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1.

ヴィーナスの番外編のお話です

愛が好き。


 友愛、親子愛、兄弟愛、夫婦愛、師弟愛、隣人愛、主従愛……。


 世の中にはこんなにも愛で溢れている。


 そして私が最も好きなのは『恋愛』。


 こんなにも私の心をときめかせ、胸が熱くなる愛は無い。



 愛の女神(わたし)が神気を纏わせて矢をいれば、当たったものは恋に落ちる。


 でも、そんなのつまらない。


 無理やり作ったニセモノの愛を見たって全然ドキドキしない。


 もっと偶発的で、それでいて必然的で、情熱的な愛を見たい。


 それだけが私の心の渇きを潤せるのだから――。





***




日が少し傾きかけてきた。主から頼まれていた使いを終えて、ソフォクレスは馬を疲れさせないようのんびりと家路につく。


 ソフォクレスの家は愛の神殿。愛の女神・ヴィーナスが住まう処だ。


「ここはのどかで良いねぇ」


 誰にという訳でもなく、強いて言うなら今乗っている愛馬に話しかける。


 小麦畑が夕陽に照らされて、キラキラと黄金色に輝くその先に家が立ち並び、更に向こうには山々がそびえている。その中を少女と少年がロバを引いて歩いているのが遠くに見える。まるで絵画を切り取ったかのような光景にソフォクレスはホゥっと息をつく。


 愛の神殿は婚姻やもしくは離縁の手続きをしたりする様な場所なので、年中人がひっきりなしに出入りしている。

 実際にはそう言う婚姻に関わる届出は、少し大きめの街にある役場にでも出せば、その土地を管轄する神殿で纏めてヴィーナスの元へと持ってきてくれるので、わざわざ愛の神殿まで出しに来る必要は無い。

 それでもカップルがこぞってやって来るのは、愛の神殿に直接届出を出すと『永遠に幸せな結婚生活を送ることが出来る』とか言うウワサが出回っているからだ。


 そんなウソかホントかよく分からないウワサを信じてやって来るラブラブカップルを見るのもまた楽しいし好きだけれど、たまにはこういう田舎町を見るのもまた心が和む。


 しばらくぼんやりと景色を眺めながら馬を歩かせていると、遠くの森の中から小さな点が飛び出してきた。

 ドッドッドッと重そうな音を立てて走るその点は、ロバを連れた男女の元へと一直線に向かって行っている。



 ――カトブレパス!!



 一見すると水牛のような姿だが、豚の様な頭部と巨大な角を持つ青毛の魔物だ。


 ソフォクレスの背筋にヒヤリと冷たい汗が伝う。こんな田舎町には衛兵なんてものはいない。

ゴクリと唾を飲みこむと背中から弓を取り、狙いをカトブレパスに定める。



 ヒュっと言う弓音と共に矢がカトブレパスの方へと飛んでいくが、外した。その後に続けて飛ばした2本目の矢が臀部に当たったが、駆けている足の速度は変わらない。


(矢だとダメージが低すぎるな。)


 ここでようやく少女と少年がカトブレパスの存在に気付いたようで、悲鳴をあげながら走って家が立ち並ぶ方へと逃げていく。


 ソフォクレスは馬をカトブレパスの近くまで走らせ飛び降りる。


 ガキンっ!!


 着地と同時に抜いた剣の切っ先は、カトブレパスの角に当たり鈍い音をたてた。衝撃で肘にビリビリとした痺れが走る。剣を落としそうになるのを何とか堪えて、首を狙って剣を振り落とす。


 カトブレパスは動きこそ緩慢だが、パワーがある。ちょっとやそっと斬ったぐらいでは埒が明かない。

 何度か斬り付けた所でよくやくカトブレパスが地面にドサッと転がった。それを剣先を立てて首に突きとどめを刺す。


 魔物――しかも大した強さでもない奴を一頭仕留めただけで、ゼェゼェと息が上がる。


 正直なところ、ソフォクレスは戦闘が得意ではない。守護天使とは言っても、その辺にいる衛兵に毛が生えたくらいの強さしか持ち合わせていない。

 守護天使がみんな強いかと思ったら大間違いだ。三代強天使と呼ばれているあんなヤツらはバケモノだろ、とソフォクレスは思う。特にノクトなんて骨が1、2本折れたくらい何でも無いという顔をして平然としているなんて。イカれてる。


 突き刺していた剣を引き抜きカトブレパスの毛で血糊を拭っていると、震えるような声で話しかけられた。


「あの……ありがとうございます」


「ケガはありませんか」


「私たちは大丈夫です。それよりも、貴方様の方が……」


 ソフォクレスは自分の身体を見ると、血糊でぐっしょりと汚れていた。


「ほぼコイツの返り血なので大丈夫です。俺の方は大したケガじゃ無いんで」


「もう少し行ったところに私の家があるんです。手当と、それから着替えも用意しますので寄って行って下さい。お礼もしたいですし」


「いやいや、いいですよ、そんな。ちょっと通りがかったってだけで」


「お兄ちゃんそんな格好じゃ殺人鬼みたいだよ! うちに来てよ!」


 少女とよく似た10歳位の少年が、ソフォクレスの手をグイグイと引っ張る。

 確かにこの格好で街中に入って行ったら、あっという間に衛兵にでも捕まってしまいそうだ。身分がしっかりしているとは言え、面倒くさそうな展開になる事は容易に想像がついた。


「それじゃあ、お言葉に甘えて」


 ソフォクレスは馬を連れて少女と少年の後を歩く。


 少女の名前はパメラと言うらしい。女性に年齢を聞くのは失礼だろうと思い聞かなかったが、恐らく18、9歳くらいだろうか。パメラと顔のよく似ている少年の方はやはり、弟だった。

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