15. 慰労会(2)
「軍の慰労会と聞いていたから男性ばかりなのかと思っていたけど、そうでもないのね」
「ええ。男性はほぼみんな軍所属ですよ。女性の兵もいますけど極わずかですね」
「と言うと、残りの女性は?」
「旦那様探しの女性、もといお嫁さん候補です。この慰労会には軍に所属する人とその家族も参加出来るんですよ。なので未婚の妹や姉がいると連れてきて旦那様探しをすると言うわけです。あとは軍部と取引のある鍛冶屋や馬具屋、仕立て屋、他にも色んな所から女性は来ていますね」
確かによく見ると、結婚適齢期を迎えていそうな若い女性ばかりで、互いに物色している感じがしないでもない。これはヴィーナスが影から喜んで眺めていそうな光景だ。
「そうすると旦那さんは軍人になっちゃうんだ」
「結婚をして辞めて、別の職業に付く人も中にはいるわよ。軍は男ばっかりだから、出会いの場を用意してあげているってことね」
ジュノの質問にエレノアが答えていると、30代後半くらいの男性が声をかけてきた。
「あの、アイリス様でらっしゃいますよね。俺、以前バジリスクの毒にやられた時、貴女様に命を助けて貰ったユーラスと言います」
「ああ! あの時の。あれからお加減はいかがですか」
「はい、すっかり治して頂いたお陰でこれまで通り働けております。ずっと直接お会いして御礼を言いたいとは思っていたんですが。俺なんかの為に力を使って頂きありがとうございました」
「『なんか』なんて事はありませんよ。5人のお子さんのお父様なのでしょう?ご無事で何よりです」
ユーラスが深々とお辞儀をしていた顔をパッと上げると「先日6人になりました」と照れ笑いしている。
「まあ、それはおめでたいですね」
「それもこれも、全部アイリス様のお陰です。本当にありがとうございました」
ユーラスと話していると、他の天使達も集まってきた。
「ユーラスお前、アイリス様とお知り合いなのかよ!?」
「だってほら、ユーラスはバジリスクの毒にやられた時アイリス様に癒して貰ったんだったろ」
「謹慎処分を受けたと言うのは本当ですか?!」
「三大美女神と言われるだけあって本当にお綺麗な女神様だなぁ」
「アイリス様、お飲み物でもいかがですか」
「くぉーらー!! あんた達、アイリス様が困っているでしょ! 順番に話しなさい! 順番に!! 」
次々に話しかけられるのでオロオロしているとエレノアが一喝して黙らせた。男性陣相手に全く引けを取らない威圧感はさすが風の天使だ。
「まだパーティーは始まったばかりですし時間は沢山ありますから、ゆっくりお話しましょう」
ジュノも混じってみんなでしばらく話をしていると、いつの間にか大勢の天使に囲まれてしまった。これはなかなかの長丁場になりそうだ。
とは言えこうやってみんなとお喋りする機会はあまり無いし、すごく楽しい。どこでどんな魔物を倒したか、軍の稽古の厳しさや、意中の女性が今このパーティーに来ている、なんて事まで色んな話を聞かせてくれる。
「さすが、アイリス様は人気ですね」
人垣が割れて、声をかけてきた男性に皆が場所を譲った。
「ダイン様、ごきげんよう」
ダインとはケルピーから助けてもらった日以来、すっかりお茶飲み友達になった。何度か街で会ってお茶をしている。
なのでダインが今回の慰労会の最終日に参加することは知っていたが、人が多すぎるし囲まれて動けなかったので見つけられなかった。
先程まで我先にと話しかけてきた天使たちも、神同士の会話には、さすがに入るのは遠慮している。
「随分と人が集まっているなぁと思ってよく見たら、アイリス様だったんですね。アイリス様は高位神らしくない……あ、良い意味でですよ。親しみやすい方だから、皆も話しかけたくなるんでしょう」
「私もたくさんの方とお話出来て嬉しいです」
「ところで今日のパーティーはセフィロス様と来ると仰っていましたが……」
ダインがエレノアをちらりと見る。
「セフィロス様は急用で来れなくなったんです」
「ああ、それは残念でしたね。そうだ、ずっと話していてお腹は空いてませんか? 食事を取りに行きましょう」
それからしばらくダインと一緒に食事をしたり話をしていると音楽が聞こえてきた。
男性が女性を誘って楽しげに踊っているのが見える。このパーティーでどのくらいのカップルが誕生するのだろう。さっき話をした意中の女性がいると言う男性は、ちゃんと誘い出すことに成功しただろうか。
微笑ましくダンスの様子を眺めていると、ダインが突然、アイリスの手をグンっと引いてきた。
「アイリス様、踊りましょう」
返事もそこそこに皆が踊るホールへと連れ出された。
「あっ、わっ……」
ダインはあんまり踊りが得意ではないようだ。
一緒に踊っていると言うよりは、アイリスがダインに半ば振り回される様な形になっている。
振り回されて頭がクラクラしそうになって来た所で、ダインの耳元に小さな声で耳打ちした。
「ダイン様、力を抜いて私の動きに合わせてみて下さい」
リードを取ろうとするダインに代わり、アイリスがリードをとると上手く踊れてきた。フローラにダンスは教えこまれたので今ではアイリスも随分と上手く踊れるようになったと思う。
「ふふっ、その調子です。それでは今度は周りの音楽にも耳を澄ませてみてください」
リズムに合わせてフワリフワリと舞うと、先程まで強ばっていたダインの身体が解れてきた。
「すみません、俺、実はダンスなんてほとんどした事無くて」
「いいえ、誘って頂き嬉しいです。とっても楽しいですよ?」
「ええ、本当ですね」
1曲踊り終わるとルナがやって来た。
「アーイリスっ! 次は私と踊ろう。それとも疲れた?」
「あ、はい。是非」
「それではアイリス様、俺はこの辺で」
ルナに手を取られ踊り始めると、今度はルナが耳元で話しかけてきた。
「アイリス、気を付けないと。番犬がさっきから物凄い形相でダインを睨み付けてるよ」
「番犬……?」
ルナが目線を送る先を見ると、エレノアが地界に居ると言う鬼のような形相になっていた。何をあんなに怒っているんだろう。
もう一曲を踊り終えてルナと一緒にエレノアの方へと行くと、ものすごく不機嫌な顔でプリプリしている。
「何ですかあのダインとか言う力の神は! アイリス様の事をブンブン振り回して!! アイリス様もアイリス様ですよ! あんまり他の男とイチャイチャしていたらセフィロス様にチクリますからね!」
「え……イチャイチャ……? そんなつもりは……」
傍から見るとそんな風に見えていたんだ……。もちろんセフィロス以外の男神となんて何も無い。
「まあまあエレノア、落ち着きなって。アイリスは随分とダインと仲が良さそうだね。前に癒しの力を使った時に居たのが彼だっけ?」
「はい。その後何度かお会いしているんです。先日はケルピーに襲われたところを助けて頂きましたし、時々一緒にお茶をしたり……」
「ああ、そう言えば川で襲われたって言ってたっけ。そう言えばあんな山奥へ何していたの?」
「桜を眺めながら温泉にでもと思って出掛けたんです。そうしたら入浴中にケルピーに襲われてしまって」
突然エレノアが、ガっっ!!っとアイリスの肩を掴んで先程の鬼の様な形相で顔を近づけてきた。
「見られたんですか?」
「何を?」
「はだか」
「え?えーと、そうね。でもすぐにイオアンナが隠してくれたし、見られたと言うよりは見せられたって言う方が正しいと思うけど」
向こうは見たくて見たんじゃない。助けた人がたまたま素っ裸だったのだから、どちらかと言うと露出狂にでも会ってしまったような被害者だ。
「あぁー、もー!もっとしっかりしてください!魔物を追ってきたなんて建前で、もしかしたら水浴び中ずっと見てたかもしれないんですよ」
エレノアが掴んでいた肩をガクガクと揺さぶる。
「あああああああ!ちょ、ちょっと落ち着いて。そんな訳ないでしょ。私の水浴びなんて見たって楽しくないわよ」
「何を仰っているんですか!アイリス様の裸体なんて誰だって見たいに決まっているじゃないですか!私だって見たいですよ!!」
「エレノア、もう何言ってるのか分からないわ」
「しかも! 時々お茶をしているってどう言う事ですか?!」
ガックンガックン振り回されて目を回しそうになっているとルナが止めに入ってくれた。
「コラコラ、落ち着きなさい。まあエレノアが心配するのも無理ないよ。アイリス、ダインは君よりもずっと位が低い上に男だ。十分に気を付けた方がいい」
階級差があると神気に酔いやすい。さらにそれが異性だと特に、という事らしい。
「分かりました」
と返事をしたものの、ダインがこれまで様子がおかしいと思ったことは無い。それに1000万年の間にアイリスの神気に酔っておかしくなってしまった人を見た事がない。




