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5.

 さすが花の都と呼ばれるだけあって、園芸用品が農機具と同じくらい充実している。


「この枝切り(はさみ)は柄が随分と長いわね」


「高い所の枝が切りやすくなっているんだよ」


「確かにこれならちょっと高い所や、脚立を使っても届かないような所の枝も切れそうね!」


「こっちの枝切り鋏は、鋏の名匠『ノエ』っていう奴が作った物なんだが、切れ味が抜群でね。軽く力を入れるだけで太い枝もサクッと切れる。ただ、柄に使われている木は丈夫なんだが重いのが難点でな。男なら良いかもしれんが、女だとちと厳しい」


 店主がジュノのローブに隠されている体を、透視するかのような目で見る。


「いや、お前さんみたいなのだと男でも長時間使うのは大変かもな」


 ジュノを含め、男の虹の天使3人は畑仕事や薪割りなどをしている割には体の線があまり太くない。恐らく自分たちで食べる分の畑しか耕していないし、菜食主義な上あくせく働いている訳でもないからだろう。


「こっちのは、切れ味はこれより劣るし木が脆くなりやすいが、軽くて扱いやすい。もし柄の長さがもう少し短くてもいいならこれもおすすめだ。切れ味もいいし柄に使われている木も丈夫だ」


「どれも一長一短と言った感じね。そんなに長時間使うわけじゃないから名匠が作ったのがいいかしら」


「でもやっぱりちょっと重たいなぁ。かと言ってこっちのは柄が短いから物足りない気もするし」


 ジュノが枝切り鋏を色々と持ち替えて比べている。


「セフィロス様はどの枝切り鋏がいいと思いますか?」


「……悪いが、枝切り鋏と言うものを使ったことがないから分からない」


「……そ、そうですよね」


 セフィロスはいつも、どんな質問にも答えてくれるのでつい聞いてしまった。分からない、と返事をされるのはある意味新鮮だ。


 真剣にどの枝切り鋏にしようかと悩んでいると、店主のおじさんがアイリスの顔を見ながら、不思議そうな顔をして目をパチパチさせている。


「おじ様、どうかされましたか?」


「いや、あんたの瞳の色はさっきまで黒くなかったかと思って」


「え?」


「それに、なんだか顔の印象もちょっと違うような……?」


「きっ、気のせいじゃないですかね!おじさん歳だよ、歳!!」


 ジュノが店主の前に立って視界を遮っている隙に、アイリスは慌てて変身し直す。夢中になり過ぎてうっかり術が解けてきていたようだ。


「んんー、本当だ。まずいなぁ、もう耄碌してきたのか」


(おじ様、ごめんなさい)


 心の中で謝っておく。





「それにしても、色々見ていたらこんなに沢山になってしまったわね」


「でも全部は無理じゃないですか」


 2人の前に並べられているは鍬や鋤、ふるいやジョウロ、枝切り鋏など、かなりかさ張るものばかりだ。結局、枝切り鋏は名匠が作ったという逸品を買うことにした。ジュノ曰く「これも鍛錬!」だそう。


 馬車には積めたとしても、途中からはニキアスとエルピスに乗って帰る。荷運び用の馬は連れていないのでそんなに沢山の物は運べない。


 うーん、と悩んでいると店主がそれならと提案してくれた。


「買ったものを届けると言うことも出来るぞ。運賃はもちろん上乗せされるけどな」


「それはありがたいですね! あ、でも……」


 アイリスの家は極秘だ。場所を教えるわけにいかない。今回は諦めようかと思っていると、入口近くで黙って見ていたセフィロスがこちらにやってきた。


「買った荷は全て、4層の風の神殿へ届けてくれ」


「風の神殿? なんでまた……」


 何かひらめいたのか、店主の顔がセフィロスの顔を見つめたまま固まる。


「あんた、まさか……さっきセフィロス様って呼ばれて……。それに夫って、もしかして……」


 ギギギっと、音がしそうな動きで頭を回し店主がアイリスの方を見る。


「あ、えーっと、その……騙すつもりなんてなくて……」


「アイリス様、術が完全に解けちゃってますよ!」


「うへぇ、なんて綺麗な女神様だ……」


 バレてしまった。しかも術が解けるたびに服のサイズが合わなくて苦しい。


「代金は荷を運んできた時に支払う。それで良いか」


「へ、へえ。かしこまりやした。じゃない、かしこまりましたっ!」


 ポワンとした顔でアイリスを見ていた店主が、急にピンっと背筋を伸ばし、見事なまでの直角を作ってお辞儀する。



 術をかけ直してから店を出ると、アイリスはホッと息を着く。


「また術が解けてしまったわ」


「まあまあ、そんなに気落ちなさらずに……あっ! あの石が置いてあるお店可愛くないですか?! 気を取り直してちょっと覗いて見ましょうよ」


 ジュノに手を引かれて、女性が多く集まっている数店舗先にある路面店に連れてこられた。


 クォーツをはじめ、アメジストや黒曜石、ラピスラズリ……。女心をくすぐるようなキラキラとした石やアクセサリーが並べられている。

 店舗からはみ出して通路の方へ並べられているのは手に取りやすい価格の物、店の奥は高価な宝石が使われたアクセサリーが並んでいるようだ。


「わぁ、このグリーンアベンチュリン、なんだかテスカ様の瞳の色みたいね」


「本当ですね!こっちはルナ様やフレイ様の目みたい」


「シトリンね。透明度が高くて綺麗ね」


「これなんてアイリス様にお似合いじゃないですか?」


 ジュノがローズクォーツを使ったネックレスを勧めてきた。


「うーん、でもネックレスならもういくつか持っているし」


「それではこちらは?」


「ピアスも持っているわよ」


「1つしか持ってないじゃないですか」


「1つしか穴を開けていないんだもの。1つあれば十分よ」


「もー、さっきのお店ではあんなに買い込んでいたのに」

 

 物欲が無いわけでは無いけれど、壊れたり欠けていたりする訳でもないのに新しいものを買うのはなんだか気が引ける。さっき買い込んだのは壊れて使えなくなったものと、新しい便利な道具だ。まだ使えるものを持っているのに新たに買うのは、先にある物達を蔑ろにしたような気分になる。

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