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8. テスカとの夜

金色の翼を持つ隼、セフィロスの神鳥・アネモスがアイリスの所へ手紙を届けに来たのはひと月程前のこと。それから1週間後にセフィロスが地上での仕事を終え、アイリスの家にやってきた。


 最後に会ったのは、癒しの力を使ったことでお叱りを受けたあの日以来。


 久しぶりと言う事と相まってどう接していいのか分からず、ほとんど会話らしい会話を交わせなかった。本当ならしっぽを振って喜びたいところだったのに。

 そしてそんな気持ちになれなかった理由は、ただ一つ。叱られたと言う後ろめたさからではなく、命令が下されることが怖かったから。



 でも、下されてしまった。



 ギクシャクとした嫌な雰囲気のまま、セフィロスは今度、アイリスの家にテスカが来ることを伝えてきた。

 セフィロスは初めて会った時のような無表情を顔に貼り付けていて、表情は全く読めなかった。

アイリスもまた、顔から表情を消して「分かりました」と答えるより他なかった。



 そして今日がその日だ。



 アイリスが湯浴みを終え自室へと入っていくと、テスカがゆったりとした仕草で葡萄酒を飲んでいた。


「テスカ様、お待たせ致しました」


「アイリスも飲むかい? と言っても、アイリスの家にあった葡萄酒を貰ったんだけどね」


「はい、いただきます」


 トクトクとグラスに注がれる葡萄酒を、アイリスはぼぅっと眺める。


「どうぞ」


 グラスを持つと葡萄酒の表面が、ゆらゆらと小刻みに波打った。


「アイリス、緊張しているのかい?」


「え、あっ、はい……」


 グラスをテーブルに置き直し、震える手をもう片方の手で握り落ち着かせる。


「止めるのなら今のうちに言った方がいいよ」


「いえ、大丈夫です」


 先程置いたグラスを掴み、一気に葡萄酒を飲み干す。全く酔えそうもない。

 その様子をテスカが憂いを帯びたような目で見詰めてくる。


 (セフィロス様以外の方とは初めてだから、不安になっているだけ。大丈夫。)


 フローラに言われたことを、何度も自分に言い聞かせる。


 テスカは何か言いたそうな顔をしたが、首を横に振ってアイリスをベッドの方へと招いた。


「アイリスがいいと言うのなら、始めるよ」


「……はい。お願いします」


 心臓がぎゅうっと握りつぶされ、首を締め上げられているかのように苦しくなるのを、大きく息を吸って紛らわす。


 招きに応じて横に座ると、テスカがアイリスのナイトドレスに触れようと手を伸ばしてきた。


「……っ!」


 触れられようとした瞬間、ビクンっと身体が思わず震え、叫びたくなるような衝動は(すんで)の所でのみこんだ。


「も、申し訳ありません。自分で脱ぎます」


「アイリス、やっぱり……」


「大丈夫です!」


 自分のドレスの紐を解こうとするが、手がガタガタと震え上手くいかない。

 目を瞑り心を落ち着かせようとしても、ますます手は強張り息が苦しくなる。


 (大丈夫、大丈夫。終わってしまえばなんて事無いんだから。)



 ――ポタっ



 視界が揺らりと歪むと、アイリスの手に生暖かい雫が落ちてきた。


「あ……」


 自分の、涙だった。


「ごめんなさい、その……大丈夫ですから……」


「アイリス、もう止めよう」


「いえ、大丈夫です、本当に……。このまま続けて……く、ください」


 アイリスの頬を次々と涙がつたう。言っていることとやっている事がおかしい事は分かっているのに涙を止められない。


 テスカの暖かい手が、震えるアイリスの手を包み抱き寄せられる。


「こんなに冷たくなってしまって。無理をする必要はないんだよ」


「ちが、う、んです。テスカ様の事が、きっ、嫌いなわけでは、な、ないんです」


 嗚咽が漏れてきて上手く喋れない。

 違う、違う、違う。

 絶対に、嫌いなわけじゃない。


「知っているよ、アイリスが私のことを好いてくれていることは。だから、心配しなくても大丈夫だよ。アイリスはきっと、セフィロスと番うことに、神気の受け渡しをする事以上の意味を見出してしまったんじゃないかな。それは悪いことでもないし、自分を責めることでもないんだよ」


 優しく背中を撫でられると罪悪感が増していく。


 拒絶してこんなに酷いことをしているのに、何度もテスカは「大丈夫」を繰り返して抱き締めてくれた。



 ひとしきり泣いて少しだけ落ち着くと、テスカがベッドから立った。


「今からセフィロスの所へ行ってくるよ。遅い時間になってしまうかもしれないけれど、きっと来てくれるから」


「いえ、ダメです! そんな……」


「心配ないよ、怒られたりしないから。それまで少し休んでいなさい」


 ニコリと安心させるように微笑むと、テスカは部屋から出ていってしまった。

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