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9.

「ソフォクレスは愛の守護天使。だから私以外を見てはダメなのよ」


 パメラがアイリーンことヴィーナスを、戸惑いの表情を浮かべて見ている。


「貴女は……」


「パメラ、それから奥さん、騙してしまって申し訳無い。こちらの方は俺の主で、愛の神・ヴィーナス様なんだ」


 ソフォクレスの言葉を聞くと、2人が慌てて床に跪いた。


「ヴィーナス様で御座いましたか。大変ご無礼をお許しください」


「いいのよ、私が貴方たちを騙したんだから。パメラと言ったわね」


 ヴィーナスがパメラの方へ歩み寄ると、パメラがビクリと肩を揺らした。


「私は愛が大好きなの。誰よりもね。だからあなた達2人の想いが通じあって愛し合うのはすごく嬉しい。だけど手放しで喜んであげられないわ。彼は私の守護天使だから。何か言いたいことはある?」


「発言をお許し頂き、ありがとうございます。私は……私はソフォクレス様と一緒に居られるのなら子供は要りません。ただ傍に居られるのならそれで構いません。お仕事が忙しくてなかなか会えなくても構いません。ですからどうか、私たちの仲を認めては頂けないでしょうか」


「俺からもお願いします。どうか、パメラを傍に置かせてください」


 パメラの言葉にソフォクレスもその場に跪き、ヴィーナスの許しを乞う。


「ダメよ、絶対にね。今この工房を出た瞬間に、パメラの事は忘れなさい。それがどうしても出来ないのなら、リアナ様にお願いしてあなたからこの工房での記憶を水に流して消してもらいましょう」


「そんなっ」


 パメラが悲痛な声を上げると、ヴィーナスが睨み付ける。


「守護天使は契約を結んだ時から死ぬ時まで、主しか見てはいけないの。何でか分かる? 何かあった時、例えば私かパメラかを咄嗟に選ばなければならなかった時、一瞬でも迷ってはいけないの。そうでなければ、私の背中を預けられない。信用も信頼も出来ないそんな者に、悠久の時も、私の色も、私の神気もあげられない」


ヴィーナスの言うことは最もだった。守護天使としてやっていくというのは生半可な気持ちでは務まらない。互いに、一点の曇りなく信頼し合うからこそ成り立つ関係。こうして気持ちが揺らいでいる時点で守護天使失格だ。


「……それでは、俺との契約を解除して下さい」


「それは、私ではなくパメラを取るという事ね」


「そうです」


 頭を下げたままでヴィーナスの表情は分からない。怒っているだろうか、それとも悲しい顔? いや、失望しているかもしれない。守護天使が絶対にしてはいけない、主を裏切る行為をしているのだから。

 それでもパメラを忘れる事だけはしたくない。


「それが駄目なら、処刑してください」


「……。それ程までに彼女の事を思っているのね」


 忘れて過ごすくらいなら、死んだ方がマシだと思えるくらいにパメラの事が好きだ。


 そして、自分の心を守りたい。


「契約を切って普通の天使として生きていくと言う事がどういう事なのかきちんと分かっているわね。命のタイムリミットがスタートし、常に終わりを意識するの。神気を直接貰えない分、疲れやすくなるし弱くなる。たった数日飲まず食わずで過ごしただけで倒れるような身体になるのよ。そして周りから、「裏切り者」と非難の目で見られるでしょう」


 こんなにもヴィーナスの事を苦しめているのだから、どんなに非難されようと自業自得だ。その位は覚悟している。


「何より……ソフォクレス。あなたなら知っているでしょう? 愛は変わりやすく儚いものだと。あなたのパメラへの愛がどんなに強くて変わらないものだと誓っても、パメラのあなたへの愛がそうだとは限らない。神から守護天使を取った悪女だと周りから酷い扱いを受けて、あなたへの愛も冷めてしまうかもしれない」


 反論しようと口を開いたパメラを、ヴィーナスは静かに睨みすえて黙らせる。


「もちろん、分かっています。例えそうなったとしても、この選択を後悔することはありません」


 愛は移ろいやすく壊れやすいものだという事は、ソフォクレスも充分知っている。熱く愛を交わしていたカップルが、何年かすると背筋が凍るような冷たい目で相手を見る様を何度も目にしてきたのだから。

 だからパメラが生涯ソフォクレスを愛してくれるという保証はどこにも無いという事くらいは重々承知している。


「それならなぜ後悔しないと言い切れるの」


「それは……このままパメラと一緒になれなければ、きっと俺は、ヴィーナス様のことを憎んでしまう」


ヴィーナスがハッと息を飲んだ。


「それだけはしたくない。貴女の事が好きなままでいたいのです。ですからこの先どんな結末を迎えようと、後悔することはありません。貴女を愛し抜くために、どうか契約を切るか殺して下さい」


 ソフォクレスの頬を涙が伝う。

 ずるい言い方だ、と思う。でもこれが、ソフォクレスの本心だった。

 生み出してもらってからずっと、ヴィーナスの事を愛してきた。その心のままで終わらせたい。憎しみに変えたくない。


 ヴィーナスは天井を仰ぎ見ると、長く重い溜め息を付いた。涙を溜めた目でソフォクレスを見つめて口を開く。


「分かったわ。ソフォクレス、契約を解除しましょう。引き継ぎもあるからひと月後。それで私とあなたとの縁はお終いよ」


 ソフォクレスの横を通り過ぎ、ヴィーナスは先に工房を後にした。

次話でラストです!

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