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7.

注文していた紙のうち、半分が出来上がった所でソフォクレスは工房へと受け取りに行く。その位の事は守護天使長であるソフォクレスがわざわざ行かなくたって、使用人にでも任せればいいものを、どうしてもパメラに会いたくて自ら足を運んできた。


「確かに500枚受け取りました。こちらが代金です。お確かめ下さい」


 硬貨の入った袋をパメラの母に渡すと、お代がきちんとあるかどうか確認しはじめる。


「あの……パメラさんは今日はいらっしゃらないんですか」


「あの子なら今日はデートなんですよぉ。もうすぐ20歳ですから、そろそろ誰かに貰ってもらわないと」


「なるほど、そう言うお年頃ですよね」


 母親がお金を数えながら嬉しそうに答えてくれた。


 一般の天使は20歳前後で結婚して子供を儲ける事が多い。

 パメラはちょうど結婚適齢期。きっと目の前に同じ年頃の男が現れたから、ソフォクレスの事が気になったのかも知れない。その男の的が外れたから次は違う男と。

 女性はやっぱり切り替えが早いというか合理的と言うか。いや、うかうかしているとすぐに寿命が尽きるから、寄り道することも立ち止まる事も許されないのだろう。


 そう言う事ならあのハンカチの事も、泣き出しそうだったあの顔も、全部自分の胸の内に閉まっておくことにしよう。どちらにせよ、守護天使であるソフォクレスが誰かの恋心に答えることなど出来ないのだから。


「500枚分のお代、きっちりございました。それではまた、残りの分が出来上がりましたらご連絡致します」


「ええ、よろしくお願いします。それではまた」




 工房を出て神殿へ帰る為に山の門へと向かう。途中休憩をとるために、以前パメラと一緒に来た街へと足を止めた。

 適当に食事を済ませ街を出ようとした時に、見覚えのある栗毛の女性が目の前からやってくる。隣を歩く男性の方を見ながらお喋りしていた女性がこちらを見ると、「あっ……」と言って足を止めた。


「ソフォクレス様……何でここに」


「や、やあパメラ。ちょうどさっき、注文していた品を受け取りに行ってきたところなんだ。パメラはデート中? 楽しんできてね」


 ソフォクレスは男性の方に会釈だけすると、さっさとその場を離れた。





 何だろう、この気持ちは。


 何でこんなに胸が締め付けられるように苦しいんだろう。


 横を歩く男性とお喋りをするパメラの顔が離れない。あの後2人はどこへ行ったのだろう。

 お昼時だし食事か。それとも買い物? デートと言えば手を繋いだりするんだろうか。そう言うカップルを幾度となく目にした事がある。

 もう結婚を前提に付き合っているのか。それならもう、キスぐらいしたのだろうか。


 さっきの男性とパメラがキス……。


 (何を考えてるんだ、俺は。)


 彼女が誰と何をしようと、ソフォクレスには関係ない。


 関係ないはずなのに、妙な想像をしては頭を掻きむしっている。


「バカか……」


 愛の守護天使であるソフォクレスが、この感情の名を知らないわけが無い。


 主が最も愛してやまない、この感情を。



******



 出来上がった紙を受け取ってヴィーナスは満足気に微笑む。


「これだけあれば、あちこち色んな神にお手紙をかけるわねぇ。まだフローラ様とセリオン様、それからセト様にしか書いてないし、次は誰に送ろうかしら。何ならこの紙で招待状を書いてお茶会でも久しぶりに開いちゃおうかな」


「手紙を書きたいからってお茶会を開くなんて、普通逆ですよ」


 ビオンが呆れ気味に突っ込みを入れてきた。


「いいでしょぉ。理由なんて何だっていいの!さっ、お仕事お仕事! ソフォクレスは帰ってきたばっかりだし、少し休憩入れてからでもいいわよ」


 ありがとうございます、と一礼をしてソフォクレスが執務室から出ていくその背を、ヴィーナスはじっと見つめる。


「ヴィーナス様、どうかなさいましたか?」


 パタン、とドアが閉められるとビオンが問いかけてきた。


「ビオン、最近のソフォクレスをどう思う」


「どう……と言いますと?」


「何だかおかしくない? ウキウキしてるかと思えばやたらとため息を付いたりして」


「んんー。確かに、言われてみれば上の空の事も最近では多々ありますね」


「『恋』よね、絶対」


 恋する者が出す独特の雰囲気。まるで暖色と寒色がマーブル模様を描くかのように、色んな想いが綯い交ぜになった感情。ヴィーナスが見逃す訳が無い。


「はへぇ!? 何仰ってるんですか。俺たち守護天使の愛は、全て主に注がれるんですよ。それとも何ですか? ソフォクレスが改めて、ヴィーナス様に恋してるとでも?」


「違う。私を見ているようで、見ていないわ」


 ソフォクレスがヴィーナスに向ける視線の先に、ヴィーナスは居ない。他の誰か(女性)だ。


「一時のものであれば良いんだけどね……」


 椅子に深く座り直すと、ヴィーナスは深く重いため息をついた。

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