18. 虹の滝
あれからセフィロスは来る度に、癒しの力の練習に付き合ってくれている。毎度自分の身体を傷つけては治させて来るので、神経がすり減りそうだ。
途中ジュノが自分が代わりに実験台になりますと申し出たが、
「私が来る度に傷を負わされては、私が来るのが怖くなるだろう」
と言って断っていた。
初めはごく浅い傷で練習していたものを、徐々に傷口を深くしていく。時には剣で傷付けたものだけでなく火傷まで作って練習させてきた時には、見ていた虹の天使達の方が倒れていた。暖炉の火かき棒を手に取り火で棒を赤くなるまで熱すると、それを自らの腕に押し付けたのだ。
にもかかわらず、当の本人は眉根ひとつ動かさずに淡々と自傷行為を繰り返す。
それをノクトも、セフィロス大好きなエレノアさえも涼しい顔で眺めている。何十億年と生きていると、あんな風に肝が座るものなのだろうか?
こんなにお世話になっていて何かお礼がしたいと思ったので、今日は焼き菓子を作ってみた。
最上級神へのお礼の品がこんなでは失礼かとも思ったが、他に思いつかなかった。
なにせ自分は外出できない。なにが巷で流行っているのか人気の品が何なのか分からない。
高級な装飾品や美術品を水の天使や太陽の天使に頼めばきっと持ってきてくれるが、それでは自分で用意したことにならない。
なので徹夜をして大量に焼き菓子を作り、今はそれをイオアンナに手伝ってもらいながら箱に詰め合わせている。
呼び鈴の音が聞こえてエントランスへ向かうと、既にジュノがセフィロスを中へ案内していた。
「なんだか今日は、あまーい良い香りがしますね」
鼻をクンクンさせながら、早速エレノアが聞いてきた。狭い家なので家中が甘い焼き菓子の香りでいっぱいになっている。
「レモン風味のクッキーを焼いたんです。以前、柑橘系のフルーツがお好きだと聞いたので」
自家製のレモンピールを刻んで入れた、レモンクッキーだ。
「こんなに沢山作ったのか」
リビングに着いて、大量に箱詰めされたクッキーの山を見てセフィロスが言う。
「いつもお世話になっているので、何かお礼が出来ないかと思って作ったんですけど……他に私が出来ることが思いつかなくて。それで、風の神殿で働く皆さんの分も用意したのですが、足りるでしょうか」
風の神殿で働く使用人は1000人ほどだと、以前ノクトに聞いた。この狭いキッチンで、1人1枚は食べられる量を作るのがやっとだった。
「風の神殿の皆と言うと、使用人全員の分、という事か」
「はい。1人1つ分くらいしか用意できなかったんですけど……」
「アイリス様、昨日は徹夜で作ったんですよ!」
イオアンナが、箱詰めが終わったクッキーを更に積み重ねていく。
「其方の存在を皆に言う訳にはいかないが、とある女神からだと伝えて渡しておこう」
「ありがとうございます。もちろんこちらにセフィロス様とノクトとエレノアの分も用意してありますから、是非お召し上がり下さい」
アイリスはキッチンに向かいお茶を入れる準備を始める。セフィロスはソファに座ると、早速クッキーを食べてくれていた。良かった、喜んでくれてるわよね? セフィロスは表情に乏しいので感情を読むのが難しいけれど、食べる手が止まらないのでそう解釈することにした。
「アイリス様、めちゃくちゃ美味しいです、コレ!」
「エレノア、言葉遣いと態度」
口いっぱいにクッキーを頬張るエレノアのおデコを、ノクトがペシっと指で弾いて注意していた。
「ふふ、良いのよ。たくさん食べていってね」
クッキーを食べ終えると、いつも通り癒しの力の練習をする。今日は骨に達するほど、腕に深く切込みを入れていた。
パックリと割れた傷口からは次々と血が溢れ出し、地面にはすでに小さな血溜まりが出来ている。何度傷口を見ても慣れそうにないが、余計な事を考えている暇なんてない。いくら自分で傷をつけたとはいえ、痛いものは痛いのだから。
すぅ、と息を吸い込んで、アイリスは意識を一点に集中させて治していく。初めの頃よりもずっと早く綺麗に治せるようになっていた。
「だいぶ上達してきたな。これならネプチューンとほとんど変わらないか、むしろ其方の方が丁寧なくらいだ。今日で練習は終わりにしよう」
「ここが限界という事でしょうか」
まだうっすらと傷痕が残っている。どんなに長く力を当ててもこれ以上綺麗に治せそうもない。
「恐らく。でもこの位治すことが出来れば十分だろう」
そう言いながらセフィロスは、残った傷痕をスっと消す。やっぱり天界一の癒しの力を持つものは違うな、と改めて思う。
「セフィロス様、今日はお連れしたい場所があるのですが」
「連れていきたい場所?」
「はい、森の奥に行った所にあって、少し歩くんですけど」
「分かった。ノクトとエレノアはここで待っていてくれ」
アイリスは念の為ローブを被って、森の方へとセフィロスを案内する。数十分ほど歩いて行くと、ザァーっという、水が流れ落ちる音が聞こえてきた。その水音の方へ更に歩みを進めると、大きな滝がある場所へと出た。