15. ステンドグラス工房(1)
アイリスはジュノに4層の北門、つまり岩の神が管理する岩の門まで送ってもらってフローラの到着を待っている。
7層からなる天界は、最下層から4層までと3層から最上層では季節が逆転する。アイリスの住む2層は今は冬なので寒いが、ここ4層では夏だ。
予め夏用のドレスを着てきたが、寒暖差が凄くて身体がびっくりしている。セフィロスは4層の中央に住んでいるので、アイリスの家に来る度にこの寒暖差を味わっているのかと思うと申し訳なくなる。
「アイリス、お待たせしたわ」
花の都を案内してもらった時と同じ、茶色の髪にそばかす顔の女性の姿でフローラが現れた。アイリスはと言うと、夏用の薄手のローブをドレスの上から羽織っている。
「フローラ様ごきげんよう。私も先程来たところです」
「ふふ、嘘おっしゃい。随分と前から来ていたんじゃない?」
「え?」
フローラの言う通り、アイリスは1時間近く前に到着していた。と言うのも、花の門から入っていくのをフローラに見られたらどの辺りに住んでいるのかバレてしまうので、鉢合わせないように早めに門をくぐったのだ。
「ウソついてるのが顔に出てるわ。目が泳いでる」
「……」
何だってこう、みんなウソを見破るのが上手いのだろう。そのうちどこに住んでいるのかくらい、簡単に分かってしまいそうだ。
「フローラ様こんにちは。本日はアイリス様をよろしくお願いします。僕はこの辺りで適当に散策しながら待っておりますので、楽しんできて下さいね」
ジュノは挨拶を済ませると、岩の都散策へと出かけて行った。
「さてと、行きましょまうか。今日はあえて馬車じゃなくて歩いてきたのよ。あなた辻馬車って乗ったことないでしょ?」
「辻馬車……ないですね」
「あそこに見えるのが辻馬車。運賃を払えば目的地まで連れて行ってくれるのよ。わたくし達みたいな立場になれば自分の馬車があるから辻馬車に乗る必要なんてほとんどないけど、市井の天使に紛れてお忍びで出かけたい時には便利なのよ」
知っていて損はない、と社会勉強がてらにアイリスに乗り方を教えてくれる。
フローラはアイリスが馬車を持っているような言い方をしたけれど、馬車が入り込めないような山間に住むアイリスは持っていない。いつも誰かの馬車に乗せてもらって移動しているので、辻馬車の乗り方を教えて貰えるのはありがたかった。
窓から見える景色は山ばかりだが、アイリスの住んでいる緑が鬱蒼とした山とはまた違う。流石は岩の神の管轄地。ゴツゴツとした岩山が多く、鉱石が沢山取れるのだそうだ。
なかでも宝石の類は最高品質の物がよく採れることで有名で、先程までいた岩の都には多くの宝石店が並んでいた。
「着いたわよ」
フローラは賃金を御者に払うと、変身術を解き工房の中へ入っていく。
「フローラ様、アイリス様、ようこそおいでくださいました」
初老の工房長が自ら出迎えて、中を案内してくれる。
アイリスがこれまで見たことも無いような工具が並べられ、職人たちが飴でも作るかのように、自在に溶けたガラスを形作っていく。あんないかにも熱そうな物を平然とした顔で扱う様は、見ていてヒヤヒヤするのと同時に尊敬してしまう。
一通り見終えて御礼を言うと、工房長がお土産にとアイリスとフローラそれぞれに箱を渡してくれる。
ふたを開けてみるとステンドグラスで出来た蝶のピアスが入っている。フローラの方も見てみるとお揃いのようだ。
「見学させて頂いたのに、さらにこんなものまで頂いてしまっていいのでしょうか」
「いやいや、高位の女神様たちに見学していただけるなんて、私達と致しましても鼻高々でございます。職人たちも仕事の励みになりましょう」
「それではありがたく頂戴いたします」
アイリスとフローラは箱を丁寧にしまうと、工房長や職人達に見送られて工房を後にした。




