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5.

ソフォクレスは馬を降りると、大きなリボンが付いた包みを抱えて呼び鈴を鳴らす。直ぐにドアが開けられると、パメラが驚いた顔をして出てきた。


「ソフォクレスさん!? どうなさったのですか? ご注文の紙の納品日までまだあるハズですけど」


「こんにちは。赤ちゃんはもう生まれた?」


「え? ええ、3週間ほど前に無事に生まれましたけど」


「これ、お義姉さんに。出産祝いを渡そうかと思って」


 ソフォクレスは抱えていた包みを見せると、パメラが嬉しそうな顔をする。


「どうぞ中へ入って下さい。義姉に知らせてきます」


「いや、床上げ前でしょ?渡してくれればいいから……」


 呼び止めるソフォクレスを置いて、パメラはパタパタと工房の奥へと行ってしまった。そうこうしているうちに、事情を知った母親やら祖母やらが出てきて盛大に迎えてくれる。

 もしかしたら、時々生まれ故郷に里帰りする使用人達はこんな感じで家族に出迎えられるのかもしれない。


「まぁまぁ、ソフォクレスさん。出産祝いだなんて」


「中へ入って、赤ちゃんを見ていってくださいな」


 あれよあれよという間に、義姉と赤ちゃんがいる部屋へと連れていかれた。


「ご出産おめでとうございます。こちらはお祝いのプレゼントです」


「わざわざありがとうございます。開けてもいいですか?」


 頷くと義姉がリボンを解いて中を開ける。


「あっ、それ……」


 中から出てきたプレゼントを見たパメラが驚いたような、嬉しいような顔をした。


「カワイイうさぎのぬいぐるみ! ぬいぐるみなんてこんな高価なもの頂いてしまって、重ね重ねありがとうございます」


「いいえ、無事に赤ちゃんが生まれてきてくれて何よりです。もし宜しければ、抱っこしてもよろしいでしょうか?」


「もちろんですよ」


 赤ちゃんを義姉から渡されて、そっと腕に抱く。まだ首も座っていなくてふにゃふにゃだ。指で赤ちゃんの手をつつくとギュッと握り返してきた。可愛すぎで蕩けてしまいそうになる。


「名前は何て言うんですか」


「テリスです。ソフォクレスさんは赤ちゃんがお好きなんですね」


「赤ちゃんも子供も好きですよ。ほんと、カワイイなぁ。愛を沢山貰って育つんだよ」


 ソフォクレスは小さい子が大好きだ。愛の形そのものだと思っている。そうじゃなく出来てしまう事もあるのかもしれないが、それでもカワイイ事に違いない。こんなに愛したくなる生き物は他にいない。


「抱き慣れているようですし、もしかしてお子さんがいらっしゃるのですか」


「え? まさか。俺が自分の子供を抱くことなんてないですよ」


 抱き慣れているのは、神殿の使用人の赤ちゃんを抱かせてもらうからだ。ソフォクレスに限らずヴィーナスも他の愛の天使も、赤ちゃんや子供が好きなのを知っていて、時々使用人が連れてきてくれる。何億年もそんな事していればさすがに抱き慣れる。


「だって俺、守護天使ですし……ってアレ?言ってませんでしたっけ?」


 パメラが雷にでも打たれたかのような顔をしていた。


「俺、愛の守護天使長でヴィーナス様にお仕えしているんですよ」


 最初に言ったような気がしていたけど、忘れていたらしい。神殿にいれば守護天使だと他の者には分かって貰えるし、外で一般の天使との交友関係なんてほとんどない。顔と名前を覚えたと思ったら、みんなすぐに寿命が尽きてしまう。

 でも、いくら自分が守護天使だったからって、そんな泣き出しそうな顔をしなくてもいいのに。


「ま、まぁ。そうだったんですね。愛の守護天使長様だとは知らず……色々と失礼な事をしてしまったのでは」


「そんな事はありませんよ。テリス君をありがとうございました。お疲れでしょうから、そろそろ俺はおいとまします」



(何だか妙な雰囲気になってしまったなぁ。まあ仕方ないか。)



 一瞬で距離を置かれたのが分かった。

 一般の天使と守護天使は全く別。と言う認識が両者、特に一般の天使側にあるのだから無理もない。

 一般の天使のヒエラルキーの最上層の上に、更に守護天使のヒエラルキーが乗っかっているような構造なのだ。


 帰り際、馬に乗ろうとしていた所でパメラに呼び止められた。


「ソフォクレスさん……様、こちらを受け取って頂けませんか。要らなければ捨ててしまって下さい」


 パメラから渡されたのは花の刺繍が施されたハンカチだった。


「捨てるわけないよ。もしかしてパメラが刺繍をしてくれたの?」


「はい。それではお気を付けて。また納品の日にお待ちしております」


 ソフォクレスは懐にハンカチをしまうと、パメラにお礼を言って馬を走らせた。


 いつもなら馬を疲れさせないように走らせたりしないのだが、何故だか落ち着かなかった。

 早くその場を離れた方がいいような、それでいて、もっとパメラの傍にいたいような不思議な感情だった。

 

(なんであんなに、今にも泣き出しそうな顔をしていたんだろう。)


 聞けば良かったのだろうか。


 分からない。


 しばらくパメラのその顔が、頭から離れなかった。

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