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2.

川沿いにある何かの工房らしき建物に着くと、ロバと馬を馬屋へと連れていき、パメラが工房のドアを開けて入っていく。


「お母さん、ただいま」


「お帰り。帰ってきた所悪いんだけど、夕飯の支度を手伝って……あら? お客様?」


「お邪魔します」


 お母さんと呼ばれていた女性は、ソフォクレスの姿を見ると悲鳴を上げる。


「ちっ、血が……! どうしましょう、どうしましょう!!」


「お母さん、落ち着いて」


「どうしたんだ?! 何かあったのか?」


 叫び声を聞きつけた家族と思しき男性達が、工房の奥からやって来くると、ソフォクレスを見て騒ぎ出す。


「なっ、なんだお前! お前にくれてやる物なんて無いぞ!! パッ、パメラを離しやがれ!」


 髭を生やした男性がそばにあった棒をブンブンと振り回しながら突進してきた。物取りか何かと勘違いされてしまっている。


「こらーー!! お父さん何してるのよ! 」


 パメラはソフォクレスの前に立って両手を大きく広げ、父親の突進を止めた。


「こちらの方は命の恩人! 私たちが魔物に襲われそうになったところを助けてくれたのっ!」


「はへ? 魔物に……? 俺はてっきりお前さんを脅して金だか紙だかを盗みに来たと……」


 事情を把握した父親が、ガバッと床に平伏してきた。


「すっ、すまねぇ、勘違いしちまった。娘と息子を助けてくれてありがとうございます」


「顔を上げてください。気にしなくていいですから」


「畑のところで牛みたいな魔物が現れて、こちらのソフォクレスさんが倒してくれたのよ。ケガもなさっているし服も汚れてしまったからお連れしたの」


「まぁまぁそうだったんですねぇ。あたしったら叫び声なんて上げて。改めてありがとうございました。ささっ、コチラへお上がり下さい。パメラ、あたしはちょっと湯を沸かしてくるから、部屋へ案内してちょうだい」


 パメラが丁寧に家の中へと案内してくれる。住居は工房の奥にあるらしく付いていくと、タタンッ、タタンッと小気味の良いリズムが聞こえる。


「この音は何?」


「水車の音ですよ。うちは製紙工房なんです」


「ああ、なるほど。それでさっき親父さんが『金だか紙だか』なんて言っていたんだ」


 羊皮紙も高価だが、紙もまだまだ少なく高価だ。場合によっては家の有り金を盗るよりも、紙を盗んで行った方が余程取り分が多くなるかもしれない。

 

 部屋に着く途中、紙を作るために必要な漉き船やら枠やらが置いてあったり、紐に大量の紙が引っ掛けて乾かされていた。


「今、着替えと湯をお持ちしますね」


 パメラがパタパタと部屋を後にして出ていくと、ソフォクレスは服を脱いで畳む。


(この血糊の量じゃ、落とすのは無理かなぁ)


 命を助けてあげられただけマシか、と思考を巡らせているとまたもや「きゃあっ!」と言う悲鳴が聞こえてきた。


「ごごごごめんなさいっ!」


 パメラが持ってきた服に顔を埋めている。しかも耳が真っ赤だ。


「もうお着替えなさっているとは思わなくて」


「え? あっ、ごめん。身体の傷を確認したくて脱いだんだけど……配慮が足りなかったね」


 ズボンを脱ごうとして緩めていたベルトを慌ててしめ直す。

 いけない、いけない。何億年も生きているとそう言う感覚が鈍くなってくる。脱いでいたのがまだ上半身だけで良かった。未婚の女性の前で服を脱いだなんてヴィーナスに知られたら、けちょんけちょんになじられてしまう。言わないでおこう。


「あらまあパメラ、そんな所に突っ立ていないで早く手当をなさい! ごめんなさいねぇ、気の利かない子で」


 母親が持ってきた湯桶をパメラに渡すと、今度は治療道具を取りに行った。


「お、お身体を拭きますね」


「いやっ、大丈夫。自分で出来るから」


 そんな顔を真っ赤にしたまま身体なんて拭かれたら、こっちが妙な事している気分になってしまう。湯桶を受け取り身体を拭い始めると、母親が戻ってきた。


「ソフォクレスさんはどちらへ向かう所だったのですか?」


「山の門へ向かう所でした。最上階の天空の神の管轄地に住んでいるので」


「そんな遠い所からいらしてたんですねぇ。でももう外は暗いですし、良ければこのまま家に泊まっていって下さいな。あら、ちょうど息子の服がピッタリで良かったわぁ」


 このお母さんの語尾をちょっと伸ばすあたりがヴィーナスの喋り方と似ているなぁ、と思いつつ受け取った服に袖を通すと、いつも着ている服よりかは少しゴワゴワとする。でも渡された服が、この家にある服でもかなり良い物を渡された事だけは分かる。


「こんな上等な服をお借りしても良いのでしょうか。泊めていただけるなら有難いです」


 街に入ったら宿屋に行こうと思っていたので、お言葉に甘えて泊まらせてもらおう。


「上等だなんてお恥ずかしい。それならあたしは夕食の支度をしに行ってくるから、パメラ、きちんと手当するんだよ」


母親は治療道具を置くと、再びそそくさと部屋から出ていった。


 その日の夜はパメラの家族全員と食事をとった。祖父母に両親、兄と兄嫁、パメラと弟。生まれた時から家族がいないソフォクレスとしては、家族団欒のひと時と言うのはかなり新鮮だった。

 強いて言うならヴィーナスや守護天使が家族の様なものだけれど、こう言う関係とはまた違う気がする。


 時々、後天守護天使が家族の事を懐かしんでいるところを見て理解できなかったけれど、こう言う日常を思い出していたんだなぁ、と今なら少しだけ分かる気がする。


 食事中パメラがこちらをチラチラと見てくるので、こちらも「どうしたの?」と言う顔で見つめ返すと、その度に顔を背けられる。一体何がしたいんだろう?


 その後もあれやこれやと世話を焼いてもらって、ソフォクレスはゆっくりと眠りについた。

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