4.
「パメラさん、こんにちは」
「ソフォクレスさん!?」
「わざわざお貸しした着替えを届けに来てくれたのよ。返さなくてもいいって言ったのにねぇ。ありがとうございます」
「いえいえ、とんでもないです。服を返すのと、もう一つお願いがあるんですが」
「何でしょうか」
「この前頂いた、花を漉き込んだ紙をもっと頂けないでしょうか」
「もちろんですよ。どの位必要でしょうか」
「1000枚程。急ぎではないのでいつでも構いません」
出来上がりの時期や値段について話し合い終えると、ソフォクレスが席を立った。
「ソフォクレスさん、この後は山の門の方へ行かれるのですか?」
隣で話を聞いていた義姉が、妙にニコニコとした顔でソフォクレスに問いかけた。
「ええ、そうです」
「それならパメラも途中まで一緒に連れて行ってくれませんか? ちょうど今から買い出しに、街まで行ってもらおうとしていたところなんです。この前みたいに魔物でも出たら怖いですし、弟じゃまだまだ頼りにならないでしょ?」
義姉がコチラを見てパチンと片目を閉じてきた。な、なんて事を!と思いつつも、ソフォクレスを見ると「もちろん」と愛想の良い返事をもらえた。
ドギマギしながらも支度を整えると、馬に乗ったソフォクレスに手を差し出された。馬の相乗りなんて、口から心臓が飛び出してしまう。
どうしようかとマゴマゴしていると、ソフォクレスが「ん?」と首を傾ける。カッコ可愛い!もう乗る前にキュン死にしてしまう!!
「もしかして馬に乗ったことない?」
「はい」
「鐙に足は……届かないね。俺の手を握って」
差し出された手を握り返すと、グイッと力強く引き上げられ馬上に乗せられた。
身体をピッタリとくっ付けて乗ると、心臓の音を聞かれてしまいそうだ。
他愛のない話をしながらのんびりと馬を歩かせて、街へと着くとパメラはお礼を言う。
「送って頂きありがとうございました」
「街を回るなら一緒について行くよ。年頃のお嬢さんが1人でウロウロしていたら危ないし」
可愛くも何ともない平凡なパメラは、男性にそんな扱いを受けた事がない。なんでこんなに親切なんだろう。
「でもソフォクレスさんもお忙しいのでは……」
「大丈夫、今日は部下に仕事を任せてあるから」
部下……。
20歳代前半位の歳に見えるけど、もう部下がいるのか。余程仕事が出来るんだろう。
「ソフォクレスさんはなんのお仕事をなさっているのですか?」
「婚姻に関わる業務をしているよ。愛の神殿で働いているんだ」
「へぇ、そうなのですね」
やっぱり官吏で、しかも神殿勤めなのか。神殿で務められる官吏なんて、ほんのひと握りだ。やっぱり凄い人だった。
義姉から頼まれた買い物を終わらせて店を出ると、目の前の店のショーウィンドウからぬいぐるみが売られているのが見えた。
「あのお店に寄っていってもよろしいでしょうか?」
「もちろん」と返事を貰うと、店へと入っていく。中には可愛らしいぬいぐるみや木のおもちゃ、お包みなどが売られていた。
「お義姉さんに?」
「はい、もういつ産まれてもおかしくないので。うわぁ、このうさぎのぬいぐるみ、大きくてかわいい!抱き心地も良さそうだわ」
チラリと値札を見ると、その値段に固まる。パメラのお小遣い何ヶ月分だろう。いや、年単位かもしれない。これなら新しい上着でもあつらえられる。
「あー、えっと。こっちの木のおもちゃもいいかなぁ」
「確かにこのおもちゃ、握りやすそうでいいね」
ソフォクレスも一緒におもちゃを選んでくれる。
結局、木でできた子供でも握りやすそうな人形を買って店を出た。
乗合馬車に乗りソフォクレスにお礼を言って別れると、パメラはの中で「はあぁ」と息をつく。
夢みたいなひと時だった。
一緒に馬に乗せてもらって、買い物にも付き合ってもらって……。終始、ソフォクレスは紳士的な態度でパメラに接してくれた。
(紙の注文をしているから、受け取りに来る時また会えるんだわ。)
そう考えただけでまたドキドキしてしまう。
「早く、またお会いしたいなぁ」
隣に座っていた中年女性がパメラの方をみてクスッと笑う。
いけない、ついうっかり口から漏れ出ていたようだ。
「恋する乙女って感じで、いいわねぇ。若い頃を思い出すわ。私が16歳の頃だったかしら……」
おばさんがどんどん自分の若かりし頃の恋愛話をしてくるのを、降りるまで聞く羽目になった。