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3.

 衣装部屋から出ると、アイリスが改めて部屋の中を見渡す。


「ねえ、エレノア。この部屋ベッドがないけれど、一体どこで寝ればいいのかしら」


 全く同じ質問を、完成した部屋を見に来たセフィロスとネリダ、ノクトにも聞かれた。まさか用意し忘れたんじゃないかと疑われたが、違う。


「セフィロス様の寝所でお休みになればいいので、こちらにはベッドを置きませんでした」


「えっ? せっ、セフィロス様の寝所?!」


「はい。セフィロス様の寝所の方がアイリス様も安心してお休みになれるかと思いまして」


 セフィロスの寝室には出入口が2つある。ひとつはノクトの部屋と繋がり、もうひとつはネリダの部屋と繋がっている。つまり、無傷でセフィロスの寝室にたどり着くことは、ほぼ不可能と言うこと。

 守護天使の部屋の掃除や手入れは一般の使用人がするが、セフィロスの居住区は守護天使がしている。色々な面でアイリスにはセフィロスの寝室で休んでもらった方が安全なのだ。


 ただ、安心は出来てもゆっくりと休めるかどうかと言うと、多分無理だろう。それはアイリスがどの部屋で眠ろうと結果は変わらないので、諦めてもらうしかない。


「それに天使の場合は、夫婦は一緒に寝るのが当たり前です」


 エレノアの両親も当然、毎晩一緒に寝ていた。それが普通だったし、夫婦とはそういう物だと思っていた。

 神を天使と一緒にするなと言われそうだが、神はそもそも結婚なんてものをまずしないので分からない。

 ごく稀に結婚する神もいるけれど、独立心の強い神のことだ。恐らくは別の寝室を設けるのだろうけれど、アイリスとセフィロスなら一緒にした方が良いと思ったのだ。


 セフィロスの寝室に入る神なんて、これまでアイリスの他にはいない。

 当然、神気を授けるために他の神の相手をする事だってあるが、それは客室でのこと。

 アイリスの寝る場所についてはセフィロスもあっさりと了承してくれたので、エレノアの判断はやはり正しかったと思う。


「そろそろセフィロス様がお戻りになられる頃かと思いますので、行きましょう」


 部屋を後にしてセフィロスの居住区手前にある控え室に行くと、すでに虹の天使達が待機していた。程なくするとセフィロスとトクトが帰ってきた。


「セフィロス様、ごきげんよう。本日から1週間お世話になります」


「アイリスよく来たな。ここにいる間は好きなように過ごすといい。エレノアを付けるから、用があればなんでも言うように」


「はい。ありがとうございます」


「こちらに来るまで疲れただろう。少し休憩しよう」


「お茶の準備は整っておりますので、エレノアと中庭へどうぞ。虹の天使たちは僕とネリダが責任をもってお預かり致します」


 ノクトが言う預かると言うのは、この滞在期間中に虹の天使達をみっちりと教育する、という事だ。想像するだけで寒気がする。


 ゆっくりとお茶をして過ごした後広間に向かうと、使用人たちが集められている。アイリスが髪飾りのお礼を改めてしたいと言い出したので、当時子供だった者のうち、残っている使用人たちに集まってもらった。


 なぜ集められたのか分からない使用人たちは戦々恐々としている様子だったが、アイリスが広間に入ってくると皆、慌ててその場に跪いた。


「みなさん忙しいのに集まってくれてありがとう。どうぞお立ちになって顔を上げてください」


 普通、ただの使用人が神である主から直接話しかけられることなんてない。話があるとすれば守護天使から伝えられる。ましてやその顔をまじまじと見ることなどないので、戸惑いながらも言われた通り立ち上がって顔を上げると、皆、一様に目を丸くしてアイリスに見惚れていた。


「今日集まって頂いたのは、この髪飾りのお礼を直接みなさんに言いたかったのです。お金を持ち寄って材料を買い、手づくりしたと聞きました」


 アイリスは頭に付けている髪飾りに触れる。造花は随分とくたびれ、付いているのもただのガラス玉だと言うのに、何故か不思議なことに一級品の美しい髪飾りに見える。正真正銘の美女と言うのは凄まじいパワーを持っている。


「随分と遅くなってしまったのですが、ありがとうございました」


 にこりと笑って御礼を言うアイリスに、みんな理解が追いつかず固まっていた。

 誰も思っていなかったのだ。まさか自分たちが髪飾りを送った相手が高位の神だなんて。クッキーを作ってくれたのが女神だとは聞いてはいたが、所詮は最下級の神のセフィロスに対するゴマすりだろうと言うのが当時の、特に大人たちの意見だった。


 それなのにこうして大事に使用され、わざわざ直接声をかけてお礼まで言ってくるとは全く予想していなかった出来事に、きっと頭の中はパニックになっているんだろうな、とエレノアは横で内心微笑みながら見ていた。


「おっ、お礼だなんてそんな……おれ、じゃなくて私たちはまさか送り主が高位神の方だとは思わずにそんな質素な物を送ってしまって……」


 使用人の内の1人がやっとの思いで声を絞り出す。確か5年前、まだ幼かった彼がみんなにお礼の品を用意しようと声をかけて、お金を集めていた発端人だ。


「質素だなんてとんでもないわ。みなさんの気持ちがこもっているのが感じられてすごくお気に入りなの。これから私もこの神殿に来ることがあると思うけど、どうぞよろしくお願いします」


「はっ、はい! 誠心誠意、尽くさせていただきます」


「それではアイリス様、そろそろ夕食の準備が整う頃かと思いますので行きましょう」


 部屋を出る間際エレノアが使用人たちをちらりと見ると、みんな感動に打ち震えているようだった。




 食事はアイリスの希望で虹の天使と風の天使も同席する事になり、風の神殿では珍しい光景が広がった。 

 こんな風に和気あいあいとみんなで食事を摂ることなんてほとんど無いので、アイリスと言う神は場の雰囲気を和ませる不思議な力を持っているのだなと思う。


「さっき頂いたケーキにもびっくりしたけれど、このお料理も本当に美味しいわ。一体どうやって作っているのかしら」


「料理長が随分と思案していたから、アイリスが喜んでいたと聞いたら嬉しがるだろう」


「そうですか。私たち食べられない物が多いので苦労なさったんでしょうね」


「今その苦労が報われているのだから、料理人冥利に尽きる、と言ったところか。気に入ったのならレシピを聞いておくが」


「それでしたら明日、直接教えてもらいに行ってもよろしいでしょうか? もちろん仕事のおじゃまで無ければですけど」


「それは構わないが……。其方は本当に変わっているな」


 セフィロスは随分と驚いていたが、アイリスが楽しみにしている様子を見て微笑んでいた。

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