくれた子に言ったの。わたしのこと何も知らないのにどこが好きなのって」
「え……」
思わず冬葉が声を出すと蓮華はゆっくりと顔を上げ、冬葉を見て微笑んだ。
「その子もそんな反応してた。可哀想なくらい萎縮して悲しそうに謝る彼女を見てたらさ、やっぱりこの子はわたしのことなんて好きなんかじゃないんだって思っちゃって。そうしたらすごくイラッとして、わたしたぶん色々言っちゃったんだと思う」
「……思うって」
「覚えてないの」
蓮華は微笑んだまま視線を再び手元に戻した。
「わたしが彼女に何かを言ってた。それは覚えてるんだけど何を言ったのか覚えてなくて。ただ、わたしが何か言うたびに彼女の表情が強ばっていったのは覚えてる。あんなに嬉しそうに笑顔で話しかけてくれたのに……。気づいたら彼女、泣いちゃってた」
蓮華はそこで言葉を切ると一つため息を吐いた。そしてギュッと両手でスマホを握りしめて続ける。
「その数日後のライブでね、あと数時間で開演ってときにSNSに流れてきたの。わたしのファンの子が自殺未遂をしたって。遺書にはわたしの言葉に傷つき、生きているのが辛くなったって書いてあったんだって」
蓮華は項垂れ、声を絞り出すようにして「その子、わたしと会ったその日の夜に死のうとしたんだよ。部屋で首を吊って」と続けた。
「……でも、それが本当にその子だったのかは」
「わかるよ。その子の写真、ネットに上がってたんだもん。ライブ当日っていうのもあったんだろうね。わたしのアカウント、すぐに大炎上してさ。どこから手に入れたのか遺書の画像なんかも送られてきた。たった数時間のうちにネットニュースにもなっちゃってライブどころじゃなくなってた」
「……中止したんですか?」
蓮華は頷いた。
「開場まで数十分ってところで事務所が中止を発表した。なんか、事務所にもすごい電話かかってきたらしくて、このまま開演すると危険だって判断だったみたい」
彼女は言って薄く笑った。
「そこからはもうすごかったよ。事務所は公演の払い戻しとかマスコミへの対応とか色々大変でさ。わたしは当然のように契約を切られて賠償金っていうの? それを請求された」
「そんな、だってまだ未成年なのに」
「そうなんだけど契約は出来高制だったからそれなりにもらってたんだよね。でも、稼いだお金は全部消えちゃった」
彼女は軽く息を吐いて「足りない分は海音や兄が肩代わりしてくれた」と続ける。
「ネットではあることないこと書かれて、あの子の家に謝罪にも行ったんだけど謝罪は受け入れてもらえなくて……。変な噂から警察に呼ばれて事情聴取されたりもした。住むところもなくなったからとりあえず兄のアパートに転がり込んだらしいよ」
彼女の言い回しに冬葉は眉を寄せる。
「もしかしてそのときのことも覚えてないんですか?」
「うん。都合が悪いことは全部忘れたんだろうって海音が言ってたよ。もちろんまったく覚えてないわけじゃない。でも、なんていうのかな。映画でも観てるような、そんな感じなの。わたし自身のことだったはずなんだけど、まるで他人のことみたいな感じ。そんな感じで時間が過ぎて行くのをただ眺めてたらさ、そのうち動くのも寝るのも、食事をするのも声を出すことすら面倒でどうでも良くなっちゃって、たぶんあの時のわたしは生きることを辞めてた」
彼女はそこで言葉を切ると軽く息を吐いて「それで、気づいたら病院だった」と言った。
冬葉はじっと蓮華を見つめる。彼女はスマホの画面を見つめながら「わけがわからなかったよ」と笑う。
「目が覚めたら知らない部屋のベッドの上で、海音が泣きながらわたしのこと見てんの」
そのときのことを思い出したのか、蓮華は笑いながら表情を歪めた。悲しそうに。
「なんかわたしね、メンタルやられすぎちゃって栄養失調で入院してたんだってさ。数日くらい昏睡状態だったらしいよ。それで、点滴とかで栄養状態も回復して意識がはっきりしてきたわたしに海音が言ったの。一緒に暮らそうって。わたしがあんたのことを守ってあげるからって」
「……それで、海音さんはお兄さんと?」
蓮華は頷いた。
「最初は家族として暮らすつもりだったみたい。だけどやっぱり兄にとってわたしは邪魔だったんだと思う。海音とも毎日ケンカしてて、すぐに別れちゃった。わたしはそのまま海音にくっついて一緒に暮らし始めたんだ。わたしのせいで海音の人生狂ったっていうのにね、未だにこうして甘えて生きてんの。働きもせず、さ」
冬葉は藍沢の話を思い出しながら彼女の言葉を聞いていた。
海音が藍沢より蓮華を選んだ。藍沢がそう捉えるのも無理はないかもしれない。しかし冬葉には分かってしまう。海音がその選択をした理由が。
そうしなければ蓮華はきっと壊れてしまっていた。海音がいなければ、きっと今こうして目の前に蓮華はいなかっただろう。藍沢もそんな蓮華の状態を知っているからこそ、海音のことを責めることもできず苦しい想いを胸に抱え続けてきたのかもしれない。
「……藍沢さんのことは海音さんから?」
「うん。あんまり詳しく話してはくれなかったけど、一年くらい前かな。珍しく海音がお酒に酔って帰ってきたときがあって。彼女の家に置きっ放しにしてた荷物を取りに行って、ちゃんと話をしてきたって泣きながら言ってた。苦しそうにさ。それを見てわたしのせいで海音の、藍沢さんの人生を壊したんだなって改めて思った。わたしが人の気持ちを考えることもできない、自分勝手な人間だったから」
彼女はそう言うと深く息を吐き出した。そしてゆっくりと顔を上げて穏やかな表情を冬葉に向ける。
「以上、わたしの昔話でした。ね。嫌いになったでしょ?」
冬葉は言葉を出すこともできず、ただゆっくりと首を横に振った。蓮華は「そんなはずないよ」と諦めたように笑う。
「みんなわたしのことなんて嫌いなんだよ。親も兄も海音も藍沢さんも、わたしのファンだって言ってた子たちも……」
「……海音さんも? 海音さんがそう言ったんですか?」
つい強い口調で言ってしまった冬葉に蓮華は表情を変えることなく「言ってないよ」と答えた。
「海音は優しいからそんなこと言わない。でもわかるよ。わたしのせいで海音の幸せを壊したのは本当だし、それに海音からの当たりもけっこう強くなったしさ」
そういえばスーパーで会ったときの海音は蓮華に冷たい言葉をかけていたような気もする。しかし、その言葉に悪意は感じられなかった。どちらかというと困った妹を持った姉のような、そんな雰囲気だったはずだ。
「冬葉さんも優しいから、嫌だと思ってもそれを口に出すことはできないだけだよね。大丈夫。わかってるから」
考えていると蓮華が静かな口調でそう言った。冬葉はハッとして彼女へと視線を向ける。そしてその顔を見て目を見開いた。蓮華は穏やかに微笑んでいたのだ。まるですべて分かっているとでも言うように。その表情を見ていると、どうしようもなく心が苦しくなってくる。
冬葉は一度息を吐き出して「蓮華さんは――」と口を開いた。
「どうしてそうやって全部決めつけるんですか」
絞り出した声は震えていた。怒りではない。悲しかったからだ。彼女が冬葉の言葉をウソだと決めつけていることが。
蓮華は困ったように「別に決めつけてるわけじゃないよ」と言う。
「本当のことなんだよ。誰も、わたしのことなんか好きにならない」
「どうして――」
「それが本当だからだよ」
会話にならない。それほどまでに彼女の過去は彼女を追いつめ、傷つけたのだろう。そしてその傷は未だに癒えていない。だからこそ彼女は他人を信じられなくなっている。穏やかに、しかし完全に他人を拒絶しようとしている。しかし――。
冬葉は「だったらどうして……」と蓮華が握るスマホに視線を向ける。
「どうして、曲を作ってくれたんですか」
「え……?」
「その曲、わたしのために作ってくれたんですよね? しかもチャンネルに動画をアップしてくれた。きっとそこにどんなコメントが書かれるかわかってましたよね?」
蓮華はスマホに視線を向けながら「そうだね」と呟く。
「じゃあ、どうして?」
「……どうしてだろう」
彼女はスマホの画面を見つめながらしばらく考えていたが、やがて「聴いてほしかったから、かな」と言った。
「わたしに?」
「もちろん一番は冬葉さんに。わたしがまた曲を作れたのは冬葉さんのおかげだから」
言って彼女は顔を上げて公園を見渡した。
「わたしね、海音と暮らし始めてからは毎日のように夜中にこの公園に来るようになったんだ。夜の公園は誰もいない。誰もわたしを見ない。誰もわたしに気づかない。その時間だけ、ここはわたし一人だけの世界。だから好きだった」
「……でも、わたしが来ちゃいましたね」
冬葉が言うと蓮華は「鍵を無くして帰れない大人って初めて見たよ」と笑った。
「ここで初めて会った人はわたしのことを知らなかった。けっこうメディアにも出てたから未だに知ってる人もいたりするんだけどね」
「すみません。そういうことには疎くて……。昔からテレビとかもあまり見ない生活なので」
冬葉が苦笑すると蓮華は笑って「だからかな」と続ける。
「素直に、まっすぐにわたしと接してくれる冬葉さんと話してると少しだけわたしのこと知ってほしいって、そう思ったの。そんな気持ちになったのは初めてで、こんな今のわたしは昔のわたしを知ってる人にはどう映るのか、それを知りたかったのかもしれない」
蓮華の言葉に冬葉は「よかった」と微笑む。蓮華は不思議そうに顔を上げた。
「わかってないんですか? 蓮華さん」
「え、なにが」
「蓮華さん、さっきと言ってること矛盾してますよ」
しかしわからないのだろう。蓮華は首を傾げている。冬葉は彼女に笑みを向けながら「だって、嫌われてるって思ってる相手に対して普通は自分を知ってほしいだなんて思わないですよ」と続けた。
「……そう、かな」
「少なくともわたしはそうですよ。過去にわたしのこと嫌いになった人に対して、今のわたしを見てもらいたいとは思いません。恐いから」
「別に見て欲しいわけじゃなくて」
「でも知ってほしかったんですよね。当時の蓮華さんじゃなく、今の蓮華さんを。きっと今の蓮華さんが本当の蓮華さんだから」
すると彼女は「わたしの名前、連呼しすぎ」と少し照れたように笑った。そして「でも、うん。そうかも」と微笑みながら息を吐く。
「たしかに矛盾してるかもね。きっとわたしのことを知ってる人は皆わたしのこと嫌いなんだって、そう思ってるのは本当。でも今のわたしはきっと昔のわたしじゃない。そう思ってる自分がいるのも本当」
「うん。だってわたしは今の蓮華さんしか知りませんし。今の蓮華さんのこと好きですよ」
「……もう一回言って?」
ふいに蓮華が真面目な表情で冬葉を見つめてきた。冬葉は「え?」と少し戸惑いながらも「蓮華さんのこと、好きですよ」と繰り返す。すると蓮華は「ふうん」と嬉しそうに微笑んだ。
「冬葉さんは今のわたしが好き?」
「はい」
「本当に?」
「本当に」
「昔のわたしは?」
「それはわからないです。だって、昔の蓮華さんを話でしか知らないから。わたしにとって過去の蓮華さんは別人の他人ですよ」
「それはひどい」
「あ、すみません」
思わず謝ると蓮華は楽しそうに軽く声を上げて笑った。そして「なんだろう。不思議な感じ。すごく嬉しい……」と息を吐いた。
「信じてくれました? わたしの気持ち」
「うん。そういえばさ、忘れてたよ。冬葉さんがウソつけないタイプの人だって。だからきっと冬葉さんの言葉は本当なんだね」
冬葉は「はい」と頷いて彼女に微笑む。
「わたしは好きですよ。蓮華さんのこと。蓮華さんが作ってくれた曲も大好きです。温かくて綺麗で、ずっと聴いていたいです」
「そっか。他の人にはわたしは過去のままみたいだけど」
蓮華は言いながらスマホの画面をスクロールさせていく。そしてハッとしたようにスクロールを止めた。
「……帰ったらさ」
画面を見つめながら蓮華は笑みを浮かべる。
「海音と話をしてみるよ」
「海音さん?」
「うん。ほら、見て。海音もこの曲好きなんだって」
嬉しそうに彼女はスマホの画面を冬葉に向けた。そこに並ぶ数々の冷たい言葉たち。その中に一つだけ「この曲、大好きだな」という言葉があった。そのコメントを書いたアカウント名は『海音』。それを見て冬葉は思わず笑みを浮かべた。
「海音さん、きっと待ってたんじゃないかと思います」
「なにを?」
「蓮華さんがまた曲を作るのを。じゃないと、こんな一番最初にコメント書くことなんてできないですよ」
言いながら冬葉は蓮華のスマホの画面を見つめた。
海音が書いたコメント。それはコメント欄の一番最初に書かれていた。きっとそれが書かれた時間も動画がアップされて間もない時間なのだろう。
蓮華もそれに気づいたのか「そうかな」と嬉しそうに笑った。冬葉はそんな彼女を微笑みながら見つめ、そして「じゃあ、早く帰らないとですね」と立ち上がる。
「もう帰っちゃうの?」
少しだけ蓮華が寂しそうに表情を曇らせた。冬葉は頷く。
「海音さんもきっと待ってると思うから」
「……そうだね」
蓮華は頷き、立ち上がる。そして「また会ってくれる?」と不安そうに言った。冬葉は驚いて目を見開いたがすぐに笑みを向ける。
「もちろんですよ」
「また金曜日?」
「会いたいときにはいつでも」
すると彼女は「それはさ……」と首を傾げた。
「冬葉さんはわたしと両想いってことでいいのかな?」
「え……」
「それとも冬葉さんの好きはわたしの好きとは違う種類?」
まっすぐな瞳で彼女は言いながら一歩、冬葉に近づいた。綺麗な顔が目の前に迫っている。冬葉はそんな彼女を見返しながら「蓮華さんの好きの種類はどんな?」と問い返した。
「こんなやつだよ」
彼女はそう言うとふわりと顔を近づけた。そして唇に一瞬だけ柔らかなものが触れたと思った次の瞬間には冬葉は彼女の腕の中にいた。
「すっかり冷えちゃったね。冬葉さん」
強く、まるで何かを確かめるように冬葉を抱きしめながら蓮華は言った。そしてすぐにパッと離す。
「どう? 冬葉さんの好きは、これとは違う種類?」
「……えっと、たぶん」
「たぶん?」
しかし突然のことに動揺してしまって言葉が出てこない。冬葉は呆然と蓮華を見つめて「そう、かも?」と答えた。蓮華は吹き出すように笑って「ダメだよ。流されちゃ」ともう一度冬葉のことを抱きしめる。
「さっきまでは大人みたいで格好良かったのにな。やっぱり冬葉さんは冬葉さんだ」
「あの、わたし――」
「大丈夫だよ。別にすぐに答えが欲しいわけじゃない。藍沢さんのことだってわかってる。だから、わたしのことは気にしないでちゃんと自分の気持ちに素直になってほしいな」
蓮華はそう言うとゆっくり冬葉から離れてニッと笑った。
「じゃ、今日は帰るね。冬葉さん、寒いから風邪ひかないように気をつけて」
「あ、はい」
「じゃあ、また」
「おやすみなさい、蓮華さん」
「うん。おやすみなさい、冬葉さん」
いつものように手を振って彼女は公園を出て行く。
その背中を見送りながら冬葉は熱くなった頬に手を当てた。
蓮華のことは好きだ。そして藍沢のことも好き。
――わたしの好きは、どれなんだろう。
しかし、のぼせてしまったような頭でいくら考えてもその答えが出ることはなかった。




