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7.力の神(2)

「へえぇ。どうしてダイン様はその蛇がバジリスクだとお分かりになったのですか?」


 普通の蛇のように見えるのだとすると、自分もうっかり近づいてしまうかもしれない。


「普通の蛇は地面を這って進むでしょう? バジリスクは頭を持ち上げた独特の姿勢で這うので分かるんですよ。そうだ、バジリスクと牧の神の話をご存知で?」


「牧の神……と言うとパーン様の事でしょうか? 1度だけパーティーでお会いしたことがあります」


 確か白い髪と髭を生やした、ヤギのような顔つきのほっそりとした男神だった気がする。


「いつだったか……昔、川のほとりで天使も混じえて宴を開いていたんですよ。今日のように暑くて、みんなで涼みながらってね。その宴の最中に突然、バジリスクが現れて大パニック」


「まぁ、それで?」


「みんな一斉に逃げ出したんですけど、パーンは川の中へ飛び込んで逃げたんですよ。魚の姿に変身して」


「バジリスクは泳げないですものね」


「それがあいつ、普段山羊に変身して駆け回っていたせいなのか、慌てすぎて上半身が山羊、下半身が魚の姿になっていて。人魚ならぬ山羊魚と言う何とも奇妙な生き物が誕生して、みんなで笑い転げましたよ」


「ふふっ、その姿を想像するとかわいいですね」


「今でもこうして話のネタにされて、(いじ)られてますよ」


「あ、笑ってはいけないですね。ご本人は嫌かもしれないのに」


 自分も変身は苦手だし失敗も多い。笑ってしまうのは失礼だったと反省する。


「いや、いいんですよ。だって神のクセして天使と一緒になって真っ先に逃げたんですから。いくら下級神で弱くて武術にも長けていないからって何もせずに逃げるなんて、神の風上にも置けないでしょう?だからこうやって弄られたって文句は言えな……」


 ここまで言って、ダインはしまったという顔をする。


「いや……そのー、アイリス様が剣ひとつ握れないと言うあの話って、もしかして本当なのですか?」


 苦笑いをしてこくんと頷くと、ダインはますますバツの悪そうな顔をする。


 フローラと出掛けた時にヘルハウンドの群れに襲われて以降、特に箝口令を敷いた訳でもなく、逆に公表すると言う形も取らなかったが、アイリスが「戦う力を持たない」と言う話はあっという間に広まった。


 『天界最弱の神』


 アイリスの世間での認識はそんなところだ。


「お気になさらないで下さい。高位神でありながら、私は本当に大したこと出来ないんです。私よりも牧畜に精通してらっしゃるパーン様の方が、余程ご立派な神ですのに、笑うなんて失礼でした」


「そんなこと……! あなたの持つ神気は素晴らしい物ですよ。こうしてお会いしてみて納得しました。アイリス様に会ったことのある奴みんなが言ってますよ、あなたの側にいると不思議と幸せな気分になれると」


「本当に、私にはただそれだけしかないのです」


 神気なんて、神ならみんな出している。特別なことなんかじゃない。

 他の神ならお役目をもらい、天界のため、地上のため、そして天使たちのために色んな仕事をこなしている。にも関わらず、アイリスはただ生きているだけの存在に過ぎない。


 毎月相当な額の録を受け取っているが、そんな資格など本来なら無いんじゃないかと思っている。

 上・上級神だから。その地位についているから与えられている。それだけの理由。

 

 おまけに結婚の契りまで交わしてもらって、まさにおんぶにだっこ。最弱どころか「天界一世話の焼ける神」と言った方がしっくりくる。


 

「そう言えば、ダイン様とは1度もお会いしたことがありませんでしたね」


 ダインが気まずそうな顔をしているので、話題を変えてみた。アイリスはお茶会や夜会には時々顔を出すようになったが、ダインとは会ったことが無い。

 そもそも神はあんまりパーティーを開かない。なぜなら不老長寿だから。タイムリミットがある天使たちと違って、生き急いだりしない。

 仕事では一般の天使たちに合わせて急いで仕事をこなしても、私生活の事となると非常にのんびりしている。昔、テスカが1000年ぶりに会うことも珍しくないと言っていたのは本当だった。


「俺はあんまりかしこまったのが好きじゃなくてね。ロキ様が開く飲み会ならよく行くんですけど」


「それならこのお店も、もしかして無理をさせてしまいましたか?」


 今いるカフェは上流階級にあるような天使達が来るような、品のあるお店だ。テーブルなどの家具や茶器、絵画も見るからに高級品と言った感じで、間違っても泥のついた靴でプラっと入るようなお店ではない。


「たまにはこう言う店でお茶を楽しむのも良いもんですね。特にあなたのような美女神となら尚更。ちょっと行儀よくしないといけないのが辛いですけど、個室で助かりました。個室にしたのはアイリス様の為と言う振りをして、実は自分の為だったりするんですよ」


 にっ、とダインに少年のように笑いかけられると、アイリスもつられてクスクスと笑う。


「ふふ、私とジュノしか見ていませんから、どうぞ楽になさって下さい」


 しばらくダインと話をして店を出た。ダインは最近魔物が多く出るようになったので送ってくれると申し出てくれたが、家の場所を知られる訳には行かないので丁寧にお断りをして別れた。


 時間が経つのも忘れるほど、他の神とのお喋りを楽しんだのは久しぶりのことで、アイリスは少しだけ元気を取り戻して花の都を後にした。

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