3.
翌朝、日が出て間もない内に出発する。まだ朝早いと言うのに、家族たちはもう働きだしていた。
家族たちに丁寧に御礼を言われ見送られると、ソフォクレスは愛の神殿へと帰った。
「ヴィーナス様、ただいま戻りました」
執務室に入ると、ヴィーナスと副守護天使長のビオンが仕事中だった。
「お帰りなさい。って、あら? その服はどうしたの? それにあちこち傷だらけじゃない!」
「あぁ、これはですね……」
昨日魔物に出くわした事や、助けた少女と少年の家で一晩お世話になった事を説明する。
「ソフォクレス、頑張ったわねぇ。戦うのはあんまり好きじゃないのに」
ヴィーナスに頭をヨシヨシと撫でられそうになったので、さりげなく避けるとヴィーナスがちょっと不満そうに口を尖らせた。いやいや、さすがにそれは恥ずかしい。
「ケガの方は大丈夫なの? セフィロス様に頼んで治していただく?」
「いえ、大したケガではありません。仕事に支障はないので大丈夫です。それからお礼にと、こちらの品を頂きました」
帰り際、パメラに渡された包みをヴィーナスに渡す。中身はもちろん確認済みだ。
「あら、紙じゃない! それにこれ……なんて素敵なの」
ヴィーナスがいつものハッピーオーラをさらに強くして、貰った紙をうっとりと眺める。
ソフォクレスも貰った紙を見た時に、これは絶対、ヴィーナスが喜ぶと思った。
ただの白い紙ではなくて、生の花が漉き込まれた便箋だったのだ。
「庭で取れた四季折々の花を漉き込んで作っているらしいですよ」
「まあ、そうなの! 早速フローラ様にこの紙でお手紙を書かなくちゃ! 絶対すっ飛んでいらっしゃるわよ」
「ですね」
その様子を思い浮かべて、3人でしばらく笑いあった。
******
「はぁ……」
鏡に映る自分の姿を見て、パメラは重いため息をつく。
栗毛に黒色の瞳。ほんのりとそばかすの浮いた頬。ブサイクという訳でもないけど、美人という訳でもない。平々凡々とした顔立ちだ。体つきだってペラいし。それに比べて……
数週間前に会ったソフォクレスの事を思い出す。七三にふんわりと分けられたピンクブロンドの髪に金色の瞳、優しげな顔立ち。
元々彼が着ていた服はかなり上等な物だった。それに、家がこことは違う階層にある天空の神の管轄地だと言う。五門を使って別の階層へ移動するのはすごくお金がかかる事で、ひと月分の食費が軽く消えてしまうほどだ。
プライベートと言うより仕事でこの辺りに来ていた様だが、良家の御令息か余程いい所で勤めているのか。
(商人っぽくはなかったし、どちらかと言うと官吏とかかしら。所作もとても綺麗だったし)
あれこれと想いを巡らせて、パメラはブンブンと頭を振る。パメラの家は製紙工房で紙は高く売れるし、庶民の中では割といい暮らしをしている方だとは思う。でも……
「釣り合わないわよ。私となんかじゃ」
「誰と釣り合わないの?」
声のした方をバッと振り返ると、兄嫁が臨月の大きなお腹を抱えてドア口に立っていた。
「お、お義姉さん。いつからそこに……」
「ついさっきよ。それで、誰と釣り合わないって? どこの殿方?」
「ちっ、違います!」
「またまたぁ。あっ!この前紙を卸に行った文具屋の息子さん? それともコウリスさんの所の次男坊? この前気がありそうな素振りで話しかけてきてたけど。でも釣り合わないって事は無いわよね」
「だから、違いますって!」
「ああ!! 分かった! もしかしてソフォクレスさん?」
「…………っ」
自分で自分の顔が一瞬で真っ赤になったのが分かった。お義姉さんが「図星」と言って鼻をつついてきた。消えて無くなりたいくらい恥ずかしい。
「確かにあの身なりと身のこなしは、いい所のお坊ちゃんよね。どこで何しているのかもっと聞いておけばよかったわね。知っているのが天空の神の管轄地に住んでいるって事くらいだし」
「そんな事聞いたって意味無いです。そもそも、ご結婚されてるかもしれないですし。そうでなくても恋人くらいいらっしゃるでしょう」
「そうね、あんな素敵な方なら世の女性が放っておくわけないか」
「それに、もう二度と会うことは無いんですから」
改めて口にしてみて虚しくなってきた。義姉が肩をポンポンと叩きながら「きっといい出会いがあるわよ」と慰めてくれているところに、母が自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
「パメラー! どこにいるの? あぁ、ここに居たのね。こっちへいらっしゃい」
「なに? お母さん」
「お客さんよ」
母に付いて行くと、工房入り口すぐの所に設けてある接客スペースに見覚えのある男性が座っていた。